35話 船の上で
「これが海……」
「あ、ソミア初めてだっけ?」
「はい。実家は内陸なので」
海を越えてきた商人と話をしたことがある程度だ。どういうものか聞き知っていたけど、商人達が纏っていた匂いと同じものが風に吹かれてやってくる。
「気持ち悪くなったら言ってね」
「はい」
船の上は馬車と同じでよく揺れたけど、気持ち悪さはなかった。近くを鳥が飛んでいく。外遊は緊張するけど、こうした風景を見てる分には楽しい。
帝国領土最南端から船に乗って南の国コロルベーマヌへ行く。船は帝国所有。表だって外遊することは知られていないけど帝国所有の船のせいでばれていた。けどある程度情報が出回らないと伝えたいものの意図が伝わらない。だからこれはわざとやっている。
「ソミア、動物大丈夫だったね?」
「ええ、虫も問題なく触れます」
「うん、じゃあ両手出して」
「? はい」
どざっと手に何か乗ったと思った途端、視界が奪われる。近くを飛ぶ海鳥が私の両手に集まってきた。
「え? え?」
戸惑ってる間に鳥が離れる。掌には何も残っていなかった。
「あんまり頻繁にあげるものじゃないけど今日は特別ね」
「はあ……」
「どう? 鳥の餌やり」
「驚いたと言いますか、あっという間で、その」
「ふはっ」
私の様子に殿下が吹き出した。
「ソミアもそんな顔するの」
「……私だって戸惑いますし驚きます」
「よかった~驚かせたかったから」
成功したと笑う。楽しかったか問われて頷いた。鳥に触れあえるなんて初めてだ。
「サクの言うところのデートも幸先いいかな」
「デート……公爵がお使いになる不思議な言葉ですね」
「そうそう」
基本意味を教えてくれないけど、公爵が使うのを聞いて覚えたらしい。アチェンディーテ公爵とステラモリス公爵の二人だけで話してる時は聞かない言葉が飛び交ったりする。
「御二人は、御無事でしょうか」
「大丈夫だよ。サクは十六歳になったらクラス迎えに行くって」
結婚するらしい。私が公爵から聞いていたのは悩みばかりだったから、御二人がそこまで関係を育んでいたなんて初耳だった。
「サクが十六歳を超えたら今度こそレックス兄上とフィクタの最後だと思う」
「え?」
「あくまで兄上が動いたらだけど、サクってば二度目は容赦しないってさ」
「アチェンディーテ公爵らしいですね」
「僕やヴォックス兄上は父上に逆らえないからねえ。皇帝を鑑みない自由度の高いサクが何するのやらだよ」
「殿下はよろしいのですか?」
皇子妃は兎も角、第一皇子は実の兄弟だ。今だって断罪され福祉活動に従事と言う名目で他国にわたっている。今は南の国にいただろうか。
私の懸念にあっさり殿下は肯定した。
「いいよ」
色々考えたけどね、と眉を下げる。
「今までのことを考えると避けられない。同じことをするなら尚更ね。兄弟としてではなく、皇族としてやらなきゃいけない」
だから家族の情を立ちきる。たとえ交流の少ない兄でも思うところはあったのだろう。
「それにサクにはイグニス様のことも丸々全部預けたからね。それも含めてレックス兄上とフィクタの件は僕の手から離れたってことさ」
僕だとどうしても感情的に判断してしまうからと眉を下げた。倒れるまで追い込まれていた原因であるイグニス様の死の追及を侯爵に委ねる。
これは殿下にとってとても苦しい選択なのでは?犯人は分かっていながら手を出せなかった件だもの。倒れてからというもの話題にも上らず、それらしい調べ物をしていないようだったから不思議ではあったけど、そう思っている間に公爵に情報の移管をしていたらしい。
なにも言えない私に殿下は「暗くなる話はやめよう」と話題を逸らした。
「そうだ、向こう着いたら海の幸を頂こう。新鮮なものが入る市場もあるんだ」
「はい」
皇位を継ぐと覚悟した時点で兄弟との関わりもイグニス様の件も全て受け入れたのだろう。
私は殿下のような大きな覚悟もなく隣にいる。やっぱり殿下の隣にはこうした大きな決断ができ、それを受け入れることができる女性が立つべきだ。
ただ側にいたいだけという後ろめたさが側にいてはいけないという警鐘に繋がるのを無視した。してはいけないと分かっていながら。
「あ、ソミア。見えてきたよ」
「はい」
殿下の視線の先に大陸が見える。
何事もなかったかのように私達は南の国、コロルベーマヌへ上陸した。
御二人がそこまで関係を育んでいたなんて初耳だった。←うん、それサクだけがそうなってるだけね!(笑)そしてイグニス(=第一皇子とフィクタ)の件がサクに移ったと言う事は本編の国際裁判に絡んでくるわけです。身内じゃなくて第三者に裁くのをお願いするのは皇子として正しい姿でもあるよね的な。




