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18-2.陽光


「……雑舎のなかに金物の鎌があってよかったですね。手で草をむしるのも大変でしょう。それに雨が降らなくて助かりました」


 惟也が汗をぬぐう。


「この臭いよく我慢できるな」

「いいえ、流石の私も堪えられません。後でお香でも焚きましょうか?」

「やめろ混ざって余計臭くなる」


 そう言えばこの草を練香に混ぜたらどうなるんだろうか。流石に俺のような香を練りなれていない者がやったら今みたいな臭いが酷く充満しそうだ。


 現在屋敷では薄荷(ハッカ)特有の清涼感のある匂いが充満している。その薄荷を引っこ抜くために今こうして下人らと一緒に草むしりしていた。そうなったのは遡ること昨日。

 礼羅がどこから取ってきたのか虫除けの薬草を庭に植えた。

 初めはそれに対してどうもしなかったがそこになぜか礼羅は妖力を与えたのだ。どうやらその土地神に祈りを捧げて植物や作物の成長を促す儀式のようなものが妖にあるらしい。

 今回はそのご利益が行き過ぎてあっという間に薄荷は庭だけでなく床下にまで大量の草に埋め尽くされてしまった。ずっと雨ばかり続いて日も出ていなかったのに。

 その虫よけの薬草が薄荷だと分かっていたならとめることが出来たのだが、礼羅もこうなるとは予想できなかったようで悲鳴を上げていた。


「夜半の君がいれば全部引っこ抜いてくれたんではねえですか?」


 厨子の向呉がそう言うが礼羅は今晴明殿の屋敷にいる。罰として術式を写生してその紙で鶴を折るように命じた。その数は五百枚分。

 時々北の方が礼羅のことを構っているらしく罰の意味がなくなっている気がするのだがノルマはこなすように言っている。


「だめだ。アイツの力が影響したら余計悪化しかねない。今回も結界があったから外にまで行かなかったんだ」

「夜半の君の妖しき技ですが、こうもうまくいかないのは珍しいですね」

「……そうだな」


 薄荷騒ぎについては人の手には余ることだったのですぐに晴明殿と残月に助けを求めた。晴明殿はすぐに駆けつけてくれたが状況を見て俺に色々話すと屋敷で休む間もなく礼羅を自分の屋敷に連れ帰ってしまった。


『妖は基本的に他者の妖力を交換することで生き永らえるのだから、きっとあの娘は結界か何かで常に育ての親である狐に妖力を吸われていたんじゃないかな』


 晴明殿はそう推測していたが、魔力と妖力の比率が偏れば偏るほど危うくなる。俺が他者の血を求めるように、礼羅は空腹感を覚えていた。もしかしたら礼羅は俺の魔力で補っているものの、反面妖力を持て余しているのではなかろうかと判断した。

 元々妖力を使って山暮らしをしていたのだ。そこでは多大な妖力を生活で使用していたのではないだろうか。しかし今は多くの妖術を使用しているわけではない。

 罰と称して折り鶴を作らせているのも、礼羅の妖力が呪力として消費できればと思ってのことだ。

 あの式札を作るには本来俺の呪力が必要で、俺の呪力の影響下にある礼羅に俺の折り紙の式神が作れないか試している。折り紙にしなくても普通の術式が書かれた札にもなるので罰にもなるし俺の労力が多少楽になるのでやってみる価値はあるだろう。


「アイツばかり側に置いてたのが良くなかったんだろう。他の式神を使う訓練をするのにちょうどいい」


 実際今もこうして式神らは薄荷に含まれた妖力を吸い取る作業をしている。これは後から駆け付けてきた残月からの提案だ。陰陽の乱れを考えれば吸いすぎも良くないらしいので数日かけないと無理だろう。

 薄荷を食べてくれないかとも思ったが黒弓がもそもそと口にしては吐いていたので流石に無理があったようだ。


 晴明殿だけでなく残月も後から来て惨状を見てはいたがその場で矢文を飛ばして典薬寮に引き渡せないか問い合わせた。典薬寮にも矢文の術が使える者がいるのか返事がすぐに帰ってきた。


『典薬寮も目草は有り余っているから受け取れないと。そうでなくても人ならざる者が育てた目草を典薬寮が受け取ることはないでしょうねぇ』


 薄荷の生産が本格の知識まではは江戸時代だ。それまでは山菜と同等の扱いで貴族の食卓でもあったりするが庶民で使われているかどうかは分からない。下人らも薄荷という存在すら知らなかったらしい。

 昨晩厨子に目草の料理を作らせたがクセが強すぎて食べられたものではなかった。厨子も都の料理人の元で学んだことはないので、実際にどのように作られているのか検討が付かないだろう。昨日の今日で無茶をさせてしまった。

 それに典薬寮が受け取らないのも予想通りである。国の薬師が訳アリの薬草を受け入れるはずがない。

 別に困っている訳でもないしいっそ高級品をばら撒くと言って近所の農民に配るか――。


「旦那様まさか民草に配ろうとは思っておりませんよね?口噛み酒のことをお忘れですか」

「いやまさか」


 惟也もだいぶ俺の心を読むようになってきた。

 礼羅の作った酒が人間相手では毒であるように、目草も同様の効果があるかもしれない。そう思うと典薬寮が受け取らなくて良かった。


「このまま式神に食わせるしかないか……」


 それでも食ってくれるのは妖力だけで薄荷は食ってくれない。薄荷は一部を残して燃やすしかないだろう。炎天下の中俺は途方に暮れていた。


晴れ間見む、時も荒波寄せくれば、我が袖濡るる君があだ浪

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