40話 自信持って
殿下の甘やかしがすぎる。
「……」
「ほらほらソミア」
外遊中まで手を繋ぐは当たり前となり、社交の場ではものによっては腕に手を回すことになったり殿下が私の腰に手を回し引き寄せたり色々公に恥ずかしい思いをしている。
挙げ句、以前のように令嬢の御挨拶があると社交終わりに抱き締められた。正直やめてほしい。気持ちがもたないし、耐性も中々つかなかった。令嬢たちの挨拶にはそれなりに応えてあっさり別れてくれるから、その煩わしさはない。
やっぱり本音を言わない方がよかったのかしら。
「殿下、近いです」
「このぐらい近い方が僕の隣がソミアだって分かるでしょ」
「公の場では憚られるのでは」
「いいんだよ。分かりやすいぐらいが丁度いいって」
今日の社交は夜ではなく日中だった。時間はあまり関係ないけど、度がすぎる気がしなくもない。
周囲の視線はそれ程悪意を感じないことだけが幸いだった。
さすがにこの国の王陛下の前では離してくれたのでよかったけど、近すぎるのは毒だ。散々知ってる殿下の香水の匂いですら恥ずかしさを助長する。恥ずかしさで辛い。
「ソミア様?」
「あ、その」
いけない考えすぎてた。逢引じゃない。今は外遊ど真ん中なんだから集中しないと。
「御気分がすぐれませんか?」
「いえ、その、あまり素敵で」
「そうです。ソミアは植物が好きだから目移りしてるんですよ」
立派なお庭ですし、と話す殿下に救われた。いやそもそも殿下に集中力きらされてるんだけど。
「あちらの薔薇は圧巻です」
「ああ、あれは妻が育ててるものでして」
「え?」
「あ、あの、お恥ずかしい限りなのですが、花を育てるのが好きで……」
頬を染めて俯き気味に話す王妃は見た目庭いじりなんてしなさそうな印象だった。けれどその言葉は聞き捨てならない。
「お、おかしいですよね、その」
「いいえ!」
「え、ソミア様」
胸元で指先をいじる王妃の指は綺麗だったけど、薔薇のトゲで切った僅かな傷が見え、本当のことを言っていると悟る。思わずその手を握ってしまった。
「素敵です! 私も庭の、植物の手入れが好きなので王妃様が同じで嬉しいです!」
「え、あ、ソミア様本当に?」
「はい!」
「おや、それでしたら王妃が手掛けた花々を見て回ってはどうだろう?」
「いいですね~ぜひ!」
男性陣で話が纏めあげられる。王妃の花を見たかったし、庭いじりの話をゆっくりしたかったから丁度良かった。
「まあソミア様も御自分で肥料作りを?」
「はい。王妃様のお手製肥料、素晴らしいです。何を元にお作りなのですか?」
「これは……」
楽しい。
まさか庭いじりの話をこんな場所で王妃様相手にできるとは思ってなかった。こんなに楽しくていいのだろうか。
殿下は少し遠くで王陛下と話をしている。にこやかな様子だから問題ないだろう。こちらはこちらで王妃様を守る護衛騎士がいくらかいるし安全面でもよしだ。
「あら」
「王妃様」
しゃがんで肥料の話をしていたら立ち上がった瞬間、王妃様が立ち眩んでよろけてしまう。
そこを護衛騎士がするりと支えた。よくできた騎士だ。
「王妃殿下、昨日の雨で少し足場が悪くなっております」
「ええ、そうだったわね」
日の当たる場所に変えましょうと王妃様が笑う。
するともう一人の護衛騎士が私の横から手を出した。
「よろしければお手を」
「え、あ……」
足場が悪いからこちらにも気を遣ってくれたらしい。ここは王妃にならおうと手を差し出したら間に素早く別の手が入った。
「ソミア、大丈夫?」
「え、殿下……」
そのまま私の手をとり、あいた片方の手を私の腰に回す。
「君、ありがとう。このまま私が案内しよう」
差し出がましいことをと一言添えて、すっと護衛騎士が下がる。
「殿下」
呼ぶとぎゅっととられた手を握られる。話していたはずの王が笑いながら遅れてこちらに来た。王が隣に立ち王妃を支える。
「すまないね。王妃付の護衛騎士は彼女の昔馴染みが多くて距離が近いんだ」
「いえ陛下、これは私がやりたくてしてることですので」
「ソミア様は罪だな。ここまで殿下が入れ込むなんて」
では次は温室へ行きましょうかと王陛下と王妃が並んで進んだ。目の前の王陛下がひどく大人に見える。殿下がまるで子供の嫉妬で護衛騎士に触らせなかったように見えた。
いいえ待って。嫉妬? そんなわけないか。おこがましいにも程がある考えね。
「嫉妬だよ」
私が考えたことを知ってるかのように話す。
「でん」
「どんな人間であれ事情があれ、ソミアに他の男が触れるとか耐えられないし」
先を進む王と王妃はにこやかに二人だけで話しているから私たちの会話は聞かれていない。よかった。
「殿下今のは」
「分かってるよ。でも僕以外が触るとか嫌だし」
「それは……」
自惚れるからやめてほしい。いけない、引き締めないと。
どうか顔がいつものままであるよう祈りながら温室へ入った。
* * *
「ソミア様、ぜひまたいらしてください」
「はい、必ず」
「お手紙書きます」
「はい、私も」
外遊で一番楽しく過ごせた。王妃と庭いじりの話ばかりできたし、他の貴族との時間が少なくなったのもあって御令嬢たちの殿下への挨拶はおまけ程度だった。心軽く過ごせていい。
「今回はいい感じだったね」
「殿下?」
「楽しかったでしょ?」
「ええ、ですが殿下は……」
「ソミアが楽しそうなら僕も楽しい」
それでは外遊の意味がない。
「ソミアが王妃様と仲良くしてくれたおかげで王陛下と話が弾んだよ」
「そう、ですか」
「本当だって」
私が楽しむものが殿下の外遊の結果には繋がらないと思う。
「もー」
自信持ってと殿下が言う。
ここまで思いの外円満に外遊が済んでいる。街中を殿下と歩いている時に見えた新聞記事も好評だった。自惚れてもいいのかしら。
タイトルの通り、シレのこの言葉は外遊で一番ソミアに贈りたいものなわけで…ソミアの持っている教養とか立ち振る舞いとか社交性とかぶっちゃけ皇族の妃として及第点なんですよねえ。ソミアはそこに注目せず、ひたすら身分が分不相応だと思ってる。困ったすれ違いもだもだですね(笑顔)。




