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最終話 秘密の庭で

 さすがに同じベッドで寝る事はなく、私は帝国のいつもの部屋で目を覚ました。

 殿下はとっくに着替えを済ませたのか姿はなく、いつもの場所にと短いメッセージが書かれていた。

 いつもの場所。庭の奥にある秘密の場所だ。


「ソミア」


 朝日が差し込む囲われた小さな庭で殿下が笑う。


「よかった。来てくれた」


 殿下が待つ間に城を出てしまうのもありだったけど来てしまった。だってもう逃げるという選択肢はないもの。

 ソファに促され隣に座る。すっかり隣が慣れてしまった。


「外遊どうだった?」


 お茶は殿下が淹れてくれていた。そんなことは侍女である私の仕事なのに。

 口にするとぬるかった。随分前からここにきて準備していたのだろうか。


「国の重要な行事とはいえ……楽しかったです」


 不謹慎だけど、殿下と一緒は楽しかった。いられるはずもない隣にいて令嬢として隣に立てた。充分すぎる時間だ。


「うん、それなら大成功だよ」


 殿下がもう一杯自分のカップにお茶を淹れようとする。ぬるめの一杯目とテーブルの上の状態を考えると前の茶葉がそのままいれっぱなしだ。止めようとしたけど殿下はそのまま茶を淹れた。


「うわ……美味しくない」


 口にすれば苦い顔をする。


「淹れ直します」


 いつものように茶を淹れると殿下がしまりなく笑った。


「やっぱりソミアの淹れるお茶が一番美味しい」

「ありがとうございます」

「これからもずっとお茶淹れてほしいなあ」

「え?」


 微笑む殿下の瞳が光る。口調はいつも通りなのに瞳の光は真剣だった。


「あ、もちろん侍女としてじゃなくて夫婦って意味でね」

「……」

「僕もこれからはソミアにお茶を淹れるよ」


 だから一緒に、隣合っていきたいと笑う。


「シレ」

「うん…………え?」


 のほほんとしていた殿下が驚いてこちらを見た。私がお願いをされてもいないのに名前を呼んだから。

 こくりと喉を鳴らして、息を吸った。


「好きです」


 僅かに肩が鳴る。


「ソミア」

「ギリギリまで悩みました」


 殿下の申し出を受けるか、受けずにこの城を去るか。

 立ち去る気持ちがあったのにさっきのお茶であっさり消えてしまった。皇子が自分でお茶を淹れるなんて聞いたことないし、使用人にこんなに近い主もいない。


「相応しいお相手がと考えていました。でも庭いじりもお茶も仕事も体調管理も全部他の相手を隣に立たせる殿下を考えただけで嫌でした。そこは私の場所だと思ってしまって」


 アチェンディーテ公爵が言っていた私の発言は本当にそのまま私の気持ちだった。

 子供のような独占欲だ。


「狭量ですよね……」


 彼はいずれ帝国の一番に立つ。だからおおらかに受け入れることができる令嬢がいいと思うけど、私にそれは無理だった。


「僕も同じ」

「え?」

「焼きもちなんてしょっちゅうだし、他の女性なんて考えられない」


 ソミア。

 再び名を呼ばれ、膝に置いていた手をとられる。


「ずっと前から僕にはソミアだけだよ」

「……はい」

「ソミアが好き。愛してる」

「…………はい」


 とられた手が殿下に連れていかれ、手の甲に殿下の唇が寄せられた。


「僕と結婚してください」

「はい」


 私がしっかり頷くと途端顔を緩めた。へにゃへにゃのだらしない顔をしたまま、やったあと小さく囁く。


「それで? ソミア希望ある? 欲しいものとか、してほしいことでも」


 今だと国ごとくれそうなノリだ。折角だから話しておこう。ずっと我慢してたのだから。


「……側にいてください」

「うん」

「殿下が行くところに連れて下さい。新しい侍女はつけないで下さい。この庭で一緒に手入れもしたいです。あと、ちゃんと私への気持ちを言葉にして下さい。社交界の参加は仕方ないので許しますが他の女と踊らないで下さい」

「いっぱい出てきた」

「当然です。国を一番にするのは許しますが、その次は私を優先してください」


 誠実な男を見せてくれるのでしょうと笑う。

 久しぶりに意図して笑った気がした。


「ふふ……それは大変だなあ」

「少しでも不誠実なら城を出ます」

「うわあ、ますます頑張らないと」

「ええ努力してください」


 健康で長生きしてずっと側にいられるように。


「じゃあまずは日々の愛の告白かなあ?」

「先程聞きました」

「えー?」

「……殿下はないのですか? 私になにか」

「んー、二人きりの時は名前で呼んで」


 ほわほわでしまりのない殿下に苦笑する。仕様のない人ね。


「ああ後、妃としては至らない部分が多いので学びの場を頂きたいところですが」


 妃教育専門の家庭教師を頼みたい。経費がかさむけど目を瞑ってもらおう。


「ソミアは今のままで充分だよ?」

「しかし」

「多国語を使えるでしょ」


 ゆっくりと殿下が話し始めた。


「歴史や経済にも精通している。帝国の事務仕事も当然できるし、ダンスもできたね。物の目利きも良い」

「……」

「庭いじりだってソミア以外にも趣味にしてる女性がいるんだから、庭いじりは変な趣味じゃないよね」

「……殿下」

「外遊ちゃんとできてたでしょ? ソミアはとっくに妃としてやれるんだよ」


 外遊が成功し、他国からも認められるものだと殿下が太鼓判を押す。


「自信を持っていいんだよ」

「……」


 欲しい言葉をくれる。この人は側に置いてくれるだけではなくて私をすくい上げてくれる人だ。

 

「ね、ソミア」

「……はい」


 頷くと、いつもの眉を下げて笑う姿になる。

 片手は私の手をとったまま、もう片方で私の頬を撫でた。


「ソミアには笑って欲しいなあ」


 気づかない内に泣いていたらしい。優しく拭ってくれる。


「普段あまり笑いませんが」

「これからいっぱい笑ってくれればいいよ」

「……努力します」

「ふふ、楽しみにしてる」


 目元を緩めて再び笑う殿下につられて私の顔も緩む。


 御祖母様、申し訳ありません。好きな人の前では顔が緩みます。いいですよね?

最後までお付き合いいただきありがとうございました! いったん完結とさせて頂きます。

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