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私が家を建てるまで  作者: 二糸生 昌子(にしお しょうこ) 
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私が家を建てるまで 

「え?だれ?」

「私よ。和歌子」

うわ〜〜〜〜〜〜っ 和歌子〜〜〜〜〜〜〜

「ハナチル 見たよ。八子 おめでとう! とうとうやったね」

「ありがとう和歌子。読んでくれたんだ。今、どこにいるの?」

「なんとなく、近く」

「あの居酒屋に行く?」

「行こうか」


そこは、和歌子に最後に会った居酒屋だ。

和歌子は、幾らか丸くなっていた。いや、幾らかどころではない。

かなり丸くなってうっかりすると、誰だかわからない。

「和歌子・・・体重、増えたね」

「うん」

「何キロ? あ、体重聞いていい?」

「あはは、何を今さら。聞いていいよ。三十キロ近く増えたのかな?」

「さ・・三十キロ?」

一時は拒食症一歩手前まで行ったんだけどね、あっという間にこの有様よ。

70キロ越えよ」

けれど和歌子の丸い頬や、血色のいい肌は、

ほっそりしていた頃よりずっと健康的に見える。

「とても幸せそうに見えるんですけど」

「幸せよ。今私、訪問介護の仕事をしているのよ。八子、いろいろごめんね。

もっと早く連絡したいと思っていたんだけど、あの人と別れた後、

なんだかどうでもよくなっちゃってね。あ、どうでも良くなったっていうのは自分のことがよ」

あの時、岡本が店に来なかったじゃない? それでも私は何日も連絡を待っていた。

毎日毎日電話の前にずっと座ってた。

なんでただ待っているかというとね、私たちの関係は会社にも、奥様にも知られてはいけない関係だから、

私から連絡が取れないってわけよ。

待っている間考えることは、何かお子さんのことで、急用ができた?まさか

私たちのことが知られてしまった?、本人が倒れたのじゃなければいいがとか、

ただただ心配していた。

こうやって私は昔から待たされてばかり。私を待たせる男たちとばかりと付き合ってきたから、

待つのに慣れているのね。

でも、あまりに連絡がこないから、とうとうこちらから岡本に電話をかけた。

そうしたら電話に出るなり岡本は、「あ」と言ったのよ。

忘れ去っていたものが目の目に現れたという感じだった。

それから、すまないすまないって繰り返したのよ。

何が済まないの?

申し訳ない。本当に、君には・・・

僕は女房を捨てることができない。

腹が立ったわ。

こっちは1ヶ月近く待っていたのよ。

済まないと思っているなら、どうしてすぐに連絡をくれないの?

どうして私に電話をかけさせるのよっ。そっちからかけて謝れよ!

君を傷つけてしまった僕が、どうして電話がかけられる?

・・・はあ?

君の気持ちを踏みにじった僕だよ。おめおめと君に電話なんてかけられないだろ?

「かけろよっ。かけて説明しろよっ

傷つけたと思うなら、謝れよっ」


翌日小さなホテルのロビーで

 岡本は土下座した。

土下座とは最大級の謝罪の気持ちを表すものだというが、

これほど思いが伝わってこない土下座ってあるのだろうか?

結局この男の土下座は、この場を切り抜けるためのパフォーマンスだということだ。

今までとおんなじだ。

私が出会うのはいつも妻とうまくいっていないと嘆く男。

すぐにも別れようと女房と話し合って、ようやく自分自身を取り戻せそうだという男。

奥様から三行半みくだりはんを突きつけられて、狭いアパートで一人暮らしをしていると言う惨めな男。

裁判沙汰になっているからこの裁判の決着がついたら、和歌子と結婚するという男。

私はその男たちに同情し、妻を持ったが故に生まれた男たちの優しさにほだされて、

その男が妻から受け取れなかった癒しを与えたいと願い、二人の穏やかな結婚生活を夢見てきた。

でも、その中の誰一人、奥様と決別した男はいなかった。

私何やっているんだろう。

それでね、自分が嫌になっちゃったの。

和歌子は、叔父の会社に謝りに行った。

会社のお金を横領してから、ずいぶん日が経ってのことだった。

「今頃きやがって!悪いと思うなら、すぐに連絡いれろっ。それが謝罪の気持ちだろ」

岡本に投げつけた自分の言葉が、脳内で自分に向かって牙を剥く。

「許されると思うなよ、和歌子。人に裏切られたと騒いでいるが、

お前が大切な人を裏切っているんだよ」と、叔父の姿を借りて幻は和歌子を責め続ける。

だけど実際は・・

「事情があったんだろうと思っていたよ」と言ってくれた。

叔父さんの声は、温かく穏やかだった。

和歌子は溢れ出る涙を、抑えることが出来なかった。

「叔父さん、ごめんなさい。とんでもないことをしました。本当にごめんなさい。このお金は必ず返します」

君のお母さんが全額払ってくれたので、大丈夫だよ。だが、和歌子、

もうこんなことはするなよ。お金に困ったら頼みなさい」

「私、必ず返します」

「だからもう、姉さんが来て全額を払って・・・」

「私が返したいんです。それまで時間がかかると思いますが、待っていただけますか?」

「・・・・・・そうか・・そうか。待っているよ」

叔父さんはお金の使い道がなんだったのかを聞こうとしなかった。有難かった。

和歌子の母も聞いたりしない人だけれど、それは誰に対しても本当の関心を持つ事が

出来ないという理由からだ。

母の頭の中で作られる勝手な仮説によって全く的外れなストーリーと評価が、母の心の中を占めてしまうのだ。

叔父は、何も聞かない事で和歌子へ信頼を示した。

しかも、和歌子に当座の資金まで提供してくれたのだ。

「和歌子が返してくれるというなら、姉さんからもらったこの金が宙に浮くから、

お前、持って行け」和歌子はこのお金はいつか母に返そうと誓った。

その資金で和歌子は、古くて小さなアパートに移り住んだ。

そのアパートには、高齢者ばかりが住んでいたので、若い和歌子の存在にみんなが好奇の目を向けていた。

一階の通路に面した台所の窓を開けていると、わざわざ覗きに来るお年寄りもいた。

それで和歌子はのぞいているお年寄りに向かって手を振ってやった。

一番熱心に覗くお年寄りは、九十歳台の男性だったが和歌子に手を振られ、驚いたような目のまま、

和歌子に手を振り返した。

「そのおじいさんね、真顔で一生懸命に手を振るの。なんでか私涙が出ちゃうの」

私の部屋ね、アパートの大半の人がのぞいてバイバイして行くのよ。

鬱陶しくなかったの?

全然。私なんにもやりたくなかったから暇だったし。

そうしたら、ある日ドアがノックされた。ドアチャイムなんてついていないアパートだから。

なんですか〜って出てみたら、おばあさんが二人立っていて、

「あんた毎日部屋の中からバイバイしてるだけじゃもったいないわよ」

と言いながら、コロッケを二つくれるの。

「うちでお茶でも飲みませんか?」って言ったら、ふたりとも大喜びだった。

「私、うちからお菓子持ってくるわ」と言って部屋を出ていって、戻ってきた時には

お年寄りは8人になっていた。





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