#4
□大府・有松温泉(夜)
立派な外観の銭湯である。
□同・浴場(夜)
剛士、浴槽に浸かりながら「ビタミン温泉」の説明を読んでいる。
剛士「疲労回復、また美容と健康に良い……化粧水に浸かってるみたい」
お湯を掬って顔にペタペタ付けてみる。
□同・リラックスルーム(夜)
剛士、マッサージ器で寛ぐ。
□蒲郡競艇場・中
モーターボートが水上を滑って競い合っている。
□同・外
剛士、「蒲郡競艇」の看板を見上げている。
剛士「水上のランナー。海の街、蒲郡か」
そっと微笑む。
剛士、歩み出す。
□蒲郡市・ラグナシア
海にはヨット、沖には観覧車とドームが見えるお洒落なテーマパークだ。
半屋内コースター「パイレーツブラスト」が客を乗せて滑っている。
× × ×
「マジックエスト」では、カップルが杖を持って魔法の世界を冒険している。
× × ×
ウォーターパークで「バンパーボート」を漕いでいるカップル達。
剛士M「ここは海辺の幸せな一時を過ごせる夢の街、ラグナシア」
□同・外・コンビニ
剛士、急ぎ足でコンビニへ向かう。
腹部を押さえて、顔を引き攣らせている。我慢の限界に達している様子だ。
剛士M「そんな夢の街の思い出と言えば……いや、申し訳ねぇ」
× × ×
トイレ内。
幸福感に満たされている剛士。
剛士「間に合ったぁ……」
□同・外
剛士、ラグナシアを眺めて、
剛士「さすが夢の街だぜ」
ラグナシアに背を向けて歩き出す。
□海岸沿い道路
車の交通が多い。
剛士、黙々と歩いて行く。
剛士M「海岸沿いの道は波のように揺れていた。埋立地で交通量が多いせいかな?」
□豊橋市・極楽の湯・食堂(夜)
剛士、ネギトロ丼を食べている。
剛士、メニューの「アサイジュース」に目が行き、
剛士「美容と健康に良い南米のフルーツ。ポリフェノールは赤ワインの三十三倍、鉄分はプルーン百二十個分。その他、豊富な食物繊維にカルシウム、各種ビタミンが含まれています。ふーん……」
手を挙げて、
剛士「すみませーん」
× × ×
店員が黄色いジュースを運んで来る。
店員「お待たせしました。アサイジュースのバナナ割りですね」
ジュースをテーブルに置く。
剛士「どうも」
ジュースを手に取って、
剛士「美容と健康に乾杯」
一気に飲み干す。
剛士「ぷは~、バナナの味しかしねぇ……もっとこう、酸っぱいとか苦いとかないわけね。バナナで割ると何でもバナナ味だ」
がっくりして俯く。
□なぎさ遊歩道公園(早朝)
水平線上に昇る日の出。
空と海をオレンジに染めるグラデーションが美しい。
剛士、砂浜に座って朝日を眺めている。
剛士M「羽曳野から出発して今日で六日目。 ついに浜名まで辿り着いた。やっと半分ってところかな。痛みの感覚も鈍くなって、気力だけがこの体を動かしているようだ」
立ち上がって、
剛士M「いや、気力じゃなくてこの壮大な自然のおかげなのかもしれない。だって、こんなにも美しいのだから……」
両手を挙げてバンザイをし、
剛士「自然よ、オラに元気を!」
□浜名郡の情景
水面に聳え立つ鳥居。
× × ×
「浪小僧」の像。
太鼓を持って座っている子供の像だ。
□ウナギ屋
剛士、ウナギ丼を食べている。
隣席のカップルの彼氏が彼女にうんちくを漏らしている。
彼氏「ウナギは腹開きと背開きがあって、関西と関東で別れていたんだぜ。ウナギには肋骨がない分、腹開きの方が難しかったのさ」
彼女「へぇ~、知らなかった」
彼氏、得意になって、
彼氏「焼き方も蒸してふっくらしたものと、パリパリに焼いたものがあるんだ」
剛士、パリパリに焼かれたウナギを箸でつまむ。
彼氏、ウナギを頬張って、
彼氏「な、パリパリして香ばしいだろ」
彼女も食べてみるが、
彼女「うん……何か意外。ウナギって、もっと脂がのってふっくらしてるものかと思ってた」
眉を顰めてあまり反応は良くない。
彼氏「え、美味しくない?」
剛士、ウナギを頬張り、
剛士M「好みじゃの……」
黙々と食べ続ける。
□浜松駅・周辺
剛士、ビルが建ち並ぶ中心街を歩いて行く。
× × ×
ブロック塀。
剛士、足の絆創膏を張り替える。
足裏の半分近くの皮が剥げている。
痛みに顔を歪める剛士。
□新天竜川橋(夕方)
入り口で工事が行われている。
警備員が歩行者を誘導している。
剛士、橋に差し掛かる。
警備員、剛士を見て、
警備員「大きい荷物ですね。お気をつけて」
笑顔で見送る。
剛士「あ……有難うございます」
足取りが軽くなったように、笑顔になっていく。
□磐田市・磐田の湯(夜)
田んぼ道を抜けたところにある銭湯だ。
□同・脱衣所(夜)
剛士、椅子でぐったりしている。
タオルを巻いたオジサン、隣の椅子に座って剛士を見るなり、
オジサン「顔色悪いでねぇか。大丈夫か?」
剛士「ええ、まぁ……」
オジサン「大きい荷物だの、どっからだ?」
剛士「……大阪からです」
オジサン「大阪!? そりゃまた。車でか?」
剛士「いや……」
オジサン、剛士の足を見て、
オジサン「まさかぁ、歩いて?」
剛士「自分の足でどこまでやれるのか、確かめたくて。今、春休みなので」
オジサン、大笑いして、
オジサン「ガハハハ……いや、凄いね、あんた。こんな男と会ったのは初めてだわ!」
剛士「いや、そんな……」
オジサン「昔は皆、東海道を歩いていたもんだ。まさに現代の飛脚だな。このまま東京まで歩くつもりかい?」
剛士「やり遂げたいんです」
オジサン「……」
剛士の諦めのない眼差しを見つめる。
オジサン、立ち上がって自動販売機へ向かう。
剛士、上着を脱ぎ始める。
オジサン、缶ジュースを持って戻り、
オジサン「あんたみたいな若者に会えて良かった。オジサン、感動した!」
剛士に缶ジュースを差し出す。
剛士、キョトンとして、
剛士「あ、あの……」
オジサン「あんたの根性を買ったんだよ」
剛士「そんな……有難うございます」
缶ジュースを受け取る。
□同・浴場(夜)
剛士、真っ白な温泉「シルクの湯」に浸かっている。
剛士、缶ジュースを頬に当てる。
剛士M「こんなにひんやりして冷たいのに、人の温かさを感じる。感動したのは僕の方だ。明日も頑張れるよ、有難う」
涙が頬を伝わる。