3話 茶会
「殿下、その」
「気にしないで? 僕が淹れるよ」
「それはお止め下さい」
殿下を止めるのがどうして私だけなの?
レクツィオと執事のストリクテがついてきて、外に出たら護衛騎士が三人加わった。誰も殿下を止めない。諦めてと言うレクツィアの言葉から、こういうことをよくする方なのかもしれないけど、仮にも目の前で笑うのは国の皇子、皇帝への継承権だってある重要人物だ。
「ソミアはお茶も淹れられるんだねえ」
丸いガーデンテーブルに両肘ついて両手に顔をのせ上機嫌に私の手元を見ている。実家にいた時、祖母から学んでおいてよかった。まあ学んだ商売に関する知識が仇になってはいるけど。
下働きをする身分の低い者の識字率は低い。計算なんてもっての外だ。
「うん、美味しい!」
「勿体無い御言葉恐縮です」
「もーかたいなあ」
少し高い椅子だからか殿下の足が浮いて揺れていた。
執事のストリクテがあいてる椅子をひいたから座らざるを得なくなる。人目のつきにくい場所のようでよかった。けれど何かあった時に対応しづらいだろうからオススメの庭作りとは言えないかしら。
「大丈夫、見えない所にも騎士を配置してるし、魔法のトラップで囲まれているから」
「え?」
何故気づかれたの? 顔には出てなかったはず。
「気になる? 視線が一巡したんだよ。僕じゃないと気づかないぐらい自然だったけどね」
「……そう、ですか」
「立場上視線には敏感なのと人より魔力あるから分かっちゃうんだ。あまり気にしないでね」
「はい」
お茶を飲む姿勢や茶器を持つ手や口元への持っていき方も綺麗だった。
「ソミアも飲みなよ」
「……頂きます」
「ふふ、ソミアは綺麗に飲むねえ」
「殿下程では」
「えー?」
「肘をついたり足を揺らしたり、私を気遣ってのことかと思いますが、わざとされなくても結構です」
「おや、気づいてたんだ」
「お気遣い痛み入ります」
やっぱり。
普段あれだけ礼節を知る殿下がお茶飲みだけ知らないわけがない。姿勢よく飲めるなら尚更だった。
「下働きの身には勿体無いと」
「まあまあ」
少しお行儀悪くしたくなる時もあるんだよ、と殿下は笑う。もしや試しているのだろうか。殿下の部屋の掃除をするに値するか……それにしては遅すぎる。もっと早くに見極めの試験や面接しててもよかったのでは。
「で、ソミアは家庭教師つきだったの?」
「いいえ」
いきなり切り込んできた。嘘をついても逆に不審に思われる。文字も計算も祖父母から習ったと素直に伝えた。
「ねえソミア。下働きとして働いてみてどう?」
これは試してきているのだろうか。努めて平坦に応える。
「良くして頂いています。レクツィオの指導のおかげで分からないことはすぐに教えてもらえますし、お給金も充分な程頂いています。実績もないのに殿下の私室の掃除も担わせて頂き、」
「そうじゃなくてさー」
眉が八の字に下がる。
「困ってることない?」
「困る、こと……」
「治安が悪いとか、足りないものがあるとか」
「……」
そういうことはレクツィオが言うだろう。私のような下端が殿下に直接言う必要はないはず。何故今更そんな話を持ってくるのだろう。
考えないと。わざわざ人目のつかない所に呼び立てて、私自身に関する聞き取りが終わっても訊いてくるということは何かある。下働きのことを知りたい?
「……もしかして」
「んー?」
「私に内部の密偵のような働きをお求めですか?」
殿下の唇が弧を描いた。嬉しそうに目を細める。
「そこまで仰々しいのじゃないよ。ただ僕が知るには限界があるから、詳細に教えてほしいなって」
「……殿下の御命令であれば」
「もー」
そうじゃないんだってと殿下が唇を尖らせる。
「ソミアの気持ちが欲しいわけ」
つまり私から自主的に進言する体をとってほしいということだろう。命令という形をとると事が大きくなった時殿下の立場が危うくなる。親族間の軋轢もあるだろうし、首が飛ぶなら下働きの私だけだとなにも痛みがない。
「……承知致しました」
「なんか勘違いしてそう」
殿下が訝しむ。
「レクツィオ」
「後程補足します」
「うん、ありがと」
今言えばいいのにと思ったら、殿下が僕の言葉だと勘違いしそうだからと笑った。読まれている。そんなこと今まで余りなかった。これが殿下の立場ながら分かるということなのだろうか。
「殿下、お時間です」
「ああもうそんな時間?」
ごめんねと謝り席を立つ。
「イグニス様を待たせるわけにはいかないから」
「?」
「アチェンディーテ公爵閣下、この国の筆頭宰相よ」
レクツィオが耳打ちしてくれる。つくづく殿下は私と住む世界が違う。
なのに内部情報を報告する茶会は頻繁に行われることになった。私たちが婚姻するまでそれは続いた。
今日の夜も更新ありですぞ!
ソミアの気持ちが欲しいわけってもうほぼ告白だよねと思わなくもない。そして変態ストーカー本編の主人公サクのお父さんの名前が出てきましtあ~アチェンディーテ公爵って言われると私はサクしか浮かばない(笑)。