16-1.礼羅
陽光と契約を交わした付喪神は式札に仕舞われ、後は念のため晴明と弓削が夜の守りをしていた。
そして未明、わざわざ休む前に様子を見に来た晴明が寝起きで微睡んでいる陽光見て晴明が呆れていた。
「呪力の制御は基本だよ」
御簾の前で晴明がこちらを覗き込むように座る。惟也が立ち上がろうとしたけどすぐに断った。夜通し起きていて眠いのか彼からやや疲労が伺える。
「昨晩、君たちが眠ったあと弓削殿と話をしてね。あの品々は、確かに呪物相応の呪力が籠っていたのは確かだけど、君がそうまでして式神を増やそうとしたのは何かあったからかな。それとも僕と同様、趣味の一環?もし前者なら私は君を問い詰め、術師の一人として陛下に奏上しなければならない。後者なら君を師として説教をしなければならない」
陽光は何とか起き上がると己の口から事情を説明する。晴明の屋敷にいる下人の真似事をしている式神を真似たかったのだと言えば、晴明はきょとんとした顔を一瞬すると懐から自分の人型の式札を取り出しては術を施行する。すると紙が大きくなった。
「見た目さえ気にしなければこれで物を運んだり簡単な掃除をさせることも出来るよ。君たちが今まで人に見えたのは幻術さ」
そう言ってポンと黒い狐耳が付いた女の姿に変える。「夜半の君が二人……」と惟也が驚いていたが私はこんな子供っぽい顔はしていない。
「でも陽光程の呪力じゃあ下人相応の仕事をさせるならせいぜい一体が精いっぱいだろうね。下人はその辺の村や商人に声をかけさせて集めさせてばいいだろう?なぜ集めない」
晴明から至極当然なことを言われて私は思わず言い出しっぺの惟也を見る。
惟也はその道の者じゃないので陽光の扱える呪力が無いということまでは把握しきれていないだろうが、もう少し人を集めることは出来たのではないだろうか。しかし惟也はしゅんと縮こまっていた。
「この周辺は元々別荘地ですから、周辺の集落の者達は貴人らの噂を伝え聞いていたらしく民の者は私が声をかけても日雇いは受けても住み込みはなかなか………小作の仕事を辞めさせてまで呼ぶわけにも行きませんから」
この時代、開墾した土地は自分のモノにできたため、貴族や寺院が農民を雇うことで荘園として土地を広げることが出来たため、農民もどこかの貴族の所有物であることが多かった。
それに嵐山は都からそれなりに離れているものの、貴族の屋敷がないわけではない。別荘地としてこの地に屋敷を建てたり買い取る者も多い。所有者が亡くなったり出家したりするとその住まう土地を寺にするのでその名残でお堂もいくつからある。
この陽光の屋敷は屋敷が密集しているところからは外れているものの、この屋敷が陽光の屋敷であることはこの屋敷を建てる頃から周囲に住む者らは知っていた。
だから一番近くにある村も陽光の噂を伝え聞き、働きたいと名乗る者は出てこなくて、その代わり食い扶持を省くために痩せ細っていた三人の童を寄こされたのだという。
「他の村に向かうにも私めも土地勘がなく時間が無く……山を越えるにも一人では……獣もおりますし……」
この近辺は碁盤の目に揃った都と違い道が少し入り組んでいて、少し歩けば山に入るから獣もいるから危険だ。生粋の貴族の息子であり都育ちの惟也が一人で周辺の村に足を運ぶのは難しかっただろう。
慣れた者を共にすることも考えただろうが、道中身包み剥がされることを警戒すれば尚のこと頼れないはずだ。
「日払いで来る牛飼はどうでしょう?彼はよく来てくれますよね?」
「何度か勧誘してはいるのですが、妻子もおり、田畑を所有しているので住み込みは難しいと」
貴族の元で働くより先祖代々の土地を手放すのが惜しいのだろう。
晴明は現状を知らなかったようで、「全く君は……」と陽光をさらに呆れていた。
「今まで陛下を伺っていたので私は何もしませんでしたが、私も個別で探してみましょう。我が家にも出稼ぎで来ている者はいますからねぇ」
晴明の後ろから残月が顔を出してきた。相変わらず一声かけず突然現れる。晴明は残月に目を合せないままその場で告げる。
「全く君という人は、この御方が苦労している様を見るのが好きなだけだろう?」
「はて、なんのことやら。そういう天文博士殿も、宮様の能力で何やら試そうとしているではありませんか」
二人のやり取りに惟也が小さく「ひっ」と悲鳴を上げた。