9話 レクツィオとの別れ
「ここを辞めるわ」
「そう、ですか」
レクツィオが城勤めを辞めることになった。
「ご結婚おめでとうございます」
「ありがと」
理由は婚姻。彼女の実家の領地隣の伯爵家へ嫁ぐらしい。
「レクツィオが望んだ結婚ですか?」
「んー、どちらともいえないわね」
周辺国を含めて帝国内の貴族の結婚は家同士の事情が絡んでいることが多い。望まぬ結婚もそれなりにあるけど、レクツィオは嬉しそうに見えた。
「全く知らないわけじゃないのよ。昔馴染みだから多少知ってるし悪い人じゃないから気楽よ」
「そういうものですか」
爵位がある家に生まれた以上、好きあって結婚できるというのは少ない。自由に恋愛して結婚できるようになりつつあるものの、まだ政略結婚は根強く残っている。
貴族の婚姻の事情を考えていると、レクツィオが含みのある笑みを私に向けた。
「ソミアは早く殿下と結婚しちゃいなさいよ」
「私と殿下はそのような関係ではありません」
私の否定をほぼ無視して、レクツィオは大丈夫よと笑う。
「デビュタントは二年後だけど今の内に約束して言質とって逃げられないようにすればいいし?」
「しません」
私の頑なな様子に肩を落とした。
「ええ……殿下ってば、かなりソミアのこと気に入ってるのに」
「そんなことは」
「こんな早くに側付きにしたのだから少しは自惚れてもいいじゃない」
そう。
今回レクツィオが辞めるのと同時に殿下の側付き侍女に任命された。
私の従事歴は四年しか経っていない。皇族である殿下の側付きとなると、十数年勤め上げた玄人が任命されるべきだ。レクツィオは若いけど侍女筆頭の経験があったから側付きをしていた経緯がある。それも踏まえると私の立場で側付きに任命されるのは異例だろう。
「メルやポームムと同じで別の仕事を命じられてるからでは?」
「メルとポームムは側付きじゃないでしょ」
痛いところをつかれる。確かに二人は最初に少し殿下の元で働いてすぐに別場所に配属された。でもそれは探る場所が違うからで、適宜見合ったところにいる。殿下に任された秘密の仕事のほんの一部しか二人からは教えてもらえなかったけど、それを考えると二人だって殿下の特別だ。
そう、私は特別じゃない。ないはず。
「ソミアは殿下に好かれてるのよ。自信持ってもいいんじゃない?」
「ち、違います」
「もう、いじっぱりね」
気持ち決まってるくせにと加えられる。そんなことはない。だって数年側にいただけで特に何もなかった。きっかけもない。毎日笑いかけてくれるのだって、笑顔が通常運行だからだし。特別なことは密偵みたいなことしているだけだし。
「普段の貴方達見てれば分かるわよ」
あくまでレクツィオだから気づけたと言う。
二人でするお茶会も庭いじりもとても落ち着く穏やかな時間で心地がいい。殿下の書類仕事をこっそり手伝えているのも私自身が殿下に認められている気がして誇らしかった。
それに普段穏やかに笑いかけてくれる。他の時にする作り物ではない笑顔。それが私にだけ向けられているのがたまらなくくすぐったい。
でもこれは断じて殿下に好意を寄せているからじゃない。数年一緒にいる故の愛着、そう愛着だ。
そもそも私と殿下ではあまりに立場が違いすぎるもの。
「素直になった方がいいわよ」
私の考えていることを察したのかレクツィオはいやらしい笑みを私に向ける。ちょっと気に入らない。
「素直もなにも……」
「ソミアが身分や立場を気にしてるのは分かってる」
でもね、と続けた。
「そういうものを関係なく一緒にいられるようになったらどうする?」
「あり得ません。身分制度は国を解体でもしないと無理ですよ」
「ソミア」
「私の話はやめましょう。レクツィオの結婚の話をしていました。私のことはいいんです」
その後も何度か心配されたりもしたけど、結局話はそのままに去るレクツィオを見送った。
お互い笑顔で。手紙を書くと約束して。
* * *
「ねえ、ソミアちゃん」
「仕事中です」
レクツィオがいなくなってから一ヶ月程経った。仕事は特段変わらず平穏だったけど、妙に話しかけられることが増えた。同じ立場の侍従、もしくは騎士が多いだろうか。
「で、この前の話、考えてくれた?」
「お断りすると申し上げましたが?」
なんてことはない、帝都に出て食事をしようとかそういった誘いばかりだった。仕事を理由に断り続けているけど、それでもあまり減らない。困ったものだ。
「一回ぐらいいいじゃん。帝都でご飯しようよ」
「結構です。他をあたってください」
いいじゃん少しくらいと軽く非難する男を一瞥し、バケツを持ちあげる。本当ならこの中の水をかけてやりたいぐらいだけど騒ぎを起こすわけにはいかない。
無表情で平坦に断って黙々と仕事をしていれば、その内諦めていなくなる。こういう時こそ御祖母様の言ういつも通りだ。殿下には全く効果ないけど、こうした時効果があるのを見るに、御祖母様の教えは間違っていないと思う。
「ねえってば」
「ソミア」
「!」
珍しい声音だけど、誰だかすぐに分かった。ふり返ると執事のストリクテを連れた殿下が眉間に皺を寄せて立っている。
「第三皇子殿下!」
隣の名前も知らない侍従が慌てて礼をとる。私も礼をとる為にバケツを置こうとした時、殿下がいつもより低い声音で呼んだ。
嫉妬第二弾ですぞ(笑)。
なによりソミアがきちんと殿下を好きだっていうのが描かれてる大事な回。庭いじりやら茶会をして一緒にいるほのぼの時間が愛を育んだということです。二人だけの時間に(´ρ`)おいしい
この頃年齢がけっこう先へいって、ソミア十四歳、8話から二年後。