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閑話1-1.礼羅

惟也と礼羅と水丸が一緒に都で買い物をするようです。

時系列は12-1あたり。


 次の満月に人がくることが決まっているので持て成す準備をしなければならない。

 この屋敷はあまりにも人を持て成すための物が少なすぎるということで、その準備にとりかかっていた。


「あとは人数分のお茶と念のためお酒の仕込み、荷葉のお香は間に合わないですね。私の黒方の香を使用いたしましょう。あとは先日お掃除はしたので、花は嵐山で探して……。なので買うのは反物と、厨子、あと書き物の道具は旦那様からお借りすれば……」


 惟也は指折り数えながら市居で買うものを話す。俸禄が余ったからそれを全て使う勢いで物を揃えようとしている。

 私は黒弓の背中に座り都の街並みを眺めていた。黒弓の下では手綱を握る惟也。後ろには米俵を背負う牛を引く水丸がいる。牛に合わせて進むのでゆっくりだ。

 私は下人の恰好で歩くのかと思っていたが、どんな格好をしても庶民に見えないから笠を被ってくれと惟也に言われてしまった。


「笠は良いとして、ここまで着こむ必要がございますか?」


 市女笠の隙間から妖術で色を変えた黒い瞳を惟也に向ける。陽光からは姿を擬態して移動の際に黒弓の背に乗って行けとしか命令されていない。なのでこの服装は惟也の要望だ。

 いくら紗が透けているからって夏場に小袖と袴だけでなく袿も羽織るのは地獄の所業だ。


「……一度薄着の姿を白銅殿に見せてもらえばよろしいでしょう。それに市居の様子を見に行きたいと言ったのは夜半の君じゃないですか」


 惟也は大分私と関わることに慣れた。むしろ陽光よりも気安いくらいだ。

 私は都に来ても奴隷として買われた屋敷から出ることは許されず、やっと出られても逃げていたので物見どころじゃなかった。

 陽光の式神になっても移動は牛車。しかも向かったのは獄中と内裏くらい。外の様子を見ようにも他者に顔を見られる真似はしていけないと咎められるので見ることが出来ずにいる。

 大和にいた頃は村に来た行商から都の話を聞いたものだ。いつかは都に行ってみたいとひっそり抱いた夢がまた芽生えていたのだ。


「都に行っても物見ができなかったのです」

「貴女様が旦那様に申せば車を手配してくれるのではございませんか?」

「まぁ!侍従様は私が牛車の中で大人しくできる娘だと思ってるのですか?」


 この短期間で私の性格を把握しているだろう惟也はそっと目を逸らした。


「お店が見えてきました」


 後ろから水丸が指をさす場所は西市という官営の市場だ。朱雀大路を挟んだ東市も含め、貴族はみなここで品々を揃えている。

 その中でひときわ目立つ店の下働きを見て礼羅は思わず声を上げようとして思わず口元を抑えた。自分を攫った盗賊の一人と顔が似ている。

 驚いたせいで馬上が不安定になり黒弓の足がもたついた。惟也が手綱を引き直した。


「夜半の君?」


 両手で口元を抑える私を見た惟也が声をかける。盗賊ですとここで声を上げてもこちらが不利になる。盗賊がのうのうと商売しているなんて検非違使は何をしているのだろう。


「……いいえ、確かあちらに行けば私の知り合いがいます。お安くしてくれるはずです」


 惟也は少々疑いながらも「満足のいかない者であれば引き上げますよ」といいつつ頷いてくれた。あの商人の扱うものの質は上等でなくとも悪くないだろうしこの時期は都にいるはずだ。

 道行く人に聞きながら商人の店にたどり着くと、袖をたくし上げ日に焼けたたくましい腕を自慢げに晒す男が荷物を運んでいた。三十路はとうに超えている。


「七条の商人(あきんど)はん!」


 大和の訛りで声をかければ向こうは馬に乗って市女笠を被った私を見て一瞬首を傾げたが、私が目の色を元に戻せばすぐに気付いた。なんなら声をあげて尻もちをついた。


「いやーこりゃたまげた!おひいさん、ほんまにおひいさんになったんか!」


 店でもある長屋の中に案内され、水を持て成されたのでありがたく頂戴する。水丸は外で待つと言えば他の下働きが水丸と黒弓と牛にも水を出してくれた。

 大和にいた頃はお婆が花街でお客から貰った衣をお下がりで着ていたので村の人達と違って普段からいい衣を着ていたのだ。それ故に村人やこの七条の商人からは「おひいさん」と呼ばれていた。懐かしい。


「姫やないで。せいぜい女房がいいところや」


 私が商人と平民、大和の平民訛りで話すことに困惑を隠せずにいる。だけど私は久しぶりの知り合いなので会話が弾んでしまった。


「そら変わらへんて。花街には巫女様の話もないもんやから二人揃うて死んでしもたとばかりに……あ……」


 巫女様とはお婆のことだ。歩き巫女の恰好で花街に向かっていたのでそう呼ばれていた。それすら懐かしくて寂しく思って目を伏せると向こうは口ごもる。商人は今度は惟也に向き合った。


「世間話が過ぎて申し訳ありまへん。早速ですが、御用を承りましょう。うちには多くの物があるわけやないですが、伝手はありますんで探すことは出来ましょう」


 惟也が商人と必要な物と前金として米俵を一つ出すと快く引き受けてくれた。


「最近独立した若い漆塗りが作ったもんがまだ在庫にあるはずや。見本と言ってはアレですが、この盃と同じくらい厨子が他の店にあります」

「こんなよきものがなぜここに」

「独立したばかりの職人だからですよ。ここの市はお偉いさん方が取りまとめてくださるが、どうしても若いもんの作ったもんはなかなか客のお目にかかれない。高名な職人でないと売れないと大口の商人もとりなしてくれないんですわ」

「なるほど」


 惟也も満足したのか買い取ってくれることになった。

 ほかの品もこの場で用意はできないが伝手はあるようなので満月の三日前には届けてくれるらしい。

 惟也が場所を伝えると商人の書きつける手の震えが止まらなくなった。


「お、おひいさん……まさか」

「あまり口にしないで頂戴な。主様が可哀想だわ」

「いや……嵐山か……そうかや、おひいさん流石巫女様の子やね、畏れ多いが、しっかりと用は果たしますんでご安心ください」


 どうやら私の主の正体に察して手が震えていたようだ。そういえば陽光の評判は都だとどんなものなのだろう。


「にいはん、初めての上客や。これで閑古鳥も飛んでいくやろ」

「俺の店はいつも閑古鳥が鳴いてるわけやないで!?」


 訛りはあるし少々荒っぽいが気さくだ。惟也もそれに目くじらを立てなかったのは意外だった。

 商人とは一言二言話し、大和の村に行った時には「賊に攫われたけれど、色々あって今はとある尊い方の下で働いているから安心して欲しい」と村の人たちに伝えるよう頼んだ。これで大丈夫だろう。

 外に出ると惟也が商人と二人で何か話をしていたがまだ用があったのだろうか。少ししたら良い顔で惟也が出てきた。少々顔が強張っていたので気にかけても大丈夫だと答えるだけだった。

 そして帰りに余ったお金と物々交換用のお米の量を見た惟也と水丸は顔を見合わせていたのだった。

 嵐山の麓に着く頃には既に日が暮れそうになっていた。


「夜半の君、本当に山育ちだったのですね」

「だから言っているじゃないですか。あっ!故郷の土地の名前聞き忘れた」


 自分の故郷の名前を知らないことに惟也は呆れた顔をしたのだった。


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