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#1

□NAHAマラソン・37キロ地点

  琉球衣裳の男達、沿道で三線と太鼓を伴奏している。

  「エイサー、エイサー」活気ある声援だ。

  ランナー達、コースを走って行く。

  仮装したランナーもちらほらと窺える。

  その中、左足を引き摺りながら歩いて来る青年。剛士つよしである。

  剛士、左膝を押さえて激痛に顔を歪める。

  そして崩れるように倒れ込む。

剛士M「何度諦めようと思っただろう。諦める事なんて簡単なのにさ。立ち止まっちゃえばいいんだから」

  自分を追い越して行くランナー達の背中を見上げる。

  ランナー達の背中が遠ざかって行く。

  沿道の男、コールドスプレーを持って剛士に駆け寄り、

男「大丈夫か、兄ちゃん。怪我ないか?」

剛士「……」

  立ち上がろうとするが、全身が悲鳴をあげるように震えて立ち上がれない。

男「ゴールまでもう一息だぞ」

剛士「スプレー、膝に……」

男「……やれるんだな」

剛士「お願いします」

  男、スプレーを剛士の膝に噴きかける。

  剛士、男の肩を借りて立ち上がる。

剛士M「諦められるわけねぇさ……」

  女の子、剛士におにぎりを差し出して、

女の子「お兄ちゃん、頑張ってね」

  剛士、おにぎりを受け取り、

剛士「ありがとな」

  微笑む。

  そしてヒタヒタと歩き出す。

  剛士、おにぎりを一口かじる。

剛士M「だって、こんなに温かく背中押してくれるんだからよぉ……」

  一口、一口かじる毎に涙が滲み出てくる。


□メイン・タイトル

  「東海道を歩いた男」


□芸術大学・9号館・教室

  扇型の階段教室で「スポーツと健康」の講義が行われている。

  大勢の学生が受講している。

  女性教授、教壇で悠々と、

教授「歩く事は人の脳と深く関わっていてね、脳科学的には幸福感を感じるベータエンドルフィンや、やる気を起こさせるドーパミン、興奮を鎮静するセロトニンなどのホルモンを分泌させるの」

  剛士が最前列でノートに書き留めている。

教授「そして、それらの脳内ホルモンが幸せ脳を作って、病気の予防やストレス解消、脳も活性化されて私達を心身共に健康にしてくれます」

学生達「へぇ……」

教授「かの偉大な哲学者のソクラテスは歩きながら哲学をしたり、俳聖の松尾芭蕉も長距離ウォーカーだったのよ?」

  剛士、見上げる。

    ×    ×    ×

  講義を終え、学生達が教室から出て行く。

  剛士、教授を訪ねて、

剛士「あの、教授。長距離ウォーカーって、実際にどのくらい歩いてたんですか?」

教授「芭蕉はね、奥の細道で東北、北陸の約二千四百キロを五ヶ月かけて歩いたわ」

剛士「に、二千四百キロ……そんなに人って歩けるんですか」

教授「天才レオナルド・ダ・ヴィンチもね、人の足は人間工学上、最大の傑作であり、そしてまた最高の芸術作品である、って言われたの。それだけ人の足は偉大なのよ」

剛士「すごい。僕なんか、フルマラソン完走するだけで精一杯でしたよ」

教授「キミ、マラソン走ったの?」

剛士「ええ。初マラソンで、四時間と三十五分もかかっちゃいまいた」

教授「初マラソンで? すごいわよぉ」

剛士「沿道の声援のおかげです。正直、僕一人じゃとても(苦笑う)」

教授「声援の力って、すごいものよね」

剛士「ええ。ランナーって、スタートからゴールまでずっと孤独だと思っていたんです。でも実際は孤独じゃくて。今まで体験した事ない団体競技でした」

教授「そうよね。マラソンの一歩一歩って、皆で助け合って、まるで人生みたいだもの」

剛士「一歩一歩が人生ですか」

教授「また、走りたいと思いますか?」

剛士「はい!」

  満面の笑みで答える。


□送迎バス・中

  剛士が窓側の席に座っている。

  手にした名刺を見つめる剛士。

教授の声「コレ、私の名刺です。練習の事で何かあったら、いつでも連絡下さいね」

剛士「元、オリンピック選手か……」

  青空を眺めて、

剛士M「きっと教授は想像もできないくらいでっかいもの背負って来たんだろうな」

  そっと微笑む。


□停留所

  送迎バスが入って来て停車する。

  バスのドアが開き、学生が降りて来る。

    ×    ×    ×

  送迎バス、中。

  剛士、座席から立ち上がろうとする。

  その瞬間、左膝に激痛が走り、

剛士「つうっ」  

  膝を押さえて佇む。

  運転手、見回りにやって来て、

運転手「大丈夫、キミ?」

剛士「ええ……」

  額には多量の脂汗だ。

運転手「膝、痛むのかい?」

剛士「大丈夫です。すぐ治りますから」

運転手「そうかい……お大事にね」

  剛士、膝を押さえながらバスを降りる。


□整形外科クリニック・外観

  清楚な開業病院だ。


□同・中・診察室

  院長がレントゲンを掛ける。

  膝から下が極端に内側に曲がった足のレントゲンである。

  診断を受けているのは、剛士だ。

  院長、レントゲンを見て、

院長「ランナー膝だな」

剛士「おじちゃん、ランナー膝って?」

  院長は剛士の親戚の医師だ。

  院長、膝の模型を持って、

院長「別名、腸脛靭帯炎っていってな。膝の屈伸運動を繰り返す事によって腸脛靭帯が大腿骨外顆と接触して炎症を起こすんだ」

  淡々と説明していく。

院長「これだけ骨が曲がってるんだ。それだけ膝の負担も大きい。長時間の運動はもう控えた方がいいかもな、剛士」

剛士「治療法、あるの?」

院長「この症状は簡単に消失しないからな。休養が一番」

剛士「……じゃあ、マラソンは?」

院長「どうしてもって時は消炎鎮痛剤を投与してもいいぞ。ただ、まともに走る事は厳しいかもしれんけどな」

剛士「うん……」

  唇を噛み締める。


□同・待合室

  剛士、愕然と肩を落として座っている。

  院長婦人がやって来て、

婦人「診断、どうだった?」

剛士「おばちゃん……」

婦人「おいちゃん、はっきり言うから」

剛士「患者のためですよね。自分の事だから、ちゃんと向き合わなきゃ」

婦人「せっかく凄い先生にも教えて貰えるって時にね……」

剛士「俺、やめませんよ」

  膝に手を置く。


□石川・河川敷(夕方)

  剛士が河川敷を走って行く。

  軽快なリズムだ。

  しかし、再び膝に激痛が走り、佇む。

剛士「はぁ、はぁ、はぁ……つぅ」

  ランナーが颯爽と隣を横切って行く。

  その背中を見つめる剛士。

  剛士、言葉を噛み殺すように、

剛士「ちくしょう……」

  地面に拳を打ちつける。


□マンション・606号室・剛士の部屋(夜)

  一K、八畳間の一室だ。

  ベッドで寛ぐ剛士が「マップル」を開いている。

  中部東海道路の地図である。

  剛士、ページをパラパラと捲りながら、

剛士M「昔の人は、どんな思いで東海道を歩いてたんだろう?」

  東海道道路を見つめて、

剛士「大阪から東京まで、ざっと五百二、三十キロ。羽曳野からだと五百五十ってところか。マラソンの十倍以上かよ」

  ゴクリと息を呑む。

  剛士、マップルを閉じ、

剛士「一歩一歩が人生、か」

  そっと瞼を閉じて眠りに落ちる。


□剛士の回想・リビング

  父、剛士に背を向けて、

父「お前なぁ、もっと自分の足元見たらどうだ? 夢を見るな」

剛士「俺は夢を見たいんじゃない。夢を届けたいんだよ……」

父「高校も中退して、何でも中途半端なお前が人様に夢を届ける仕事がしたいだと? そんな事は最後までやり遂げられる人間が言う言葉だ」

剛士「……」

  グッと噛み締めて父の背中を見つめる。


□新世界

  宙を浮かぶてっちり、聳え立つ通天閣。

  観光人や若者で賑わっているが、大半はオヤジさんだ。


□同・将棋教室

  オヤジさん達が将棋を指している。

  

□同・串カツ屋

  串カツ屋は何処も日本一の看板である。

  客が串カツをソースにつけて頬張る。

  「二度漬け禁止」の張り紙が目立つ。     


□同・通天閣

  最上階では「すごいねー」「ねー、あそこが大阪城かなぁ?」と観光人のテンションも高々である。

  その中、大きなリュックを担いだスポーツウェア姿の剛士がビリケンさんの足裏を触れて祈っている。

  福与かだが、どこか不気味に微笑む通天閣の神様、ビリケンさんである。

剛士M「歩の裏には、金の働きを秘めている。歩は、一歩一歩進んで大成する駒だ」


□天王寺公園の通り道

  剛士、オレンジ色のシューズで小走る。

  すれ違うオバサンが振り返って、

オバサン「あら、お兄ちゃん。そんな大きなリュック持ってぇ。山でも登りに行くん?」

  剛士、立ち止まって、

剛士「これから、歩いて東京へ」

オバサン「は?」

  剛士、会釈して歩き出す。

  オバサン、唖然と見つめて、

オバサン「ちょ、ちょっと待ちぃや。ほら、これ持って行き」

  バッグから飴を取り出して、

オバサン「飴ちゃんやで」

剛士「……有難うございます!」

  笑顔で返す。

オバサン「若いのにねぇ。気ぃつけてな」

  剛士、頭を下げて歩き出す。

  屹度した顔つきだ。


□竹内街道・臥竜橋

  石川を跨ぐ国道百六十六号線の橋だ。

  剛士、マップルを開きながら、

剛士「ここが日本一古い街道か」

  道路に「竹内街道」と標記されている。

  剛士、リュックの重さに反り返って、

剛士「計画性ゼロだわ。ハハハ……」

  マップルを閉じ、背中とリュックの間に挟み込む。

剛士「ま、気ままに行きますかぁ」

  前屈みになって歩き出す。

  山、川、空、自然の風景が広がっている。


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