#2
□太子ウォーキングコース
剛士、街道の坂道を登っていく。
剛士、額の汗をタオルで拭う。
険しい表情だ。
剛士「ハァ、ハァ、ハァ……ありえねぇ」
リュックの重さに耐え切れず尻餅をつく。
剛士「まだ五キロも進んでねぇぞ」
リュックを投げ出す。
そしてシューズを脱ぎ捨て、靴下を脱ぐ。
剛士「うっ……」
小指が異常に水脹れていて言葉を失う。
剛士「……」
座り込んだままリュックを見つめる。
剛士「十一キロだもんな、お前……一緒にダイエットするか?」
リュックの中身を取り出そうとするが、手が止まる。
剛士「変わらなきゃいけないのは、お前じゃないよな……」
再びリュックを背負って立ち上がる。
剛士、足の激痛に顔を歪める。
そして、ゆっくり、ゆっくり歩んで行く。
□竹の内峠
梅が満開に咲き誇っている。
剛士、梅を見上げて、
剛士「すげぇ……」
魅了されて立ち尽くす。
剛士M「この梅を見た時、なんだか元気が湧いてきた。この先もこんな綺麗なものと出逢えるのかと、ワクワクしてきて。痛みも疲れも一気に吹き飛ぶような感動だった」
× × ×
道路脇の茂みに大量のゴミが捨ててある。
紙パックやペットボトル、エロ本などだ。
剛士、そのゴミを見下ろして、
剛士M「ただ、愕然とするものとも出逢ってしまった」
ゴミの中には一箇所に綺麗にまとめて捨ててあるのもある。
剛士「悪いと思って捨てた人もいるんだな。投げ捨てたゴミ、束ねて捨てたゴミ……性格出てるぜ」
ゆっくり、ゆっくり、歩んで行く。
剛士「でも、いくら親切に捨ててもゴミは自然に還らないだろう? 俺も捨てるところだったよ……ごめんな」
リュックをポンポンと叩く。
□ラーメン屋「桜井店」(夕方)
山奥にある店だけに客は剛士だけだ。
剛士、テーブル席でぐったりしている。
店員1、ラーメンを持ってきて、
店員1「お待たせしました。塩ラーメンですね。ごゆっくりどうぞ」
剛士「どうも」
食べ始める。
店員1、剛士のリュックを覗いて、
店員1「大きい荷物ですね。どちらから?」
剛士「下の方からス」
箸を止めず、黙々と口に麺を運んで行く。
店員1「橿原ですか?」
剛士「まぁ……」
店員1、向かいの席に座って、
店員1「へぇ……今日はどちらまで?」
剛士「できれば、名張まで」
店員1「名張!? 桜井からだとだいぶありますよ? 十キロ以上はあるかと……」
剛士、スープまで飲み干して、
剛士「……できれば、ですよ」
笑顔で返す。
□名張(夜)
「名張」の標識。
道路沿いに畑が並んでいる。
剛士、やって来て、
剛士「名張は肥料のお出迎えですか」
鼻を軽くつまむ。
剛士「芽が出る前に来ちまった。春にはいっぱいの野菜ができるんだろうな」
左足を庇う様に引き摺って行く。
すでに限界に達しているのだ。
剛士、先にある建物を見上げて、
剛士「カラオケ……」
視線の先にカラオケ店がある。
□カラオケ店・受付(夜)
剛士、疲れ切った表情で、
剛士「フリータイム。禁煙ルームで」
店員2「かしこまりました。禁煙ルームですと、キッズルームのみとなりますが……」
剛士「禁煙なら、どこでもいいです」
半分眠りかかっている。
□同・キッズルーム(夜)
縫いぐるみに囲まれたメルヘンチックな部屋だ。
剛士「……」
部屋に入るのに躊躇するが、
剛士「禁煙ね」
リュックを置いて、ソファーでくつろぐ。
剛士、膝を撫でて、
剛士「ありがとな」
それからモニターを眺めて、
剛士「せっかくだから、一曲歌いますか」
リモコンを操作して曲を転送する。
「この瞬間、きっと夢じゃない」のイントロが流れる。
剛士、ノリノリでマイクを握って、
剛士「震え、出しーた手を見つめ~」
しかし、だんだん声量が小さくなっていき、気絶するようにソファーに倒れ込む。
マイクが転がり落ちてハウリングする。
意識を失い、深い眠りにつく剛士。
□剛士の回想・教室(7年前)
生徒達が黙々とテストを解いている。
教師、教壇で監視している。
剛士、ペンが止まっている。
テスト用紙は空白のままだ。
× × ×
職員室。
剛士、担任の机の隣で正座している。
担任、ゼロ点の答案用紙を眺めて、
担任「学級委員長に推薦した私が間違っていたのか? ええ?」
剛士「……すみません」
担任、周りの職員に聞こえるように、
担任「キミんとこの中学はその、なんだい? レベルが低かったのか? あの中学はゼロ点取る生徒も優秀者か? ええ? ここは名門私立なんだよ。分かってるか?」
周りの職員が注目する。
剛士「……中学は関係ないだろ」
担任「ん、なんだ?」
剛士、黙って立ち上がる。
そして担任の胸倉を掴んで、
剛士「中学は関係ないだろ!」
殴りかかろうとする。
担任「何だ、や、やめんか!」
剛士、周りの職員に取り押さえられる。
× × ×
剛士の部屋。
剛士、ベッドで卒業文集を開いている。
「剛士君へ」。
中学の担任のコメントだ。
担任の声「剛士くんは何でも一生懸命に取り組んできたよね。勉強もスポーツも委員会の仕事にも熱心で、時には先生に優しい言葉をかけてくれたり。一人の人として尊敬できる子だったわよ。ずっと、ずっとそんな剛士くんでいてね」
剛士、卒業文集を閉じる。
剛士「戻りたいよ、先生……」
涙が頬を伝わる。
□カラオケ店・キッズルーム(早朝)現在
剛士、目を覚ます。
腕時計がAM五時を示している。
剛士「そろそろでなきゃ……」
立ち上がろうとするが、
剛士「あっ」
激痛に足を押さえる。
足裏を見ると小指と薬指が水脹れていて所々内出血している。
剛士「……後戻りはできない。どんなに望んでもそれだけは叶わない。そうだったろ?」
ゆっくり深呼吸し、痛みに耐えながら立ち上がる。