14-7.礼羅
陽光は白銅の鏡を見ながらでないと触れることが出来ず黒い箱をすり抜けてしまうことが分かった。
呪符をはがそうかと提案しても、そこから何か出るかもしれないから止めた方がいいと言うので埒が明かない。
『これは素晴らしい!その箱だけ西の常世にいる状態だ』
「晴明!?」
晴明の五芒星の紋が書かれた式神がゆらりと飛んできた。
「ちょっと、主様だけに任せておいてどういうつもり!?」
『陽光に任せられそうだから頼んだんだよ?聞いてよ。安憲兄者には慈雨の宮の反感を買うから行くなと言われてるのに、陛下は私を頼るんだから。ただでさえ光義殿に毛嫌いされているのに、私が出てしまったらさらに嫌われてしまうよ』
帝の方は同情の余地はあるけれど他は自業自得だろう。言い訳がましいそれにその形代紙をまた燃やしてやろうかと思ったけど陽光から頭から手刀を喰らった。主を睨み上げたら彼は何の気なしに晴明に問うた。
「それで、この箱だけ常世にいるというのは?礼羅が直接見えずとも触れることができるのになにか理由があるのでしょうか」
『妖は出自はさまざまだけど総じて常世に通じることができると言われている。西のと言ったのは、私も実際に触れることも見ることも出来なかったからだ。彼女が西の黄泉に通じることが出来るなら、見えずとも触れることが出来ることも納得だよ』
晴明も見えないなんて以外だ。見えなかったから陽光に依頼が来たのだけれど。まさか。
「まさか慈雨の宮に夜半なら見えるかもしれないと言ったのですか?」
『そんなことも言ったかなぁ』
陽光の疑問に晴明はとぼけた。この狐、確信犯だ!持っている檜扇を折りそうになった。
「殿下!」
振り向けば一ノ宮が来ていた。後ろには残月や三人の術師がいる。この屋敷を出てからそう時間が経っていないのに戻ってきたということは途中で合流したのだろうか。
「一ノ宮!?残月どうして連れてきた!」
「私も術師らも反対したのですよぉ。それでも慈雨の宮の行方が分からないと、この術師らが口を滑らせてしまいましてねぇ」
残月がその術師を扇で差す。術師の一番背の高い者が委縮していた。
「シスコンだってことを伝えておくんだった……」
陽光が小声でよく分からないことをぼやく。
『あ、光義殿丁度良かった。内裏で見つかった箱と同じものが見つかった。これから開けるから記録を頼むよ』
「晴明殿!?陰陽頭から引っ込むように言われていたのにどういうことですか!」
みつよしと呼ばれた一番小さい術師が頭を抱える。よく見ると陰陽頭と面影が少し似ている。背も小さいし親戚だろうか。
『陛下が気にかけている。その兄者を素通りして私に頼って来たんだから仕方ないだろう』
「それで、陰陽頭にそれは伝えたのですか?」
『急を要するから伝えていない。それに箱のことは私も気にかかっていてね。そこにいる殿下が見つけてくださったよ』
ここぞとばかりに陽光を敬うところになんだか癪に障る。
「そういうところですぞ!……まったく、それでその箱を開ける手段はどうするのです。慈雨の宮も見つかってないのですよ?」
慣れているのか知らないが切り替えが早い。
慈雨の宮が心配でその身を引きずってまでやってくるなんてよほど妹が大事なのだろうか。
妙に引っかかったけれどあることを思い出して私は彼らの会話に割り込んだ。
「お待ちを。この箱の中身が分かったかもしれません」
一斉に周りが私を見る。
「その前に慈雨の宮をこちらに引き寄せましょう。人探しではなく、魂呼びを行います」
「夜半、魂呼びというのは生者にするものじゃない」
陽光の言うように、魂呼びは使者を蘇生するために呼び寄せる儀式だ。突然ふっと消えた慈雨の宮は死んでいるとは限らない。
「分かってます。でも見えなくなっているのですから、死者と同義でしょう?この箱のように、常世に行ってしまったかもしれませんし」
「魂は呼べるだろうが肉体を呼ぶ方法はない」
三人の中で中ぐらいの背の術師がそう言う。周囲も納得しつつもあまり同参しようとしない。陽光は否定もしないが何か考えているようだった。残月は笑みを浮かべては様子を見ている。
「夜半の君といったな。雨が戻ってくる確証があるのか?」
一ノ宮が前に出る。
「はい。ですがその際、一ノ宮にも協力していただく必要がございます」
―――
白銅に見てもらいながら黒い箱を北の対まで運んだ。辺りはすっかり暗闇だ。陽光に頼んで周囲に結界を張ってもらい聞き耳立てられないようにする。
『礼羅、何を企んでる』
『企んでないわよ。これから説明するわ』
箱を慈雨の宮が最後にいた場所にまで運び、一同がいる場所で口を開く。
「これから行うことは、魂の繋がりが深い者を憑代とした招魂術です。初めこそ主様を憑代にと考えましたが、一ノ宮がいらっしゃいますので協力していただきます」
「いくらでも協力しよう」
一ノ宮の言質は得た。
「主様や術師の方はご存知でしょうが、先日内裏であの箱と似たようなモノがございました。その箱と形状も呪符があることを除けばよく似ております」
白銅の鏡に映る箱を皆に見せる。内裏で見つけた箱は自分が見つけた時には呪符はなかった。霞と呼ばれた陽光の異母妹が開ける際に剥がしたのかもしれない。
「はっきり言ってしまうと、慈雨の宮はこの箱の中にいらっしゃるでしょう。この箱に触れた時、慈雨の宮の記憶の断片らしきものが私の中に流れてきました」
『走馬灯のようなものかな』
式神の晴明が問うてくる。
「……似たようなものでしょう。見たものを口にすることは私はできかねますが、あることで己を恨んでおりました」
「それは何故だろうか」
一ノ宮が問う。
「私の口からは言えません。ですが、お優しい方なのでしょうね。慈雨の宮は貴方を恨んでもおかしくない仕打ちを受けております」
「おい夜半」
「いや、いい。だが……そう、か……そうであっても仕方ないな」
私を咎める陽光をなだめ、一ノ宮はそのまま身を引いた。彼も思うところがあったのかもしれない。
「ですが憑代になっている間、貴方様は慈雨の宮に対して呼びかけてくださいませ」
「雨は、私の声を聞くだろうか?」
少し言いすぎてしまっただろうか、一ノ宮は自信無さげだ。
『慈雨の宮が一ノ宮を恨んでいるかは知らないけど、憑代は所縁のある者の方が引き寄せられやすいのは事実だ。夜半の君が言う通り、憑代は貴方が適任だろう』
晴明の声もあり、陰陽寮の術師にも協力してもらいながら魂呼びの儀式の準備をすることになった。
「ということで、あとはおねがいしますね。主様」
「やるのは俺か?」
ものすごく嫌そうだ。
「だって、私は慈雨の宮の名前を知らないもの。覚えるのもおかしいじゃない」
「こちらとしてもお願いします。それに、血が近い者は一ノ宮の次に貴方様です。さらに呼びかけに答えてくれるというもの」
私と陽光の会話を聞いていた小さい術師が陽光に頭を下げる。陽光は頭を書きながらつぶやいた。
「……屋根に上って三回名前を呼ぶんだったか?」
それから一ノ宮を守っていた結界を残月に解いてもらい、陽光はすぐに慈雨の宮の名前を三回唱えた。
一ノ宮の身体には呪詛がまた復活したものの、術師が揃って邪を祓ったので大事には至ることはなく、箱の横で横たわる慈雨の宮が現れるのは陽光が三回慈雨の宮の名前を読んでからすぐだった。