15-4.陽光
黄金色の羊を前に俺はうなだれそうになるのをこらえる。
この場において誰も口を出さないのは、母の形見が元になった付喪神だからだろう。それでも目の前にいるのは化粧道具に手足が生えたような見た目の一般的な付喪神ではなく、金色の羊。戸惑うのも無理はない。
「殿下……この、面妖な獣は一体……」
様子を書き起こしていた仲定殿が戸惑いながら問う。
ちなみにこの時代の日本に羊はいない。干支の未は山羊のことを指している。
俺は答えに戸惑っていると黄金を名付けた羊は辺りを見回した。
「皆さまが戸惑う事も御座いましょう。私はしがない羊でございます」
俺はそういうことで戸惑っているわけではないのだが、俺は飲み込む。
「……分かった。よろしく頼む」
これは俺の力不足だ。
次こそは人型の式神を呼びたい。晴明殿に教わった通りにすれば良いはず。
次は藍色の紙に薄紅色の朝顔、銀粉が散りばめられた扇だ。
「【銀河】」
黒い牛。
またダメだった。牛がもう一頭増えた。牛車も早くなるだろうか。いや今はそんなことどうでもいい。
俺は片っ端に俺は式札に名前と血判を押していった。
次は螺鈿細工が施された夏椿の琵琶を見る。
「【螺鈿】」
白い椿が頭に乗った玉虫色の蛇。
「弁財天の使いでしょうか?」
「……次」
赤い珊瑚の梅が埋め込まれた箏。
「【珊瑚】」
白い鹿。(角は赤い)
「神鹿か!」
「次」
青いガラスでできた丸い壺。
「【瑠璃】」
宙に浮いている青い金魚。
「これは――」
「次!」
水晶を使った玉。所々紫が混じっている。
「【玉眼】」
薄茶色のヤモリ。
最後に香木を木軸に、人毛を使った筆。持ち上げると一瞬だけカラコロと音がしたが気にせず術を使う。
「【香筆】」
キジバト。
なんでだよ。
全身の力が抜け、惟也が左に脇息を用意し、右側に礼羅がそっと酒を寄こすので俺は盃に注がず徳利の中の酒を喉に流し込む。
後ろから残月の視線を感じるが無視だ。
「こんな神々しい御姿を間近にお目にかかることが出来るなんて……」
何かを書き控えている仲定殿。
「獣とは……まるで神に所縁のある御使いだ」
今すぐにでも観察したいとうずうずしている晴明殿。
陰陽寮の三人は口々に言うが下働きが欲しくてこの場を用意したのであって俺はそうじゃない。
今が満月で、礼羅が妖力を分けてくれるから全て一度に契約が出来たのだが、俺も普段から彼らを式札から出すことは難しい。黒弓相当の呪力を消費する式神が増えてしまった。
「主様……」
「み、宮様……」
後ろにいる惟也と礼羅は事情を知っているので何処か気遣わしげにこちらを見ている。
今回付喪神を意図的に作るために使った憑代が呪力が籠っただけの豪華な調度品。特筆してなにか曰くが付いているわけでも歴史があるわけでもない。そうだこれは呪力や妖力をしっかりと練れない俺の力不足だ。
それでも嘆かずにはいられない。
「なんで……人型じゃないんだ……!」
別に人型に拘ったつもりはないが、どれも土いじりや水仕事が出来そうな雰囲気がない。それに陰陽頭が言う通りこの顕現させた式神たちが本当に神の使いなら猶更下人のような扱いが出来なくなった。
「申し訳ございません。私の我儘が過ぎました。近く村からまた人を探しましょう。日雇いでも牛飼が出来るのです。きっと住み込みでも来てくれます」
「すまん惟也……手間をかける……」
そんな陽光と惟也のやり取りを遠目に見ていた残月は「下人にするための式神を一から作る」ために母親の形見を使い、結果神の使いを呼び寄せてしまった己の主人に少々呆れつつも空回りしている彼らを見て苦笑した。
そして顕現した付喪神たちをもう一度目に焼き付ける。
金、銀、珊瑚、硨磲(貝殻)、玻璃(水晶や石英)、瑠璃(青いガラスも含む)、瑪瑙。
硨磲を螺鈿細工に当てはめ、先ほどからころと音が鳴った筆の中に瑪瑙が入っていると仮定すれば、その選ばれたしつらえ品も無量寿経の七宝が揃ったことになる。
その獣らも神の使いだと術師らが言っているが、それはどこの神の使いなのだろうかと黄金色の面妖な未を見て思う。
しかしこのしつらえ品も不可解だ。
この品々はもちろん帝に寵愛された女御が持つに相応しい立派な品だ。しかしそれほどのしつらえ品を内裏に持っていかず右大臣の屋敷で保管して出し惜しみするようなことをする必要があっただろうか。
それともその権力を主張するために内裏へ運んだ品はこれらのものよりもさらに素晴らしい品だったのだろうか。
中には由良の君が丹波から持ってきたしつらえもあったというし、これほどのものを用意することができた彼女の実の親が何者だったのか気になる。
それに陰陽寮。特にそこの天文博士がわざわざ七宝を選んだ理由が含まれていた呪力総量だけなのか、それとも『天の御子』が召喚する式神がどうなるか試したくなった故の遊び心だろうか。
『晴明はな、昔の余に似ているのだ。歳もあちらが上なのに、未だ悪戯心が消えぬ童子よ。
それでも物事の見方が面白いのでそばに置いているが、奴が余の子に目を付けた時は余の肝も冷えたものだ。それでも寺で御仏の教えを叩き込まれた故だろう。お前の話から良識はあるようで余は安心した』
そう言いながら酒を手に欠けた月を見ていた主の父君はやや他人事のように己の子供を想っていた。自分の息子がその良識故に、自分の御気に入りを術の師匠と慕いながらも翻弄されていることに気付いていないのだろう。
「これは、私も本格的に人を探しましょうかねぇ」
それでも大祓の後になりそうだが。
しろたへの月にかかやくななくさの、たからのみたま清くうるわし