4話 庭いじり
「おはようございます、オールトスさん」
「ああ、おはよう」
奇妙なお茶会という名の報告をあげるようになってしまった。レクツィオも止めないし、殿下がなにより毎回乗り気だ。下働きの現状を聞いては知らないことに真剣に受け止め改善策を考える。端から見れば下々のことを考えてくれる素敵な皇族になるが、下働きにそこまで気を遣う必要があるだろうか。
と考え事をしていると、にこやかに声をかけられる。
「第三皇子殿下の庭は手間がかかるが一番いい庭だ」
「ええ」
決まった時間に庭師が手入れをしている。決まった時間にするのは殿下が防犯で魔法をかけている兼ね合いがあるらしい。決まった時間は襲われる危険性も伴うけど、そこは別の魔法を仕込んでいるらしい。さておき、そこで私は庭師のオールトスと関わりを持つようになった。
「ソミアちゃんは今日自分の仕事はいいのか?」
「仕事は終わりましたし、レクツィオから許可を得ています。それに草花の手入れは楽しいので」
「こちらは助かるよ」
「お気遣いなく」
私の感情の出ない顔でも嫌な顔せず付き合ってくれる庭師のオールトスは、この城が建つ前この土地に住んでいたらしい。城が建ってもここで仕事をしている。もう年だから雇ってもらえただけで充分だとよく笑う人だ。
「そうだ、薔薇も見ていこう」
「薔薇?」
「ああ、こっちだ」
茶会の時に視界に入った。その薔薇が集う場所は庭の奥に深く続き様々な色をつけている。
「いい具合だな」
時期をずらすことでいつでも薔薇が咲いているようにしているらしい。そんなことができるのかと言うと嬉しそうに教えてくれる。こんな感じで庭のことはかなり詳しくなった。
剪定や雑草とりを終わらせ薔薇用の肥料作りに入る。
「肥料作るってくれるのはソミアちゃんぐらいだな」
「そうですか?」
汚いからやりたくない者が多いらしい。私はむしろ土をいじってる方が楽しいけど。
「ああ……」
「オールトスさん? いかがされました?」
「あ、いや、ソミアちゃんはそのまま続けてもらっていいかい?」
「はい」
何かをとりにオールトスが一旦その場を離れる。私はそのまま作業を続けた。
庭の手入れは一人で黙々とできるから気に入っている。下働きとして不自由はないけど、いまいち何かがたりなくて、ここに行き着いた。レクツィオは趣味が必要だったのよと笑っていたかしら。
「ソミアは庭の仕事もしてるんだね」
「っ!」
土ついてると笑いながら指先が私の頬に触れた。いつの間に近くまで来ていたの。全然気づかなかった。
「殿下、何故ここに」
「ソミアが見えたから何してるのかなって」
と、汚れた指が目に入った。私の頬についた土を拭ったからだ。
「申し訳ありません、殿下。お手を汚してしまい、」
「いいって~。僕もやろうと思ってさ」
「え?」
殿下が遠くに目を配ると庭師が戻ってきた。
「僕もソミアと同じことやるよ」
「殿下、いけません」
「なんで? ちゃんと仕事は終わらせてきたよ」
オールトスは黙ったままだ。私が説得するしかない?
「下働きのすることは殿下の仕事ではありません」
「気晴らししたい気分だったんだよね~。庭のことも立派な仕事だから僕が気晴らしでやるなんて失礼な話だけど」
「そういう意味で申し上げたのではなくて」
「いいじゃん、ね?」
オールトスからガーデングローブをもらって屈む。ああもうこの人自分の立場を分かってるのかしら。こんな姿見せられないでしょう。
「庭は基本的に人払いしてるからさ」
いいでしょ、と笑う。私の言いたいことをきちんと分かっているのね。
「もう……」
私の小さな溜め息は殿下には聞こえなかったようだった。本格的にいじる土の感触や匂いに驚いている。
本当お茶といい庭いじりといい変わったことをする人だ。
「無茶はしないで下さい」
「うん」
私が隣に屈んで同じように作業を始めると嬉しそうに目元を緩める。
オールトスの指導の元、土いじりから始まった。その後に水やりをして剪定、城の中に飾る草花の纏めをして終わりだ。
「ふーん」
「殿下?」
こちらを見て意味深な顔をするので作業を止める。すると再び頬を殿下の指が掠めた。
「殿下、」
「ソミアってさ、普段がっちがちなのに庭の手入れしてる時はそんな顔するんだ?」
「顔?」
なにかおかしな顔をしていただろうかと考える。手元にある花を纏めて静かに置いてから殿下の方に向き直った。
「花を前にすると凄く優しい顔をするよね」
「え?」
「僕の前ではそんな顔しないし」
そういう顔普段も見せてよと眉を八の字にして笑う。
「いえ、それはちょっと……」
「えー?」
断るものの、表情を崩してしまっていたことに自分でも驚く。庭いじりは私にとって癒しでもあったから殿下の前とはいえ気が緩んだんだわ。いけない、引き締めないと。
「いいよ、そのままで」
私の考えていることが分かっている言い方だった。
「殿下、」
「そういう時間も必要だろうし、僕もそういうソミアの顔見たいし」
「……私は見せたくありません」
「そう言わないでよ」
笑う殿下に肩を落とす私。結局、茶会に続き庭いじりも当面続くことになった。
まあつまるところ、鉄仮面なクールガールの表情崩れるというギャップにコロっといったのが殿下だという話です。あ花見て笑ってる可愛いあれこれ何?ときめき?みたいな(笑)。ちょろい殿下おいしいです(´ρ`)