19話 一次産業交流会の裏側で
「殿下、よろしいのですか?」
「なにが?」
「一次産業交流会にステラモリス公国をお呼びすることです」
当日現地参加は第二皇子と婚約者のユラレ伯爵令嬢だ。皇弟が主催し、帝国と未併合の周辺国を招き、農業等の一次産業における情報交換や特産品の御披露目を行う。
「いいんだよ。それに御祖父様やフィクタがどう動くかも分かるようにしてるし」
やっぱり囮に使う気だったのね。訪れるのは国の代表ではなく、産業を担う平民や低爵位の貴族が主だ。
「殿下、申し上げてもよろしいでしょうか?」
「うん、いいよ」
「ステラモリス公国の代表に危険が及ぶ可能性をお考えになりましたか?」
「うん」
この程度なら大きなことにならないよとまで言う。瞳の奥にアチェンディーテ公爵の死の真相を追う執着が見えた。
「殿下の行うことは国を動かすことです。あまり考えなしで動くのはいかがなものかと思います」
まるで考えないというわけではないだろうけど、敢えて強い言葉を選んだ。宥和政策を掲げる皇弟の計画の一つでもあるのだろう。けど中身を詰めたのは恐らく殿下だ。
「罠にかけるという手段は王道でもありますが、その際に犠牲になる人がいるかもしれません」
「……」
「殿下は立場上、いくらでも他者の命を握れます。ましてや皇弟主催という盾を使って裏で動くというのなら、もう少しやり方があったのではありませんか?」
「……」
「関係のない民も、殿下の御父上である皇弟も危険に晒していると私は考えます」
マジア侯爵令嬢や現皇帝を刺激して大きな戦争が起きても困るし、最悪その場で誰かが手にかけられる可能性もある。現皇帝がステラモリス公国を欲した時、マジア侯爵令嬢は毒を使ってまで方向を変えようとした。彼女にとって現皇帝もステラモリス公国も邪魔なのではないだろうか。その場合、状況によってはステラモリス公国の人間だっただけの政と全く関係のない他人が命を落としかねない。それは殿下の私情で巻き込むことだろうかと問われれば否定できるはずだ。
そんな私の言いたいことを察した殿下が僅かに目を開ける。
「……ごめん」
和平方向へ舵きりしたい皇弟の立場も、こうした催しの中、何が起こるかで決まってしまう。今回の交流会に誰かが凶弾に倒れれば、継承権を剥奪される可能性もある。
「僕の視野はかなり狭くなってたみたいだ」
「殿下……差し出がましいことを」
「いいんだ。ありがとうソミア」
顔の強張りがとれて柔らかい目元になる。最近は顔つきがかたく、あまりよい状態とは言えなかった。
「やっぱりソミアがいいなあ」
「?」
「ソミアと結婚したいってことだよ」
閉口した。そういう話になるのはなぜなの。
「こういう時に嗜めてくれて、意見をいってくれる子がいい」
「いくらでもいらっしゃるでしょう」
「みんな僕のご機嫌伺いだよ。政治のことが分かる女性も少ないしね」
ソミア程頭が回る子いないよと言われ、少し嬉しくなる。単純に褒められた気がしたから。
「僕、これから何度も間違えるから止めてね?」
「間違えるを前提条件にしないでください」
「はは、手厳しい」
殿下に褒められて嬉しくなった私はこの時少し調子に乗っていたと思う。でも本音でもあった。
「殿下が長く国を良くするためなら、お手伝いさせて頂きます」
殿下が再び驚いた。次に目を細めて笑う。
「うん、よろしく」
* * *
「あーもー!」
「いかがされました?」
今度行われる皇弟の誕生日、当然社交界が開かれる。殿下も当然参加するが、どうやら頭を悩ませることがあるらしい。
「兄上が警備に出るとか言うんだよ!」
警備と言うことは第二皇子のことか。仕事熱心なのはいいけど、正装して参加する立場でもあるからこそ、殿下を悩ませていると。そもそもこの誕生日は第二皇子世代のデビュタントも兼ねていている。
「殿下が第二皇子に仰ればよいのでは?」
どうやら仕事が立て込みお互い顔を合わせられないらしい。第二皇子は警備に、殿下はこの社交界に関わる予算配分について担っている。挙げ句、主催者である皇弟の奥方の手伝いもしているので、調度品や飲食物の用意とここにきてさらに忙しさが増した。普段アチェンディーテ公爵の仕事を持つようになり、加えて公爵の死の真相を追う形で個人的に動いている。
必然と人に会う余裕はなくなった。
「殿下、よければ私が言伝てを致しましょうか」
「あー……お願いしようかな? そしたら手紙書くね」
「はい」
殿下の周辺もかなり騒がしかったが、第二皇子殿下の元もそれなりに騒がしい。
警備の為の訓練に気合いが入っているようだった。
「やはりか」
第二皇子はその場で手紙を読み、肩を落として溜め息を吐いた。
「警備は出る」
「……」
「ただ、後半に一度ぐらいは顔を出そう」
よかった。全く出ないという意思はなかったから殿下も安泰だろう。
「君に相談がある」
「私ですか?」
「女性のドレスを贈りたいが、どうしたらいいか分からない」
花を贈る習慣の際、私は第二皇子から師として仰がれている。それはあくまで花に少し詳しいだけで貴族の衣装にも詳しいとはならない。
「……僭越ながら私ではお役に立てないかと存じます」
「婚約者に、ユツィにドレスを贈りたい。けど俺は社交界に疎すぎて何から何まで素人だ。君もシレも忙しいと思うんだが相談に乗ってほしい」
困った顔をして些かしょんぼりした姿を見るといたたまれない。
けどこれは好機なのでは? 忙しくて顔も合わせられない所を互いに時間をとって会えば社交界の計画を詰め合わせられる。
「殿下に申し伝えます」
「ああ、頼む」
それと、と第二皇子はさらに言葉を続けた。
「実はユツィに指輪を贈ってなくて」
「え?」
「良ければ店を紹介してもらえると助かる」
「……お時間を頂けますか」
「ああ、助かる」
なんてことだろう。この人婚約したのに指輪用意してなかったの。公に婚約者になっているからか堂々と買いに行けるのだろうけど、ユラレ伯爵令嬢にばれたくないのか城の外で用意したいらしい。
ひとまずドレスから、その後で指輪の話を詰めていくことになった。
にしてもなぜ私を頼るのだろう。殿下に相談すればいいのに。
ソミアできる子。シレもソミアが少しデレたのを感じて嬉しいはず。
そしてヴォックスのヘタレぶりが露呈(笑)。まあ剣一筋の男なんてこんなもんです。それでもユツィの目から見てスマートに見えてれば大勝利ですよ。




