7話 第二皇子のお願い
「ねえソミア、ソミアってば」
うっかり殿下に抱き締められたまま倒れてから、やたら殿下が過保護になった。距離が近かったのもより近くなり、その度に思い出しては恥ずかしさに殿下を避ける。逃げると必ず見つけては近づいてくるから困ったものだ。
「気にしないでって言ってるのに」
どれぐらい日が経ってると思ってるのさと眉を下げる。そう言うなら距離をあけてほしいし、庭いじりや茶会では許している。人目につきそうなところだけ避けているだけ。
確かにかなりの日は経った。アチェンディーテ公爵の子供が生まれる間近なあたり、時間の経過については認めてもいい。けど、殿下だってこんなに日が経っても気にしているじゃない。
「ソミア可愛かったのに」
「殿下!」
「あれくらい表情見せてくれた方が嬉しいしさー。可愛いしね」
「ぐっ」
顔に出してはいけない。御祖母様の教え通りを貫け。
「シレ」
聞き慣れない声が殿下を呼んだ。
「兄上!」
心から嬉しそうに笑い、明るい雰囲気のまま殿下が駆け寄る。
「帰ってきてたんですね!」
「ああ、シレは? 風邪を引いたりはしてないか?」
「この通り元気です!」
兄ということは彼は皇弟の次男、ヴォックス・シェラ・プロディージューマ第二皇子だ。第一皇子は遠目から見たことあるけど、ふんぞり返って歩いていた。目の前の人物にはそんな印象はない。真面目でおかたい印象に感じる。
「帰ってきて早々にすまない。シレに相談があって」
遠慮がちに兄殿下が申し出ると殿下は嬉しそうに自室に案内した。難しい話だろうか。けど第二皇子は騎士学院に在籍中、寮生活もあって帝国の政治には絡んでなかったはず。
「ソミア、お茶淹れてもらっていい?」
「はい」
殿下の執務室で二人分の茶を淹れる。本来なら侍女先輩であるレクツィオあたりを呼んだ方がいいのだけど、殿下に命じられたら仕方ない。仕事任せてもらえるのは嬉しいけど、単独行動が増えるのも問題ね。
「……美味い」
「でしょでしょ。ソミアなんでもできるんです!」
お茶を淹れたら驚かれた。今回は兄殿下だから特別に薔薇の香料いれただけなんだけど。
「ああ、君がシレの言ってた女性か」
何を話したのだろう。第二皇子の反応から概ね良さそうな気配はする。当たり障りないよう会釈しといた。
「で、兄上、相談って?」
「ああ」
部屋を退いた方がいいと思い下がると殿下が「ソミア駄目」と言って止めてくる。こちらを見ずにだ。第二皇子がきょとんとしていたけど特に説明せず、私が部屋に留まったのを察してから話を進めた。
「女性に贈り物をしたい」
「え?!」
「祝い事だ」
「あ、兄上が! 女性に! 贈り物!」
「何が喜ばれるか分からない」
だから相談しに来たと。
贈る相手は同じ騎士学院に通う、有名な軍事王国レースノワレの伯爵令嬢だ。
「ああ、ユラレ伯爵令嬢でしょう? 最近王族付きになったとか」
「よく知っているな」
「外交に少しでも関わることは話くるんです。で、ユラレ伯爵令嬢ってどんな方ですか?」
「どうとは?」
第二皇子は第一印象通り真面目で硬派な男性だった。真面目すぎる故にたまに抜けてる感じもする。
「見た目とか性格とか好きなものや趣味? 兄上から見てどういう印象の女性ですかってことです」
殿下がユラレ伯爵令嬢について詳しく訊くとポツポツ話し始めた。
真っ先に出たのは剣の腕。出会った頃から誰よりも頭抜きん出てたという。分け隔てなく接し、面倒見もよく察しがいい。女性にしては背は高めで、細身であり女性らしい身体の華奢さはあるもののには何故か力は男性並みという。
そのユラレ伯爵令嬢を語る第二皇子の瞳が全てを語っている。一際光って煌めいていた。
「前から手紙や話聞いてて思ったんですけど」
「ああ」
「兄上、ユラレ伯爵令嬢本当好きですよね」
殿下ったらはっきりと言った。対して第二皇子は眦をあげた後、一気に顔を赤くする。可愛い反応だわ。
「そんなに分かりやすいか?」
あっさり認めた。素直な男性だ。
「んー僕だけじゃないですか? ユラレ伯爵令嬢も気づいてないんでしょ?」
頷く第二皇子と、にこにこの殿下。殿下ったら異様にやる気になっているようね。
「ならしっかりアプローチしないと! 贈り物頑張りましょう!」
「ああ」
気を取り直して贈り物の相談に戻った。
ユラレ伯爵令嬢が王族専属の騎士として選ばれた祝いに対する贈り物だ。王族専属になる事は彼女がずっと望んでたという。
「でもあまり高価なものあげてもだし」
「ドレスや宝石にも興味がないからな」
あいてる日も随分と簡素な服を着ているらしい。スカートが嫌と言うことではないらしいけど、騎士用のパンツを履くことが多いとか。
そもそもドレスも宝石も高価な贈り物だから避けるべきだろう。
「いっそ新しい剣あげたら喜びそう」
「そう思ったが、叙任式で賜るようだ」
「なら駄目ですねえ」
あれやこれやと話しているが中々ぱっとしない。
「ねえソミアはどう思う? 女性が喜ぶ贈り物」
「……殿下」
庭いじりの時や執務室に掃除に入る時は周囲も理解のある者ばかりだからいいとは思うけど、目の前にいるのは第二皇子で関わりのない人間だ。侍女が気軽に話すものではない。
私の配慮とは裏腹に第二皇子は視線をこちらに寄越した。
「聞かせてほしい」
殿下と同じ色の瞳で真っ直ぐ見据えてくる。揃いも揃って変わり者なんだから。
前回外伝のヴォックスがきたよ!
揃いも揃って皇族ぽくないけど、そうでないと物語が進まないんでね(人それをご都合主義という)。シレは兄がこのまま婚約とか決めてもらえると皇族として兄弟として安心なのでウハウハです(笑)。ヴォックスおかえり!
この頃はソミア12歳になったばかりあたり、クラス10歳、サク0歳爆誕。