#5
□小夜の中山
茶の段々畑が広がっている山道だ。
山には「茶」の文字が刻まれている。
剛士、急な上り坂をひたすら登って行く。
剛士、何度もリュックを地面に置いては休み、担ぎ直してまた歩き出す。
険しい表情だ。
剛士M「徳川家康は慶長六年、江戸と京都を結ぶ東海道に宿駅を設置しました。その後、街道の並木の整備とともに一里塚が作られました。一里塚とは、江戸日本橋を基点にして一里ごとの里程を示す塚であります。ここ小夜鹿一里塚は、東海道を行き来する旅人の難所とも云われるそうな」
× × ×
剛士、西行歌碑の前に座っている。
「年たけて、また越ゆべしと、おもひきや、いのちなりけり、さやの中山」と刻まれている歌碑。
剛士「西行法師もまたここを越えていったんだな、生涯二度も……僕は、一度で十分だ」
すっかりくたびれた様子だ。
□菊川の里
急な下り坂が果てしなく続いている。
剛士、沈黙して下り坂を眺めている。
剛士、下って行く度に足に激痛が走り、
剛士「つうっ」
あまりの痛さに座り込む。
下り坂の方が足にかかる負担が大きいのだ。十一キロあるリュックの重さがさらに負担をかけているのである。
剛士「まともに歩けない上に、ジェットコースター並の急斜面……あんまりだ」
腕を組んで考え込む。
剛士、閃いたのか、後ろ向きになり、四つん這いになって下り始める。
剛士「お、意外と楽だぞ。よっしゃ、はいよー、シルバー。はいよー、シルバー……」
そうして地道に降りて行く。
掛け声とともにスピードも増していく。
□菊川坂
石畳の坂道になっている。
剛士、一つ一つの石を踏み締めて登って行く。
剛士、石を踏み外して、
剛士「あっ」
バランスを崩して転ぶが、
剛士「はいよぉ……シルぶぁ……」
力を振り絞って立ち上がる。
□金谷・コインランドリー
ランドリーが回っている。
剛士、地図にこれまで歩いて来た道のりをマーカーでなぞっている。
□同・スーパー
剛士、飲食コーナーを見回る。
剛士、ボトルを整理している女性店員に、
剛士「あの、体に良くて飲みやすいものってどれがいいですかね?」
店員「そうね~、トマトジュースはいいわよ。トマトのリコピンは活性酸素、体の錆びを除去してくれるし栄養価も高いですよ」
剛士「詳しいですね」
店員「私も美容と健康に飲んでますから」
笑顔で剛士にトマトジュースを差し出す。
× × ×
剛士、ベンチに座っている。
剛士、手にしたトマトジュースを嗅ぐ。
剛士「うっ……美容と健康に、乾杯」
鼻をつまんで飲む。
不味そうに顔を渋る剛士。
□西焼津・笑福の湯・休憩室(夜)
剛士、座敷の間で日記を書いている。
剛士M「二月十三日。曇り。菊川の坂は凄まじかったよ。はいよー、シルバーみたいな気合出さなきゃ越えられん坂道でさ。何でこんな旅をしているのか、自分でも分からくなってるけど……でも、確実に東京へ近づいているよ。この旅は宿命なのかな?」
テーブルに置かれた携帯が鳴る。
剛士、携帯を取って、
剛士「もしもし」
女性の声「もしもし。剛士?」
母からだ。
剛士「お母さん。どうしたん?」
母「元気してる?」
剛士「うん、元気だけど……」
母「そう。良かった……あのね、昨日、変な夢を見たのよ」
剛士「変な夢? 急にどうしたん?」
母「いや、それがね」
× × ×
実家、玄関。
母、子供の手を引いて出て行く。
剛士の兄だ。
子供の剛士が玄関で手を振って二人を見送っている。
母の声「お母さんとお兄ちゃんが出掛けて、剛士一人でお留守番してるんだけどね。剛士はまだ五歳ぐらいの子供で」
剛士の声「はっ、俺はもう二十二だって」
母の声「うん。それで剛士一人じゃ不安だから、お婆ちゃんがお守りに来るようになったの」
× × ×
剛士、携帯を反対の耳に当てて、
剛士「お婆ちゃんって、亡くなった?」
母の声「うん……で、剛士から電話がかかって来てね」
× × ×
居間。
子供の剛士、受話器を耳に当てて、
剛士「お婆ちゃん、まだ来てないよ? 来ないの?」
× × ×
実家、リビング。
母、受話器を耳に当てて、
母「子供の声ではっきりと。あんまりに鮮明に聞こえたから……」
剛士の声「……」
母「剛士?」
剛士の声「それで、お婆ちゃん、迎えに来た?」
母「ううん」
× × ×
剛士、残念そうに苦笑って、
剛士「そっか。来てくれなかったんだ」
母の声「ただ、それだけなんだけどね。ごめんね、急に変な電話かけちゃって」
剛士「ううん。有難う。それじゃあ……」
携帯を切ってテーブルに置く。
剛士、マップルを開いて、
剛士「明日は……海上を通る県道を歩くのか」
焼津市と静岡市の間にある海岸沿い道路を指でなぞる。
□剛士の回想・実家・和室
剛士、俯いて正座している。
父、剛士に背を向けて剣道の道具や木刀を手入れしていて、
父「いいか、剛士。剣の道には、守、破、離の三つの次元がある。まず、己を守る基礎を身につける事。次の次元は、その基礎の技を磨き守りの殻を破る事。そして最後の次元は、その技からも離れ自分独自の技を生み出す事」
振り向き、
父「これが守、破、離の三次元だ。常に信念を貫け。向上心を持ち続けろ」
剛士「……」
父の顔を見上げる。
□海上と通る県道(深夜)
海岸沿いの道路である。
波が絶壁に向かって打ち寄せる。
剛士、道路から海を見下ろしている。
剛士、空を見上げる。
雲行きは悪い。
剛士が歩き出すと次第に雨が降って来る。
剛士「うわ、降って来やがった」
急ぎ足になっていく。
豪雨の中を剛士が傘を差して歩いて来る。
傘が突風で折れてしまう。
宙を舞う傘。
剛士「あっ……!!」
愕然と見上げる
突如激しい稲光が鳴る。
剛士、突風に煽られて道路脇に押し寄せられる。
剛士「うわっ」
間一髪ガードレールに掴まる。
見下ろした先は絶壁と荒れ狂う波の渦だ。
剛士「はぁはぁはぁはぁ……」
呼吸が乱れたまま座り込む。
そして力尽きるように横たわる。
剛士、意識が朦朧とする中、道の先を見上げて、
剛士M「何のために人は生きるんだろう。この先に何がある?」
瞳を閉じ、
剛士M「何を求める……求めなければ、死ぬのか?」
母の声「うん。それで剛士一人じゃ不安だから、お婆ちゃんがお守りに来るようになったの」
剛士M「それで、お婆ちゃん、迎えに来た?」
激しい稲光が落ちる。
人影が剛士の前に立っている。
剛士、見開いて辺りを見渡す。
無人の道路だ。
剛士、力を振り絞って立ち上がり、
剛士「……進まなきゃ」
意識が朦朧としたまま歩き出す。
□富士山・全景(早朝)
富士山の絶景が日の出に照らされる。
剛士の声「僕は、死に対して臆病だ」