僕を救う光
僕には今最高の彼女がいる。
容姿も性格も僕好みで居心地も悪くない。
それなのに僕は今が幸せだと思えないでいた。
僕たちはランチを済まし、近くの公園まで散歩をして今はベンチに2人で腰掛けている。
「浮かない顔をしてどうしたの」
沙織が下を向いている僕の顔を覗き込んできた。とっさに僕は顔を後ろに引き、少し間を置いて言葉を発した。
「沙織といる時間が僕は好きだ。無理しなくてもいいし自然体でいられるから。けれども心の何処かで楽しさを感じられない僕がいる」
「もう私のこと、嫌いになっちゃった?」
彼女が心配そうに僕を見る。確かに急にこんなことを言われても戸惑うよな。
「そんなわけあるはずがないよ。ただ最近はずっと幸せだったからかな、改めて思っちゃったんだよ」
「思っちゃったっていうのは?」
「僕なんかが幸せでいいのかなってさ」
「幸せでいいじゃん、ずっと一緒にいようよ」
「そうだね、できることならそうしたい。ただ何でだろうな、今すごく苦しいんだ。心の中にもう一人自分がいて、そいつがお前は幸せになんてなるべきじゃないと責めるような感覚がある」
園内では6歳くらいの3人の子供たちが追いかけっこをしている様子が見える。鬼ごっこでもしているのだろうか。そう言えばあのくらいの年齢のとき、僕はあまり友だちも作らずに家で絵ばかりを書いていたな。
少しの沈黙を経て、沙織が話す。
「私には分からないよ、博人のことが。幸せなのに苦しいなんてよくわからない...。私といることで博人を苦しめてしまっているのなら、もう会わないほうがいいのかな」
彼女のこんなにも悲しそうな表情は今まで見たことがない。ああ、僕は彼女を悲しませてしまっている。
いったい何といえばいいのだろうか。もう会わないほうがいいんじゃないかと言う彼女に対して僕は言葉を返せずにいた。
「なんでだんまりなの?せめてなんとか言ってよ」
彼女が僕の肩を小さく揺する。今にも泣きそうな目をしている姿に耐えかねて僕はふり絞るように言葉を発した。
「君と出会うまで僕の人生は幸せとは言えないものだった。辛いことは沢山あれども幸福なことはこれっぽっちもありはしなかった。そんな人生だったから、幸せを受け止める器がきっと僕の中に形成されていないんだと思う」
「私と出会うまで幸せじゃなかったの?」
「そうだね、正直早く死んでしまいたいとさえ思っていたよ」
「そんなに博人が辛い経験をしてたこと、私知らなかった」
「まぁ、そういう話はしないようにしてたから」
「言ってくれても良かったのに」
確かに言うことができたなら良かったのかもしれない。ただ僕は今日までずっと言えずにいた。出来ることなら彼女と会っているときは君を幸せで全てを満たしたいと思っていた、そして何処までも純粋で優しい彼女を僕の黒い感情をぶつけて汚したくはなかった。
また僕たちの間に沈黙が流れる。彼女に楽しさを感じられないなんてことを言って、いったい僕は何をどうしたかったのだろうか。つい彼女に話してしまった、勢いで言ってしまうということは僕自身も言いたい気持ちがあって今までそれを抑えていたということなのかもしれない。
「君にはあまり重い人だと思われたくなかった。そして何より、君を僕の下らない感情で振り回して迷惑をかけたくなかったんだ」
「私は迷惑だなんて思わないよ」
「君ならそういって僕のためにどうすれば良いのかを必死で考えてくれると思ってた。だからこそ嫌だったんだ。それにきっとこの僕の悩みに...」
少し間を置き、彼女の目を見て僕は言った。
「終わりはない」
僕が幸せを享受できないのは、自己肯定感が低いからなのだろう。僕にとっては彼女との出会いは劇薬のようなものだった気がする。これでもかと言うほどの今まで体感したことのない幸せの数々、それらを受け止めるための器が僕には形成されていなかった。
性格も容姿もよい彼女。どこもケチをつけることのないような彼女だからこそ、僕は彼女を守りたかった。彼女の敵は内なる僕の黒い感情、沙織を守ろうとするがあまりに僕は無理をし続けたのかも知れない。本来は適度にそういった感情も吐き出さないといけなかったに違いない。
ただ吐き出していれば、きっと彼女を傷つけてしまってはいただろう。僕の苦しみの一部分を彼女に受け渡してその分自分が楽になっているだけでそれが正しいとも思えない。傷付けたくないなら、彼女をどこまでも守りたいなら自分が苦しむしかない。だとするならば遅かれ早かれ、終わりを迎えることは決まっていたのかもしれない。
「僕の際限ない苦しみに君を付き合わせ続けるわけにはいかないよ。だから沙織、もう僕たちの関係はここで」
「終わりがないならどこまでも付き合うよ」
僕の言葉を遮って、真っ直ぐな瞳で彼女は言った。
「私、博人と違って賢くないから難しいことはぜんぜん分かんないけど、今日博人が自分の事話してくれて嬉しかったよ。博人、いつも私のことばっか気にかけてくれてたもんね。気を遣わせちゃってるなぁと思いながらも、尽くしてくれてるのが嬉しくて私、いつもその優しさに甘えちゃってた。負担ばかりかけてたかも知れないけど、今度は私が博人を助けたい」
「本当に終わりがないよ。これは僕の性格に起因するものでもあるから、もしかしたらずっとこのままかも知れない。それに僕は君を苦しませたくない、君には笑っていて欲しいんだ」
「じゃあ私がずっと笑えるように、そばで見守っていてほしいな。苦しみとか生きづらさとかさ、そういうのは一緒にさ、戦ってこうよ。片方がしんどいときはもう片方が助けてさ、そういった支え合いをしていけばきっとうまくいくような気がする。さっきも言ったけど、今博人が苦しんでいるなら私が博人を助けるよ。本当に今まで負担ばかりかけちゃってごめんね」
彼女が僕の頭に手を乗せ、優しく撫でた。
「君にはほんと敵わないな」
こんな僕を受け入れ、隣にいてくれようとすることが何よりも嬉しかった。彼女となら、この世界でも一緒に生きていけるのかもしれないと思った。
「あれ?博人もしかして泣いてる??」
「泣いてない」
「いやいや絶対泣いてるじゃん」
「泣いてないって」
「素直じゃないんだからぁ。撫でられるだけじゃあ物足りないならハグでもしてあげよっか?」
「ちょっ、いきなり何すんだよ。それにここは公園だぞ」
「別にいいじゃん、私らの仲なんだしさぁ」
僕は思ったよりも弱い人間なのかもしれない。無理をしてないと自分に言い聞かせながらも、無理を続けていた。本当は、弱い僕を支えて欲しかったんだと思う。支えてもらって、逆に僕もまた彼女を支える。こんな関係がずっと続くといいな。




