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私が家を建てるまで  作者: 二糸生 昌子(にしお しょうこ) 
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私が家を建てるまで 

けれど母はどんな噂を立てられても、

「人はね、自分の言いたいことを言うものなのよ。どんなにこちらが気を使っても、

人は思いたいようにしか思わないのよ。だから放っておくのが一番。

でも、登希ちゃんのことで出鱈目を言われたら私怒鳴り込むわよ」

そんな母の気迫が伝わったのか、変な噂は次第に消えていった。

「母は、精一杯の力を注いで私を守り、育ててくれたの。そして、社会に飛び立つ私を解放したの。

動物が子別れするみたいにね。母には私への心残りが一つもないのよ。

それは、私の価値を認めてくれたことだと私は受け取っているの」

「どう言うことですか?」クミちゃんは聞いた。

「子育てに失敗したとは微塵も思っていないってことよ。

それは私を100%認めてくれていると言うことじゃない?

もし、私は至らない母親だったと後悔しているとすれば、その思いの裏には、こんな人間に

育ててしまったと言う悔いがあるんじゃない?

いつまでも子供の心配をしている親も同じ。その親と子はまだ完結されていないのよね」

母は娘に思い残すことはない。だから一緒の時を長くは過ごせなかった姉との時間を、今母は取り戻しているのよ。

先生の叔母にあたる、お母様のお姉さまの里子は、17歳で自死をした。

幼い頃から朗らかで優しく礼儀正しい子供で、親類や近所の大人たちの評判はすこぶる良いものだった。

しかし、家の中では自室に閉じ籠り、塞ぎ込んでばかりいたという。

何よりもこの世界を恐れていた。

彼女にとって大人になると言うことは、背負いきれない大きな責任を背負わされることであり、

その負債を返し続けていくようなものだと言うのが、彼女の人生観だったようだ。

人から愛されることを受け入れず、人を愛する喜びも知らずに逝ってしまった姉に、夫や娘との暮らしを

作り上げて、姉に理想の人生を生き直してもらっているのでしょうと、登坂先生が言ったのだそうだ。

「母は、トレジャーハンターのように目を輝かせて、ゴミの袋を拾い集めてくるのよ。

子供の頃私も、金塊を探しに洞窟に入ったり、裏山の中を歩き回ったわ。心が躍ったわね。

母はそうやって毎日お宝を発見し、最高の価値あるお宝は、お母様のお婆さまからいただくことになっているのよ」

家族の中で、子供を連れて一人になったお母様に、嫌な目を向けなかったたった一人の見方のお婆さまは、

今もお母様に優しいのだ

登坂先生は周辺の人々に理解を仰いだ。

「この度母が認知症を患い、ゴミ袋を拾い集めるようになってしまいました。

できるだけ一緒に歩き、ゴミ袋から注意がはなれるよう努力をしておりますが、

それでもふと目を離した隙に拾ってきてしまいます。

ただ、中を見ると言うことはしませんし、こちらで責任を持って元の場所に戻すか、

捨てさせて頂きますので、どうぞご理解くださいますようお願いいたします」飯坂 登希乃


それで登坂先生は、仕事が遅れるようになったのですね。

そうなのよ。朝お母様と一緒に歩くから。

ただでさえ遅い人なのにねえ〜 そう言ってクミちゃんはキャハハ〜と笑った。


登坂先生のところには、丸2年通った。

カットの仕事とアシスタント業は私にとってちょうどいいサイズ感があった。

100点前後のカットの仕事と、2〜3日泊まり込むアシスタント業。

生活はギリギリだったが、特に出かけることもない私には、

服を買う必要がなく、基本面倒臭がりだったので食事に凝るわけでもない。

私が買う食材といえばジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、キャベツくらいで、

あとは卵、それに魚か肉をちょいちょいと買う程度。

そして特に趣味もないときているので、ほとんどお金を使う必要がなかった。


登坂先生のところに通いだして一年半が経った頃、

すみれさんが漫画家デビューを果たした。

すみれさんの実体験を元に、女子アメフトの奮闘を描いたスポーツ根性もので、

雑誌の公募で見事一席をとり、そのまま連載が決まったのだ。

ラッキーガールと呼びたいところだが、すみれさんは壮絶な経験をし、

多くの苦労を背負ってきた。

中学生の時に、両親と妹を事故で一度に失ったのだ。

夏の海に家族でゆくはずだったその朝すみれさんは母親と喧嘩をして、

海になんか行かないと言って家に残った。

「それからたった2時間後に、酔っ払ったトラックに突っ込まれて、

家族は天国に行っちゃった。海どころの騒ぎじゃないよ、

天国だからね。どこまで行っちゃうんだって話だよ。帰ってこれない距離じゃんて」


夏休みのその日、すみれさんのお母さんは怒っていた。

「すみれ、今日になって行かないって、どういうこと?

同人誌の締め切りに間に合いそうもないから、漫画が描きたいだなんて」

その時のすみれさんの海に行きたくない理由は、それだけではなかった。

中学に進学した時、男子生徒に言われたのだ。

「お前、すみれって名前なの似合わね〜〜〜〜〜〜〜」

「すみれって言えば、色が白いお嬢様でしょ。お前真っ黒じゃないか」

すみれさんは自分の名前が嫌いだった。

妹の名前は蓮華というが、妹は色が白く華奢な子で、

蓮華の花がぴったりくる。

しかし自分は、両親の予想をうわまって成長してしまい、

小学校六年で身長は165センチあり、肌の色も地黒で、

家の中に差し込んだ日差しにさえ日焼けをするという体質だった。

「赤ちゃんの時は可愛かったのよ。

すみれという名前が似合っていたわ。

だから、この名前をつけてくれた両親を恨めないの。

両親が一番びっくりしているんでしょうから」


すみれさんは、中学校で男子生徒に名前が似合わないと言われた時、傷つい

て、海で日焼けをすることが嫌になってしまったのだという。本当は、その

理由の方が大きかったと。

「一緒に行けばよかったって、随分思ったわ。

でもね、私居直ったの。私のこの体は両親からいただいて、妹と分け合ったんだって。

それなら思い切りこの体を生きてやれって。

それで、アメフトを始めたんだ。家族がいなくなった後、

面倒を見てくれた伯父さんが、アメフトのクラブを作っていたから」

そこで、すみれさんは猛獣と呼ばれていたという。

一方で、漫画にものめり込んでいった。彼女の憧れが漫画の中にはあった。

柔らかな曲線、繊細な影、純粋な愛の表現は、幼くも美しい。

怪我でやむなくアメフトチームを抜けた後、立ち直りが早かったのは

漫画があったお陰なのだとすみれさんは言った。








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