18-3.椿
礼羅が目草を大量に増やす二日前、神祇官府にて。
「神祇少副の娘といえば神降ろしこそ比べ物にならないが、昨年の舞でもかの娘だったでしょう。これでは伯王の贔屓と捉えかねませんぞ」
明朝、突然祖父である伯王の使いに呼ばれ仕方なく久しぶりに巫用の女房装束を纏い神祇官府に参じてみれば、雨避けの義でまた私が選ばれたらしい。それに対して不服を申す者が数名いた。
勤めであるならばその通りに責務を全うするけれど、こればかりは未だに慣れない。御簾越しとはいえ私もここにいるのにこんな目に遭うのは他の巫が私をここに連れて行くのだ。
後ろではくすくすと笑う巫がいる。この感覚は久しぶりだ。本当に巫女としてなっていない。
「何を言うか、水無月の祓も有明が陛下にお伺い奉らねばかようなことにはならなかったのだぞ」
「そう仰られましても、昨年に引き続き同じ娘御にしてまた騒ぎが起きたらどうなさるおつもりです。そうでなくともうちの巫らで雨避けの儀を行うには荷が重すぎますぞ」
神祇大副が伯王を嗜める。その言葉にぐっと声を詰まらせる。
大副がいるために実父である少副は口をつぐんでいる。日和見だろう。
二人は一体私をどのように扱いたいのかが分からない。私を巫の一人として扱いたいのか、それとも嵐山殿の妃の一人として宛がいたいのか。
そう思うと吉平様も吉平様だ。出雲に着いたという話は奥様から聞いているが、私に木簡竹簡の文一つくれてもいいのではないか。様々な感情が綯い交ぜになるもこの場で感情を乱してはいけないと頭を振って己を正す。
このような時、夜半の君はきっと脇目もふらず前に出るのだろう。そして後で北の方や嵐山殿に叱られるのだ。それを想像して思わず口角が上がってしまう。
腕に巻いた組み紐の玉を撫ぜる。旦那様からいただいたものだけれど今はお守りのようだ。
「皆様のおっしゃることは当然のことでございましょう」
扇を構え御簾越しに言葉を述べれば一斉にこちらに向く。後ろで囁き合っていた女たちも慌てて身を正したり持っていた扇を構え直す衣擦れの音がした。
父が咎めるように言葉を投げかける。
「黙れ中君――」
「おや珍しい。従妹殿、なにか考えがおありのようですねぇ」
父の言葉を有明の君が被せる。珍しく有明の君が私を従妹と呼ぶがその場で述べるにとどめる。
「わたくしは現在巫としての役目も十分に全うできない身。ましてやわたくしの母が同様の役目を負う以前は内親王殿下のいずれかにお願いするものでございました。皇の血が近いゆえに成せたことでございます。この場にいる女子らでは荷が重いというのも事実」
そう、本来は内親王が勤めるべき義だ。それを手を煩わせないようにと血の近い母、そして自分と祭壇に立っていただけのこと。
徐々に伯王も冷静を保ってきたのだろう、私に問いかける。
「椿、ならば何か妙案でもあろうか」
伯王が言っている側で大副が渡りに船と言わんばかりの顔だ。私はその場で立ち上がり、腕の組み紐を解くとその玉を叩き割る。
ぱきんと氷が割れた音と共に飛び出た梓弓取り出すと突然のことに周囲は騒然とする。分かっているのは己が結界術を習得していることを知っている者らだけだ。
「この更子が都に坐します内親王、どなたかが相応しいか……この場で先祖にお伺いを立てましょう。よろしいですか。お爺様」
天文博士である晴明様から私が結界術を学んでいたことを把握したらしい伯王は「余計なことを吹き込みよってからに……」と唇を動かした。
「儂も気が急いてしまった。しかし陛下のお言葉なしにことを勧めてはならん。それについては私から陛下に伺いを立てよう」
伯王がそう言うと側に控えていた童と有明の君がその場を辞す。話し合いの場は解散となったが二日後、私に梓弓を使用する許可が下りた。