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私が家を建てるまで  作者: 二糸生 昌子(にしお しょうこ) 
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私が家を建てるまで

「もちろん、言いません」

いやいや自信はありません。

こんな話に口をつぐんでいられるだろうか。

そちら側の人を目にするのは初めてだ。後々の作品のために、しっかり見ておこう。

わたしが描くのはメルヘンだけど。

くみさんは紅茶、八子はケーキを仕事部屋に運んだ。

登坂先生はすみれさんとどんな会話を交わすのだろう?

他のアシスタントがいるのにイチャイチャ始めるのだろうか?

「大ちゃんて、無口な人?」くみさんが聞いてきた。

「いいえ。おしゃべりです」

「じゃあ、何か登坂先生に面白いこと話して」

「面白いことって・・・ないですね」

「漫画家じゃないの。嘘でもいいのよ」

「いいえいいえ、嘘の方が大変です」

「幽霊とか見ないの?」

「見ません」

「う〜ん漫画家のアシはね、先生が眠くなった時に、面白い話をして先生の眠気を覚ます、という

仕事も担っているのよ。 大ちゃん見た時、これはいけると思ったんだけどなぁ」

なんなら、わたしの家族の話をしましょうか?と言いたかったがやめておいた。

その代わりくみさんに聞いた。

「どうして私を見た時に、いけると思ったんですか?」

「うん。なにやら不穏な空気を背負っているように見えたのよ。よくトラブルに遭ってます的な」

すると、登坂先生が言葉を添えた。

「これは悪口じゃあないのよ。トラブルに遭うということは、

作品の肥やしになっていると思うからね」

私が経験した数々のトラブルは私の作品の肥やしになっているだろうか?

私の創作は何しろメルヘンなので、トラブルの経験とは別な流れから生まれているように思う。

あのトラブルだらけのかつてのボーイフレンドたちは、なんの役にも立っていない。

いや、そうでもないかも。

「どん詰まりのタニシ」なんかは、勤勉なタニシが柔らかくした泥を横取りして家を建てる魔法使いとタニシの

戦いの話だ。特にモデルになった人間はいないが、八子が付き合う男たちはなぜか怠け者で貧乏だった。

働かない分暇なので、ヤコとの時間を持ちたがる。それが八子は嬉しかった。

相手が付き纏うことを、自分を愛しているからに違いないという勘違い女だったのだ。

「眠くなちゃった。この1週間平均睡眠時間が2時間でものね。すみれちゃんも寝る?」

どきっ

「寝ます。先生」

「じゃあ、一緒に寝ましょう」

一緒に寝る!!

「大ちゃんも一緒に寝ましょう」

あ・・・・私は帰りますので・・・

「遠慮はいらないのよ。私たちいつも一緒に寝てるから」

で・・・でも・・・

「先生、お先に」

「はい。すみれちゃん、お休みなさい」

すみれさんがドアを閉めた途端、登坂先生が八子を見つめた。

そして、言った。

「熱海に素晴らしいホテルがあるのよ」

「熱海のホテル!!」

「今週の金曜日の夜、空いてない?」

・・・いや〜〜〜忙しいといえば忙しいので・・・

「他のアシの仕事が入っているの?」

その・・・・実家にちょっと・・・

「あら〜〜残念ね。すごくムードがあって、いいホテルなのに。

食事も美味しいのよ。私そこのホテルに泊まるのが一番好きなの。残念ねえ」

はい。とても残念です。今日はこれで失礼します。

「はい。ご苦労様」

八子には何やら先生の態度が変わったような気がした。

見限られただろうか?

そうかもしれない。大体薔薇もカーテンも描けず、戦力外となった上に、

付き合いも悪い。アシスタントとして、先生を目覚めさせる話もできない。食事の支度だって

満足にできないのだから。私は何も持っていないアシスタントなのだ。この登坂先生の

アシスタントは今回1度だけということにしてもらおう。先生は、描ける人が欲しいのだから。


八子は家に帰ってから、当時仲良くしていた漫画家仲間に、登坂先生のアシスタントをしてきたと話した。

友人の漫画家は、猫を題材にした4コマ漫画を描いている、足立猫子あだちねここという無類の猫好きだ。

猫子が言った。

「登坂先生って、口は悪いけどいい先生でしょう?」

「猫子、登坂先生を知っているの?」

「何度かアシに行ったよ」

あのさあ、猫子、ここだけの話にしておいて欲しいんだけど、あの登坂先生って・・・と

言おうかどうしようか迷っていると、

「登坂先生ね、いつも熱海のホテルで打ち上げするのよ。すっごい素敵なホテルよ。

やっぱり耽美を追求している人は半端じゃないって思ったわ」

な、なんですと?・・・熱海の素敵なホテルで打ち上げですと?

では、では、先生は・・・

「ヤコちゃん、登坂先生の家では、くみちゃんが曲者だからね。

あることないこと言い散らかすから気をつけてね。

登坂先生の手伝いに行った人たちの間では、ゴミクミって呼ばれて、

要注意人物という御触れが出ているのよ」

が〜〜ん 早くも私、やられた?

「登坂先生は、どうしてそんな人を首にしないのかしら?」

「料理の腕がめっちゃいいのよ。登坂先生はグルメだからね。

1日3度の食事のうちの1食でも疎かにすると、1種間は調子を崩すという先生だからね。

それに、登坂先生は、あまり細かいことは気にしない性格なのよ。

でも、でも、ガールズラブなんだってくみさんは私に言ったのよ。

先生に対して酷くないですか?

「あら、6時過ぎまであのアトリエにいたら、ご主人とお子さんが帰ってきたのに。

登坂先生の家族は、あのアトリエの裏側の建物に住んでいるのよ。

仕事が終わった日の夜は、アトリエでご主人とお子さんと、アシスタントの人たち全員で

夕ご飯を食べて自宅に帰られるのよ」

くっそ〜〜〜〜〜〜〜〜っゴミクミめっ!!

あんなことを言うから、鵜呑みにしてしまって、夕食と

熱海の素敵なホテルを棒に振ってしまったではないか!

それどころか、職場そのものも失ってしまった。

あんな感じの悪い態度をとってしまったら、2度と呼ばれない。

ゴミクミはなんのためにそんな嘘をつくのか。私のことが邪魔だったのか。

本当に嫌な女だ・・・・・けれど、クミちゃんの言葉をまるで疑いもせずに自分は信じた。

ボーイズラブを描いている先生が、ガールズラブであると言うことは、大いに有り得ると思い込んだのだ。

八子はすっかり気落ちして、こんな時はビールを飲んでやれと、コンビニに出かけた。

よく冷えた棚から次々と違う銘柄のビールを引っ張り出した。日頃手を出さない高いビールだ。

「何かのお祝い?」

振り向くと、一都がいた。




































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