25話 シレ、倒れる
「ソミア」
「……」
「ソミア、いいでしょ?」
「……先日もそう言って」
「えー? よく寝れそうなんだけど」
足元を見られてる。
あれから膝枕じゃないと寝なくなってしまった。ソファをベッド替わりにと枕を用意しても駄目で、膝枕が必須だと言う。手を握るのはたまにだけど、最近は要求が過剰になってきた気がする。
寝て欲しいけど、甘やかしすぎた。未来を担う皇族がこれではいけない。
「……殿下」
「ソミアといる時だけだよ。ちゃんと寝られる」
「っ……」
なにも言えなくなる。ずるい。
前のように机に一時的に突っ伏すだけでも血の気が引いた。次に倒れでもしたら私は正気でいられるか自信がない。だから今、こうして寝るだけでもと促しているのに。
「ええい」
「殿下!」
悩んで言葉を選ぶ私をしり目に、身体ごとこちらに寝返り腕を腰に回してきた。ぎゅっと力を入れられて、こっちは悲鳴をあげてしまう。膝枕だけでも譲歩してるのに、なんてことをしてくるのだろう。
「暫くこのままで」
「殿下! いけません!」
「……このまま少し聞いてて」
「……殿下?」
私の腹に顔を埋めて表情が見えない。声音がいつもの軽い調子ではなく弱く聞こえた。
離れようと殿下の身体を引っ張る手を止める。
「なんか最近やること多すぎて」
「……はい」
「兄上もしょっちゅう遠征だし」
「はい」
「下働きの改善もできないし、クラスも賓客扱いにできないし」
「はい」
「レックス兄上やフィクタは相変わらずだしさ。議会も滞るし」
「はい」
「……ちょっと疲れたかなあって」
弱音を吐露する殿下の頭を思わず撫でてしまう。自覚があるだけいい方だけど、ここまで追い詰められてしまった。私がここに連れてきて少しでも疲労回復に努められればとは思っているけど、以前のような顔色の良さはない。
「ごめん」
「いいえ」
弱音を吐いてごめんと殿下は小さな声で続けた。囁きはきちんと私の耳に入る。
「誰にも言いません」
「ん……ありがと」
「ここでなら……私でよければ、いつでも弱音を吐いていいんです」
殿下は日々公務をこなしているのだから、何処かで皇族を脱ぐ場所があってもいいはずだ。だって私も殿下もまだ十代。やっともうすぐテビュタントを迎える子供なのだから。
「殿下から賜ったこの庭でなら、いくらでも」
「……うん」
ありがとうと囁く殿下の耳が赤くなっていた。
* * *
恐れていた日が来てしまう。
庭での昼寝やお茶の時間が殿下の気晴らしになってくれればと思っていた。
殿下の仕事は過密さを増し、顔色はより悪くなりさらに痩せたようだ。食欲はない。最近は吐き気もひどく、より食事をとらなくなった。極めつけは掌の赤みと見える肌に現れた黄疸、白目も黄色い。
こっそり医学書を読んでいたけど、間違いなく殿下は肝臓を悪くしている。
「……失礼しま、っ!」
殿下の私室の掃除を済ませ、執務室へ戻ると殿下が床に倒れていた。
「殿下!」
「……うっ」
タイミングよく部屋に帰ってきた執事のストリクテが血相を変えて駆け寄る。二人で殿下を私室のベッドに寝かせた。
「やはり……」
私も彼も殿下には休むよう言っていたけど招いた結果がこれだ。予想していたことでも互いに顔が青くなる。
医者を呼ぶにも第一皇太子と妃に知られる可能性があり、秘匿した状態で呼ばないと失脚や命を狙われるだろう。けど皇族を診られる医者には限りがあった。
どうするか。今すぐ決めないと。
考えを張り巡らせ立ち上がった。
「……インボークルム嬢?」
「すぐに戻ります」
長い時間をかけて悪くした殿下の身体は私達の想像を超えている。恐らく状態は末期だ。フラワーガーデンでの気休めでどうにかなる問題ではなかった。自分が連れていけばあの庭で休んでくれる、だから大丈夫だと慢心していた。私の責任。だけど私には治す為の知識も力もない。
だからもう私には頼るべき人は決まっていた。理を覆す、無条件に治すことができるのは城に一人しかいない。
「ステラモリス公爵閣下」
「はい」
虐げられ、国も家族も奪われているのに、この城の中でも枯れることのない花のような方。
「無礼を承知でお願い申し上げます」
「? なんですか?」
「……っ、あ、殿下が」
「はい」
「殿、下、がっ」
微笑んでこちらの説明を待つ公爵を前に声がでなくなる。泣きそうになっていると分かって堪えた。膝から崩れ、首をおさえる。耐えろ、まだ殿下は倒れたままだ。仕事をこなせ。
するりと彼女の細い手が私の肩に添えられる。背を丸めて醜態を隠した。
「ゆっくりでいいですよ」
落ち着いて、息をゆっくり吸ってと囁かれる。
そうだ落ち着かないと。時は一刻を争う。
涙こそ流してないまでも、自分でも分かるぐらいぐしゃぐしゃに歪んだ顔を上げた。
「第三皇子殿下が倒れました」
「……はい」
「殿下を、助けて」
「はい」
当たり前のように側にいる殿下を失うかもしれない。その時この人を失いたくない、側にいたいと強く自覚した。隠していた気持ちが丸裸になって飛び出してくる。
私はこんなにも殿下を好きだったのだと。
本編でちょこっと出てた部分ですね~これを書いてる今、私も肝臓の数値悪くなったので(笑)、食事制限と運動で改善中です。というわけでもう少しシリアスにお付き合い下さい。




