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15-3.陽光


 月の輝きが最上になるまで月見酒をすることになった。嗜む程度だと思っていたのでそこまで酔うつもりは誰も毛頭なかったはずだった。


「あっはっはっは!どうです弓削(ゆげ)殿!これは傑作だ!この酒。味は不味いのについつい飲み進んでしまうよ!」


 晴明殿が仲定の背中をばしばしと叩く。

 かく言う仲定は真っ赤な顔で瓢箪を抱いて泣いていた。


「うっうぅ……私はお二人のおまけなんですぅうう……!嵐山殿の屋敷の物見に付いてきただけなんですぅう……!」


 ちなみにこの二人は二、三杯分の酒しか飲んでないし、この時代の酒のアルコール度数は現代よりも低いのでよほどの下戸でない限り早々に酔うことはない。


「はぁ……全く此奴らは……」


 ちなみに陰陽頭はすぐ異変に気付いたのか主人の恥をかかすまいと口を付ける程度にとどめたようだが、晴明殿は分かっていてぐいとその盃を飲み干した。

 そんな惨状にした原因に思い当たるのはただ一人しかいない。礼羅が言っていた「とっておき」と童女が仕込んでいた酒を礼羅が間違えて持ってきてしまったのだろう。提供した当の本人は今も主人に対して土下座していた。


「申し訳ございませんでした……」

「自分が仕込んだ酒だろうが。分からなかったのか?」

「同じ形の壺に入れてたので……」


 あの千年妖狐も美酒だと言っていたほどだが、その正体は妖力が籠った酒だ。人に妖力が当たるとああも酔っぱらうのだろうか。


「陽光、夜半の君の何を叱ることがある!これはかつてない美酒、いや妖酒(ようしゅ)だ!」

「妖力が込められてますからね」


 口にしていないのは陰陽頭と残月、惟也の三人だけだ。俺は普段から礼羅の妖力を貰っているせいかある程度の耐性があった。少し元気が出た程度だ。


「さて、この女狐にはどう落とし前付けさせましょうかねぇ?」


 久しぶりに残月も礼羅を女狐呼ばわりだ。礼羅はその場で体を揺らすが、返す言葉もないのか無言のままだ。


「旦那様、お水をご用意してまいりましたぁ!おっととっ!?」


 向呉が持ってきた釜は釜でも仏具だ。つまり俺が作っている途中で放置していた聖水を持ってきてしまった。

 しかし止める間もなく向呉が転び、中の水が宙に浮いた。


「あ……」


 水は真っ先に仲定の頭に被り、状況が分からない仲定は酔いが覚めぬ頭できょろきょろと周囲をみる。


「わ、私は何を!?」


 晴明はずぶ濡れできょとんとしている仲定が面白いのか笑いが止まらない。

 酔いが醒めたのか真っ赤になっていた仲定の顔が徐々に元に戻っている。


「あっはっはっは!弓削殿の呆けた顔が!わぷっ!」

「祓へ給へ、清め給へ……」


 残月がどこからか竹筒を取り出しては晴明の方に中身をぶっかけると祝詞を唱えた。顔面に水を浴びせられた晴明殿は少々不機嫌だ。


「有明の君……」

「狐に化かされた心地から醒めましたかねぇ?」


 この二人本当は仲が良いんじゃないだろうか。


「お水お持ちして参りました……あれ?」


 後から水丸が水差しいっぱいの水を持ってきた時には陰陽頭の前で説教を受けている晴明殿と仲定が居た。

 衣服は礼羅が妖術で乾かした。



―――



 気を取り直して違う酒を振る舞うことになったが、晴明殿以外は飲む気になれないのか終始大人しかった。

 体感で約半刻(一時間)。月光の差す庇の間で取り留めのない雑談をしていると残月が月を見て一言。


「そろそろよろしいかと」


 残月の合図で俺は式札を取り出す。

 陰陽寮の術師らが確認した結果、特に呪力が籠っていたしつらえ品は化粧道具を入れた玉手箱、筆、檜扇、箏、琵琶、香炉、唐櫃の七つ。記録は既に済んでいた。


(七福神みたいだな……)


 付喪神は妖であって神ではないのだが。

 俺は玉手箱を手に取る。中には化粧品やら道具の数が多いのでさっさと片付けておきたい。残月は初めに選ぶと思わなかったようだ。


「初めが玉手箱ですか」

「今が月光の盛りなんだろう?どちらにせよ呪力の消費が激しいモノから消費した方がいい」

「左様で……」


 今まで極力触れないようにしていたが何も起きないので中を開けて月光の下に並べては物色してみる。

 今の時代、化粧道具といえばせいぜい白粉と紅と眉墨くらいだと思っていたが、種類もいくつかあって多い。しかし道具一つ一つは呪力がそう多くない。箱の呪力総量が多いと判断したのだろう。確認すると再度箱に仕舞い、式札に名前を書く。

 そして指に刃を当てて血がにじむのを確認すると式札に血判を付ける。真言と祓詞(はらえことば)を組み合わせた詠唱を言う。


「オン・サン・ザン・ザン・サク・ソワカ

 ノウマク・サンマンダバザラダン・センダ・マカロシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン

 オン・マリシエイ・ソワカ

 (ひと)(ふた)()()(いつ)(むゆ)(なな)()(ここの)(たりや)

 布瑠部(ふるべ)由良由良止(ゆらゆらと)布瑠部……。


 ――汝に名を与える。【黄金(こがね)】」

 

 光と共に両手で持てる大きさの箱から光の粒が溢れ、そこから姿が露になる。


「永い眠りよりお呼びいただき恐悦至極。この黄金(こがね)、誠心誠意、主様に尽くしましょう」


 現れたのは金色の毛並みを持った羊だった。


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