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私が家を建てるまで  作者: 二糸生 昌子(にしお しょうこ) 
17/41

私が家を建てるまで 

翌日は日曜だったので、昼近くに昨夜のお礼も言いたくて、

和歌子に電話を入れた。

和歌子は電波の届かないところにいるか、電源を切っているかしていると、

携帯はチクってくるばかりで、それ以上はどうすることも出来ないらしい。

まあ、昔から和歌子にはそう言うところがあった。密に近況を話し合っていた

のに、ぱったりと音信不通になってしまう。

和歌子のそんな時は必ず、新恋人が出来たか、別れる時かのどちらかなのだ。


一都から連絡が入ったのは、

一都が大尊寺家を出て行って半年ほど経ってからだった。

私がまだ登坂先生のアシスタントをやっている頃だ。

「明日、春江さんを連れて行くから」

「え〜〜〜〜っ 明日?部屋の掃除してないよ〜〜〜」

「掃除なんていいから」

「そうは行かないわよ。一都だってだらしがない兄弟がいるなんて思われたくないでしょ?」

「そうかな?別にそんなことは気にならないけどね。明日にしてもらえると、助かるんだ」

「う〜〜〜〜ん。じゃあしょうがない。明日でいいよ」

「じゃあ午前10時に行くよ」

はーい、

掃除は面倒くさかったが、一都のお相手を見る特典がついてくる。

ざっと片付けて、座布団をちょっと日に干した。気は心というやつだ。

そうこうしていると、ドアチャイムが鳴った。


春江さんは、よく笑う人だった。

明るい声で、コロコロと転がる鈴のようだ。

そして春江さんは、その笑い声のように、コロコロと丸い人だった。

155センチの身長で、70キロだという。

でも、その丸さが可愛らしい。春江さんは、

白地にピンクと黄色の花模様の胸元にギャザーが入った

丸首のブラウスを着ていて、それは彼女の体系を際立たせていた。

多分、ふくよかな人は、膨張色といって敬遠する色と柄、

そしてデザインなのではないだろうか?


春江さんは、人が自分をデブだと思っているとか全く気にしていないように見える。

今も、近所のケーキ屋のケーキの二つ目を頬張っている。

「美味しいですね〜このケーキ」

「本当ですか?」

このケーキはごく普通の店で買った、特別に美味しいというものでもない。

評判の店はあるのだが、今日は休みだったので仕方なくこちらのケーキにした。

そんなケーキを本気で美味しいと喜ぶ春江さんに、八子の好感度メーターが

跳ね上がった。


「春江さんは、春に生まれたんですか?」

「うふふふ、そう思うでしょう?でも違うんです。私は秋生まれ。十月に生まれたんですよ」

「まあ、名前に春があるものだから、春生まれだと・・・」

「そうなんですよ。普通はそうですよね。この名前は祖母がつけてくれたんです」


「私の母はいつの頃からか、夏が終わって涼しい風が吹く季節になると

決まってうつ状態になり、沈み込むようになったといいます。

何もかもが鮮やかだった夏から、色褪せてゆく秋の訪れに苦しいほどの寂しさを

覚えたそうです。

私が生まれた時祖母は、名前を春江にしたらどうかと言いました。

母は春の子供ではないのにと反対しました。すると

祖母がこう言ったんだそうです。

秋は冬に向かっているんじゃない。春に向かっているんだよ。

だから、春に向かう子で、春江がいいと」

私たちは季節を人生に例える。春は新しい命が生まれる再生の時であり、

冬にその終焉を迎えると。

けれど、春江さんのお祖母様は、全ての季節は再生に向かっていると言った。

自然に終わりはない。私たちが枯れたという冬の木々には、

すでに小さな芽が誕生している。春に、一斉に芽吹くために。

「素敵な名前ですね」

「はい」

春江さんは、いただいた名前を生きているんだなと思う。

末広がりの八子という、ありがたい名前をいただきながら、

不運を嘆いて生きている私とのこの差はどうだ。

後から一都に聞いたのだが、春江さんは三十二歳。一都より三つ年上だ。

此処まで婚期が遅れたのは、重篤な病に倒れたお母様の世話を、

一手に引き受けてきたからだと言う。

一都が、結婚の許しをもらいに春江さんの家を訪れた時、お父様が頭を

深々と下げて「ありがとうございます」と言った理由が初めてわかった。


一都は果報者だ。いい人に出会ったんだなと思った。


十三は、私の部屋でこの話を聞いて号泣した。

十三のお腹の子は六ヶ月になっていた。

十三は、一都が出て行くに当たって、一都の気持ちになり思わず応援したが、

一方でまずいことになったと思っていた。

十三が母親にいつ妊娠したことを打ち明けるかの機会を

虎視眈々と狙っていた時、一都の不穏な行動が見られるようになって、

あっという間に独立宣言。

十三はかなり焦ったと言う。

「私さあ、昔から思っていることがあるんだ。

一都のことは好きなんだけどさあ、

昔っからあいつって、なあんか調子よくない?

うちで一番いい思いをしているのって、一都だよねえ」

「だってさあ、八子、考えてみてよ。母親に甘やかされてさあ、

家族と口をきかなくなって、自分の世界にこもりながらしっかりお金貯めてさあ、

それじゃあって家を出て行ったんだよ。

なんて言うか、家族の風当たりを一番回避したやつだよね」


十三、それ、違うんじゃない?

私たちの母親のモンスターぶりを忘れたの?


モンスター?・・う〜〜ん・・。


母は一都に執着した。

それは一都が月足らずで生まれ、黄疸が出て長い間

保育器に入っていたことが原因だったようだ。

母は、自分を責めたと言う。

私が妊娠を甘くみていたからだと。

姑が自分は農家の嫁になって苦労し、出産の当日まで

体を休めることが出来なかったと言い続けている前で、休むことができるはずないじゃないと。

母は退院した一都を守り育てることに集中し、その頃夫が浮気をした。

姑は母にお前がだらしないからだと言った。


一都は手厚く母親に守られて三歳になった。

一都が3歳になった日に、父親のラブストーリーも終わりをむかえた。

父に縋っていた女性の耳に、その妻が第二子をみごもったと言うこと。女性の怒りと絶望を明らかにした。

今までは、なかなか別れない妻を憎んだ。彼は確かに私を愛している。その事実が、女性を支えていた。

「だって彼は今、私と一緒にアパートで暮らしているじゃない。それは妻より私を愛している証拠よ」

の、はずが、二人目の子供が妻との間にできたですって?

女性は、荷物をまとめ、男に別れを告げた。

男は優しい声で「そうか・・・」と言った。

女性は、二人で過ごした街を離れる列車の中で、周りを憚ることもなく声を上げて泣いた。

父親は今まで一度も家を開けたことなどなかったかのような顔で、食卓に座っていた。

十三が生まれ、一都が六歳の時、八子が生まれ、父親は、その6年の間は浮気をしなかったのだ。





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