表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私が家を建てるまで  作者: 二糸生 昌子(にしお しょうこ) 
9/41

私が家を建てるまで

八子は編集者に泣きついて、新たな漫画家先生を紹介してもらった。

恐怖漫画の梅沢死郎。月刊誌「激震恐怖」の作家だ。

恐怖漫画にはほとんど興味がなかったが、背に腹はかえられぬというところだ。

急いで梅沢先生の漫画を2〜3本読んだ。

やたらに「ギエ〜〜〜ッ」とか「ウギャーッ」とか擬音がこれでもかと使われている。

表現も派手に首が飛んだりして、ゾッとするような恐怖に追い込まれるようなものではない。

それでも恐怖雑誌の巻頭作家だ。

今時はこういうのが流行っているんだなと思いつつ、梅沢先生のお宅に伺った。


表札には、小沢一路王、君代とある。

その横に、手書きで梅沢死郎と書かれた紙が、テープで貼られていた。

ペンネームをなんとぞんざいに扱っているんだろう。

おざわ いちろおう?

後で聞けばこれで、おざわ いちろうと読むのだそうだ。

梅沢先生の本名はおざわいちろう!

この名前の政治家を八子は思い出した。

本名を使った方が良かったのではないか?

小沢一路王なんてカッコいいし、梅沢死郎よりいいのでは?

まあこれはそれぞれ個人の好みや理由があるので、他人は何ともいえないことだが。

梅沢先生がドアを開けた。

梅沢先生は少しエラの張った濃い眉の精悍な顔つきで、50代半ばといったとこだろう。

梅沢先生のお宅は、古いタイプのマンションの一室だった。

「大尊寺くん、上がりたまえ。遠いところをご苦労だった。

まあ、お茶でも飲んで、ゆっくりしてくれたまえ」

居間には丸いちゃぶ台が置いてあり、藍と柿渋で染めた座布団がちゃぶ台を囲むように4枚敷いてあった。

妻の君代さんがお茶を運んできたが、軽く会釈を交わしただけですぐに,キッチンへと姿を消した。

「ところで君は、楳図かずおをどう思うかね?」

「楳図かずお先生ですか?・・・・怖かったですね〜

近所のお姉さんが持っていた蛇少女を読んだ時から、当分一人でお手洗いに行けませんでした」

「そうだろう? あれはいけないと思うねえ」

「いけないといいますと?」

「人をだねえ、計り知れない恐怖に追い込むなんてさあ、君、犯罪だと思わんかね?」

いえいえ、それは恐怖漫画ですから。読み手は脅されたいのですから・・・

「僕はねえ、人の精神を恐怖に追い込みたくないんだよ」

「では、梅沢先生はなんで恐怖漫画を描かれていらっしゃるんですか」

「僕は、首が飛んだり、腕が吹っ飛ばされたりするのが好きだからだよ」

ゲッ  梅沢先生〜〜〜〜〜〜〜〜お願いですから漫画で恐怖に追い込んでくださいよ〜〜

実際の先生が怖いなんて、嫌です〜〜〜〜〜〜〜〜


梅沢先生の仕事場には、冬には炬燵であろうテーブルが2台並んでいた。

八子は膝を折っての座り仕事は苦手だった。足が痺れるあの感覚が耐えられないと思っていると

「座椅子入るかね?」と、梅沢先生が座椅子を運んできた。

「あ、ありがとうございます。使わせていただきます」

「ところで君、背景描ける? 水木しげるみたいの」

「い・・いいえ、描けません。すみません」

「じゃあしょうがない。私が描こう。ふふふ、ここで首が跳ねる。い〜ち に〜い さ〜ん

三段跳びじゃあ!おおお 怖い怖い。震えるぞ〜〜」

この先生、かなり頭がおかしいぞと八子が思っていると、梅沢先生が

「こんなもの描いていると、頭もおかしくなるんだよ」と言った。

さては心の中を読まれたか?八子は動揺したが、梅沢先生は楽しそうだった。

時々「くわ〜っ」とか「んぎゃ〜」とかの奇声を発っしながら描き進めている。

そして夜7時に夕食をいただき、9時になった途端、梅沢先生は「今日はこれで閉店」と言った。

「駅まで送りましょう」君代さんがエプロンを脱ぎ始めた。

「いいえ、道は分かりますので、大丈夫です」

「夜遅くに女の子を独り歩きさせたら危ないですからね」

「君、明日は朝8時から仕事だから、よろしく頼む。朝食は済ませてくるように。

昼と夜はうちで出す」梅沢先生が仕事から頭だけ覗かせて声をかけてきた。

「はい」

ここは、中央線の高尾だ。梅沢先生の家に8時に着くとなると、下井草で6時台の電車に

乗らなければならない。

担当の編集者に、誰でも、どこでもいいですと言って頼み込んだのを

八子は後悔した。

電話が鳴った。

電話にでた君代さんが言った。

「先生、芥川くん。明日から復帰できますって」君代さんは夫を先生と呼ぶ。

「おお、そうかい。それじゃあ・・・君、大尊寺くん、悪いね。

今まで行方不明だったうちの専属アシスタントが明日から来るから、

君はもう来なくていい。芥川くんはどこにいたのかね?」

「伊豆の山中ですって」

「ほう・・・大尊寺君、この芥川という男には家で癖があってね。

突然姿を消すんだ。どうやら年中UFOに拉致されているらしい」


君代さんと高尾駅を目指して歩きながら、八子はホッとしていた。

「変わっているでしょう?先生は」

「はあ・・・」

「恐怖モノを書いているくせに、恐怖モノが嫌いな訳は、いつまでも恨みつらみに縛り付けられている

存在が、無関係な人間の前に現れる図々しさに腹が立つんですって。先生は自分は霊界のプロレスを

描くんだと言っています。メンタルには触れないというのが、先生の漫画ですからね。読むともう可笑しくて」

君代さんは少しだけ声を上げて笑った。

ふ〜んそういうことかと、八子は怨念不在の先生の漫画を思い浮かべた。

「私、20代の頃からずっと先生のアシスタントをしていたんです。

だから、夫を先生と呼ぶんです。この呼び方が好きなんです」

君代さんは八子と肩を並べて歩きながら、嬉しそうに言った。

高尾野駅に着いた。

「送っていただいて、ありがとうございました。だけど、奥様が」

「心配は要りません。先生が途中まで迎えに出ていると思いますから」

温かい夫婦なんだなとヤコは思った。

夫のことを先生と呼ぶ君代さんは、先生を尊敬しているのだ。

20代の思いそのままに。


「これに懲りずにまた遊びにいらしてくださいね」

「はい。ありがとうございます」

そう答えながら八子は、来る機会はもうないだろと思っていた。

そしてそれは少し寂しいことでもあった。

改札を抜けてホームに立つと、間もなく東京行きの電車がホームに滑り込んできた。














                                                 




































































評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ