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1-1.礼羅

新シリーズ開始です。よろしくお願いします!



 時々、私は何者だろうと考えていたことがある。

 その時はぼんやりと考えていただけですぐに答えを求めていたわけではないけれど、今は違う。


『お前はきたるべき日が来るまでここで待つんだよ』


 幼い頃、育ての親から言われた言葉の意味を私は探している。



―――



 息切れと心臓の鼓動が自分の耳に響く。

 本来なら聞こえないはずの音が私の耳に響くから、嫌でも私が何者なのかを自覚してしまう。

 真っ暗な森の中、私は必死に木をよじ登ってただひたすら呼吸を落ち着かせるようにつとめた。


「っもう、あのババアが出て行かなきゃこんな事にならなかったのに……っ!!」


 失踪した己の育ての母に悪態を吐きながら私は私を追いかけてくる検非違使達がこの場から去っていくまで待った。


「逃げられたか?」


 早く去ってくれとひたすら祈る。今まで私はこの世に生を受けてから何回神にすがっただろう。

 記憶にあるのは幼い頃育ての母が早く帰ってくるようにと天に向かって手を合わせた時だろうか。


「他を当るぞ。絶対に探し出せ」


 まだ追いかけるのかとげんなりしつつも、いなくなったのを確認して私は自分の髪をかきあげながら擬態を解く。透明だった私の体が徐々に色を取り戻してくる。

 妖術だろうが呪いだろうが、何事も必要なのは想像力だと常々思う。

 自分の身体は黒い狐の耳と尻尾が出ている。瞳も金色に光っているだろう。


(お(ばば)どうしてるかな……)


 日頃から悪態をつきながらもなんやかんや私に人間と妖の常識を叩き込んでくれた狐の妖だ。家に私が居ないことを知ればあの女狐はどんな反応をするだろう。

 驚く姿を見た事がないので見たい気もするけど、今あの家に帰っても誰も居ないことはわかっている。


 親無しの私がこんな状況になった経緯は二週間前までに遡る。


 私は唐国よりも西。天竺よりも更に西にある欧州(ヨーロッパ)にいる悪魔と呼ばれる魔物の落胤らしい。本来ならこの日ノ本に存在しない妖とは似て異なる存在だそうだ。

 私は赤子の時に実の父から仙狐(せんこ)であるお婆に預けられた。

 そんな私になぜ狐の耳と尻尾が生えているのかは分からないけれど、お婆は私の実母が狐だったのではないかと言っていた。


 ちなみにお婆は四尾の仙狐だが不老であっても不死ではない。定期的に人間と交わり精力を吸収することでその寿命を延ばしているらしい。房中術の一種らしい。

 という事情もありお婆もわざわざ大和の山奥から都や商いが多い場所に足を運んでは、芸事で客を引き寄せる遊女(あそびめ)の真似事をしつつ色んな男から精力を取り込んでいた。

 だけどそんなお婆が不在の合間、小さな屋敷に張られていた結界が解けてしまい、私はそれをどうにかしようと試行錯誤している最中に野盗に襲われた。


 私も妖狐の端くれ。月神の力が満ちる満月の夜なら抵抗出来ただろうけど、昼間に野盗に一発で囚われるとどうしようもできない。

 意識を失いそのまま連れ去られると都のとある屋敷に下女として売られてしまった。

 しかし売られた先の屋敷では、下人や部下をいびる習慣でもあるのか主人から虐げられる日々が始まり、食事もろくに与えられなかったため、その屋敷から逃げ出す機会を伺っていた。


 満月の夜まで私は一抹の希望を持って己の魔力を狼煙として何度も飛ばしていたけど、どの妖も私の存在に気付くことは無かった。

 今まで外を出歩く機会がなかったから知らなかったけれどその屋敷は都のほぼ中心にある。

 やっと満月の夜になったと思えば陰陽師を名乗る者が検非違使達を大勢引連れてやって来たので私は慌てて逃げて今に至る。

 壁や屋根を伝って飛び越えてはひたすら走り、都から脱出したは良いが、それでもなお検非違使に追いかけまわされていたのだ。

 屋敷から逃げたいとは思っていたが陰陽師に捕まるのは御免だ。人の形になれる魔物は軒並み強力だ。陰陽師に見つかれば即刻祓われる。つまり殺されるのだ。


(うぅ……お腹減った……)


 悪魔は他者の魔力を吸わないと生きていけない。私も例に漏れず人の世で生きるには魔力が必要だった。

 山にいた時はお婆が張ってくれた結界の中の魔力で生きることが出来たので問題無かったけれど、結界が解けてしまってからは特に魔力は十分に吸収出来ていない。

 狼煙を飛ばさず満月まで我慢することを選べば、こんな事にならなかっただろうかなんて思っていたけど、後の祭りだ。

 お婆は仙狐としての生き方を持っているけれど、私は妖だけでなく悪魔でもあり人間でもある。結界を維持していたお婆に依存していた私が魔力なしで生きるのは難しいのだと嫌という程思い知った。

 それに今は五月(現在の暦で七月の上旬)とはいえ夜は冷える。魔力や妖力以前にろくな食事がとれなかったこの身体では体温もろくに上がらない。

 着ていた小袖の腕を捲ると痣が暗闇でも分かるくらい青黒く広がっている。力があれば治せるのに今はその余裕はない。きっと顔も傷だらけになっているだろう。


 じっとしていれば徐々に人の気配が遠くなる。一旦は安心だけれどこの後どうしようかと思いながら木陰から顔を出して月光浴をする。

 月から補給できる魔力は少ないけどあるに越したことはない。月光は美味しい。ついでに言うと日光も美味しい。

 ようやく晴れて自由の身になれたものの、家に帰るにも気絶している間に都に連れ去られたので住んでいた家が何処にあるのかも分からない。土地勘がないので大和が西なのか東なのかすらも分からない。

 もう少し逃げるのが早ければ魔力を辿ることも出来ただろうけど、もう残り香すら無いだろう。


「ならず者が呑気に月見か」

「!?」


 一瞬で目の前に影が差す。目の前に男が立っていた。


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