14話 イグニスの死
下働きへの処遇改善が始まった。けれど殿下の顔は曇っている。
「レックス兄上がねえ」
邪魔が入ったという。今回は下働きの居住部屋の改善として寝具を一新し、衣服も新しいものを数着渡された。お陰で洗濯しても予備のある日々だ。私やメルは替えの服があったけど、ない子もいたからありがたい。
そこに加えて寝具以外の家具等も新規に支給したかったようだけど、そこを第一皇子が気づき待ったをかけた。
「壊れた家具ですら変えられないってひどくない?」
規模が大きかったし、予算もその分かかる。ようは目立ちすぎた。だから第一皇子は気づいたのだろう。
今私が殿下と話しているのは賜ったフラワーガーデン。すっかり私はここで殿下と気兼ねなく話すようになってしまったけど、そこはもう気にしない。というか殿下に注意され先に進めないから多少は融通を聞かせているというところだ。
「殿下、やりすぎるとすぐ知られます」
「必要なのはソミアも分かってるでしょ?」
「ええ。けど大きく出れば目立ちます。第一皇子とその婚約者は下働きに良い感情を抱いてません。なのでこれからは目につかないように行う方がいいかと」
あの二人は最悪私達下働きを奴隷のように見ている。扱いがぞんざいなのは二人の周囲を受け持つ侍女侍従からよく聞くし、気に入らないとすぐ解雇。最近は婚約者のマジア侯爵令嬢の側付きを全員辞めさせてマジア侯爵令嬢自身が新規で引き連れてきたぐらいだ。
「そうだね。レックス兄上もフィクタも僕のこと目の敵にしてるし」
「そうであれば尚更慎重に進めるのがいいでしょう」
城の裏側から物を搬入するしかないだろうか。幸い騎士エリアは懇意にしている第二皇子のテリトリーだから、このあたりと連携すればやりやすい。殿下もこれには同意してくれた。
「よし、じゃあ家具と次は食事。ここを進めよう」
「では第二皇子殿下に手紙を」
「うん。届けるのお願いしていい?」
「はい」
けれどこの計画は頓挫することになる。
* * *
「アチェンディーテ公爵閣下が?」
「……うん」
突然の訃報だった。
フラワーガーデンは重い静寂に包まれる。
どう声をかけるべきか。宰相として師であり、友人のように気さくで、家族のように近かった数少ない殿下が心許していた人物だ。
へたな言葉は殿下を傷つけるだけ。何も言えなかった。
「分かっていたんだ」
「え?」
公爵がここ最近おかしかったこと。
確かにやつれていた。それにあの発言。
「フィクタがやったんだよ」
「……それは」
公爵の死は表向き、帝都外へ出た際、野盗に襲われたことになっている。奥方と共に馬車に乗っていたところを襲われたと。一人息子はイルミナルクスにいたから難を逃れた。
「奥方は帝都に戻っていないし、イルミナルクスにもいない。近隣国からイグニス様とやり取りしてたはずなんだ。二人が一緒になる所を狙ったとしか思えない」
この公爵という損失を機に、多くの意見を投入するという名目で第一皇子が人材を増やすと言ってきた。宰相採用の増加、中身は第一皇子派の息がかかったもの達。なんとか途中で殿下が止めたらしいけど、議会は今後荒れるだろう。
「こちら側に介入するなんて、普段のレックス兄上なら考えない。当て付けみたいに僕の親しい人に手をかけるなんて恐ろしいこともね」
だから第一皇子の婚約者、フィクタ・セーヌ・マジア侯爵令嬢が絡んでいる。彼女ならやるだろうと。
「イグニス様が最近やつれていたのは知っているね?」
「申し訳御座いません」
「ソミアが謝るとこじゃないよ。イグニス様も何も言わないか大丈夫としか言わないし」
「……」
殿下にすら大丈夫としか言わなかったらしい。
「たぶん薬」
「薬?」
「毒と言った方がいいかな」
マジア侯爵令嬢はなんらかの方法で手に入れた毒物を使いアチェンディーテ公爵に盛ったのではという。殿下が下働き環境改善を行い、好機とばかりに手を掛けたと。
「当て付け、牽制……でしゃばるなってことさ」
「そんな……」
「イグニス様の奥方様の居場所を秘匿していたのに知られていたわけだし、あっちは入念に調べたんだろうね」
イルミナルクスには帝国にいることとし、帝国にはイルミナルクスにいることにしていた。元々イルミナルクスの人間で帝国から一度脱している以上、目をつけられている。こうなるともしかしたらかなり初期の段階から二人は警戒していたのではないだろうか。第一皇子の婚約者がそんな早くから動いていたかは分からないけど。
「本来の殺害対象は僕だ。けど皇族は手にかけにくいし、死亡してからの方がリスクがあると踏んだんだろうね。だから僕の周囲から狙ったんだよ」
それにしてはあまりにもだ。
政を兄弟三人で支え合って担う気はないらしい。
現皇帝のように独裁を行う気だ。
ふと現皇帝のことがよぎる。戦争に出るぐらい活発な皇帝が出なくなり引きこもり始めた。容態もよくないと殿下たちが話していたけど、まさか。
「さすがソミア。勘がいい」
「殿下、しかし」
「御祖父様への反逆罪を捉えられるね……フィクタは御祖父様にも毒を使っている」
実証できないんだけど、と苦笑した。
だからアチェンディーテ公爵の件でも実の祖父の件でも追及ができない。
「ソミア」
「はい」
「ソミアは離れないで。僕の側にいて」
これ以上失いたくないと囁いた。私が殿下付きになったのは彼に守られているからだとこの時になって知る。本来私は警備の緩い下働き、いつ手にかけられてもおかしくない。殿下の側にいることである程度警備の強度は他の侍女より高いのだろう。
「はい」
私の回答に苦しそうに笑った。
行かないとと言って立ち上がる。いつもにしては早い。
「イグニス様の為にも色々調べないと」
毒がフィクタしか持ち得ないものなら糾弾できる要素になる。そして高い確率でフィクタの手の者であろう公爵を襲った人間を捕らえる。ただしフィクタが入念に抱えて隠しているのであれば、そう尻尾を掴むことができない。
「殿下、」
「うん、大丈夫」
僕一人でやるから。
言いきられ言葉が続かない。止めるとも手伝うこも言えなかった。
「戻ろう、ソミア」
「……はい」
この日から私の声は殿下に届きにくくなった。
ちょこっとしたシリアスに入りました。ヴォックスの外伝程ではありません。次話以降は割と平常運行です。