14-2.礼羅
〈……伯父様、かか様との繋がりを切って欲しいのです……!〉
それを言いたくて大君は一ノ宮の屋敷の中で彷徨っていたのか。縋りつくように幼子は伯父に願った。
しかし一ノ宮は首を横に振る。
「そんなこと、出来ない……出来る訳がない……」
案の定、その願いは却下される。その瞬間、陽輝の首元から頬まで赤黒い紋様。蛇のような形の呪印がくっきりと現れた。
「呪詛――!?」
「祓へ給ひ、清め給へ、神ながら守り給ひ、幸へ給へ――!」
陽光は早口に祝詞を唱えながら持っていた黒弓の弦を引くと青く光る矢が現れる。それを一ノ宮に向って放つと、複数の糸になり一ノ宮全体を包み込み呪印は靄となって陽輝から抜けていく。
しかし靄は陽輝に戻り、さらに呪印が広がってしまった。
「ぐ、あ……あぁあ!!」
〈伯父さま!〉
一ノ宮は横たわり抱え込むように胸を握り苦しみ始めた。
今度は数珠を構えて読経をし始めるが、同じく一度呪詛は抜けるもまた戻っていく。
〈縁を切れないなんてこの役立たず!〉
「主様になんて事言うの!」
怒鳴ってやれば一瞬は怯える。
「おい、相手は子供だぞ」
「言ってやらないと分からないから言ってるののです!立場は貴方の方が上なのですよ!?」
「今はそんなことを言ってる場合か!?」
陽光は変なところ子供に甘い。
だけど大君の話が正しければその呪詛は慈雨の宮にかかるはずのものだったのだろうか。その理由に行きつくよりも先に残月が口にした。
「これは呪詛の肩代わりですねぇ……生まれつき魂の繋がりが強いとは聞き及んでおりましたが、成人しても尚これほどとは……」
陽光は手に余ると判断したのか「これで陰陽寮を呼べ」と残月に紙を渡した。
残月はそれを見て呆れた顔を浮かべる。
「宮様これはただの麻紙ではございませんか。いつもの式神はどうしたのです?」
「生憎今は紙が無い。それに紙飛行機より矢文の方が早いだろ」
何の気なしにそう言うけれど陽光は残月のことを疑ったりはしないのだろうか。
「仕方ないですねぇ」
いやいや言いながらもその口角は上がっているので嬉しそうでなんだか気持ち悪い。残月は紙を受け取ると折りたたんで結ぶと左手の人差し指と中指で挟み、天に向かって矢を番えるような動作をした。
「掛けまくも畏き稚日女尊、この夷振を詠み歌い給へ」
祝詞を唱えるにつれて金色に光る矢が現れ、見えない弦を放つとその矢は文ごと飛んで行った。言葉の通り陰陽頭まで飛んで行ったのだろう。
「礼羅、この淀みはどうにかできないか」
「無理よ。それこそ双子揃って死んで――」
〈だめ!そうするなら呪ってやる!〉
大君が被せるように否定する。
「しないわよ。二人とも私の主様の兄ですから」
亡霊は私の横にいる陽光と横たわる一ノ宮を比べるように見ていた。異母兄弟である事を知らなかったようだ。
「貴女は殊更血の縁を重視しますねぇ」
「血のつながりは呪いにもなりますからね」
「……確かに」
意味深長に残月は頷き、一ノ宮を見て檜扇を閉じると「【縛】」と術を使う。
「宮様、もう一度禊を」
「……あぁ」
陽光が何かを察知したのかもう一度黒弓を使って青白い矢を放てば呪印は消え、一ノ宮の呼吸は落ち着きはじめた。
〈伯父さま……!?〉
「これ、は……」
「はい。貴方様の魂に結界を覆い一時的に慈雨の宮との魂の繋がりを塞ぎ、宮様に禊をしてもらいました。ですがこれでもあくまで応急処置です。結界を解けばすぐに貴方は苦しむことになるでしょう」
大元をどうにかしなければ消えてしまうし、慈雨の宮にも被害が被るだろう。あとは呪詛をどうにかするだけだ。
「駄目だ……雨に呪詛がかかるのは……大君も、元の身体に戻りなさい……」
大君が〈でも……!〉と否定する。徐々に両目に涙を溜めこみ、ついにはボロボロと泣き出してしまう。
そんな大君に陽光も一ノ宮を援護した。
「大君。少外記殿の言う通りだ。呪詛は俺や陰陽寮でどうにかする」
えぐえぐと泣きながらも大君は〈はい……〉とどうにか答える。残月は一ノ宮の肩を貸しては「私は追って向かいますから」と言って立ち上がった。
一ノ宮は去り際陽光に声をかける。
「陽光殿下、大君をお願いします」
「……分かりました」
目上の者に諱を呼ぶことは不敬に値するという。それでも一ノ宮が陽光の名を呼んだのは、それくらい大事な姪の命を弟に預けたのだと、念を押したのだと感じた。
陽光は自分の牛車の近くに隠れていた水丸達を呼び、魔よけの呪符を渡しては用意を進めさせる。
「夜半、行くぞ」
「はい」