「契約と代償と二度目の地上」
毎日更新していくことが決まりました!
一日、1話か2話での投稿をしていきますのでよろしくお願いします。
このような胸の高鳴りを感じたのは初めてのことだった。
長く人生を生きた訳ではないが、一度くらいは胸が高鳴ることも幼少期時代にあっても良かったとは思う。
しかし、一度としてそんなことはなかった。
馬に乗ったとき、海を見たとき、魔術が使えることに気づいたとき、いやどれも驚きはしたがその程度だった。
「どうだディオル・ガルドフ。若きアルカディア王国の王よ。お前は今、死人だが王であることに今も昔も変わりはない。お前の一言でお前の覚悟で全ては新たな時代へ向かって歯車が動きだす……悪魔の導きに足を踏み入れてみる気はあるか?」
ディノール・バッカーンーーアルカディア王国混沌の象徴である悪魔。
彼は俺に、手を差し伸べる。
人の物ではない、禍々しい黒い爪が長く伸びた手をだ。
その手を取れば、俺は悪魔の導きに頷いたも同然。
ーー王が悪魔の導きに頷くなど恥さらしも良いところだ。
しかし、俺には何も迷いもなかった。
悪魔の手に、陽の光を浴びていない砂浜よりと白い手を重ねたのだ。
「迷いはないようだな。強い覚悟だ、若き王」
「迷いはない。何故なら、俺はもう死んでいるからだ」
「生きていても死んでいても王に変わりはない。それでも迷わぬのは? やはり死んでいるからか?」
「そうだ。死んだ今、俺は王であっても表向き王は弟だ。つまり俺は、王として今アルカディア王国に居ない。王は民の前に立っていてこそーー空の上に立つ俺が王を自ら名乗ることはない」
「ーーお見事!!」
悪魔はそう声を張り上げると、俺を天井向かって放り投げる。
同時に、この時を待っていたと言わんばかりにガラスでできた正方形の部屋が消えていく。
「若き王よよく聞け。これより俺達はスガム合衆国へと降り立つ。そしてお前が逃した仲間達を集める」
ディノールは腕を組み、抜けた床から地上を背にして同じ速度で雲の上から落下する。
「大丈夫だ、スガム合衆国の海とかに適当に落ちる。それに俺達は一回死んでるしな!! フッハハハハ!!」
「ーーそういう問題じゃない!! もっとマシな降り方はなかったのか!?」
「知らんっ! そんなことより聞けディオル」
いつ地上に落ちるかも読めない高速落下をしながら、ディノールは悠々とその口を動かし続ける。
「お前は俺の手を取った時点で、既に魔術の中でも最上位に値する黒魔術を授かっている。悪魔の導きに頷くとはそういうもんだ。あれは一種の契約ーー悪魔の契約だ」
「く、黒魔術!? 聖書に記載されたあの悍ましい程に強大な力を持った黒魔術か!?」
「そうだ! その黒魔術だ! そして地上に降り立ちでもしたら鏡を見ればいい、そのうちお前の目は焼けるような熱くなる時が少しばかり来るだろう」
大した痛みじゃないと言って、ウインクして見せるディノール。
その瞬間、両の目が突然灼熱に包まれたように熱くなり激痛が襲いくる。
「ーーうっ!! これか……っ!?」
「お前の瞳は俺との契約により得た黒魔術の影響で俺と同じ赤へと変わり始めている。その瞳が変わりきったとき、お前は黒魔術を手にするが痛みと苦痛に襲われても簡単に死ねない体にも変化してしまう」
「それは……うぅ! だい……しょうか!?」
「そうだ、それが悪魔と契約した代償。命あるものと同じくして安らかに冥土へ行けずーー命なきものと同じく永遠は何処にもあらずーー不死にもなれず神にもなれず。痛みの限り生を実感するが力の代償也……」
「聖書第一調律主……人の子よ命に幸よ。とはこのことか」
「まあ、そんなところだ。そろそろ痛みもひく。そして……海に落ちる。フッハハハハ!!」
「笑い事じゃない!! 俺はーー泳げないんだああああああああああ!!!!」
俺の叫びは届くことはなく、そのままディノールと二人。
スガム合衆国の大海原へと方角も分からない状態で頭から着水した。
そして俺は、人類未踏の地から我々人類を観察し続けた悪魔ディノール・バッカーンと共にまた現世へと舞い降りたのだった。
ーーーーーーーーーー
「沖の方で隕石?」
「そうみたいですよ兄貴。なんか、隕石落ちた〜とか民が騒いでるみたいですけど、鯨か何かだろって」
「スガム合衆国は確かに鯨が多く生息しているから鯨だろうな。てか、そんな情報よりアルカディアがどうなっているかを探ってこいお前は! いらん情報ばっかり」
「でもさ兄貴! 人が降ってきたともいってるやつがいんですよ!? 気になるじゃないですか〜!」
「ーーならん! アルカディアのことだけが俺は気になって仕方ないそれだけだ!」
スガム合衆国中心部で栄えるアルバン。
ここはならず者から貴族まで、多種多様の人種で溢れているスガムの首都。
アルバンは服屋、薬屋、八百屋、肉屋、飯屋と何でも揃っており休みの無い都としても有名なところである。
そしてアルバンの更に中心部に設けられるは騎士御用達の酒場ーー『ジョン・セフ』がある。
ここは騎士の出入りが激しく、情報交換を行ったりと内政について情報を掴むにはうってつけの場所とされている。
方角も分からず、ディノールに抱きかかえられて早数時間。
人生とはどうにかなるものでここに辿り着いたのは奇跡に近かった。
そして、懐かしいようでつい先日まで嫌というほど見ていた屈強な男ーーステインとその弟分の姿もそこにはあった。
しかし俺達はマントを被り、ディノールのくすねた金でならず者のフリを続けている。
理由は特にないが、まだ声をかけるには時期が早かった。
俺が死んでからディノールと会い、ここへ転生して降り立つまでに地上では三ヶ月の時が過ぎている。
ステインに声を掛け、実は生きていたことを信じてもらう方法はいくつかあるが、頭がキレる彼を信用させるにはアルカディアについての同じ情報を集め提示することが最重要。
三ヶ月分のアルカディアの情報となると、膨大で知らなすぎるも命取り、知りすぎるも命取りと難しい経過時間だった。
「王様……何かの間違いで生きてはおられないか」
「難しいと思いますよ兄貴。撥ねられた首がアルカディアの全国民に見せつけられているんですから」
「それがたまたま! 本当にたまたま瓜二つの別人ってことはーー」
「ないない。王様、そんなに用意周到じゃないことくらい兄貴が一番わかってるはずです。それに、王様は何気におぼこい顔つきなのでそう簡単に身代わりなんていませんよ」
酷い言われように、ディノールが口に含んだスープを少し吹き出してしまう。
「汚いな……お前は」
「いや、王さんなのに……ククッ! 笑わずにいられるか……ププッ!」
「おぼこい顔付で悪かったな……!!」
右手に持つ木製のスプーンを今にも二つに分裂させてしまいそうだ。
「ただ、あいつの言っていること」
「……ん?」
ディノールはスプーンを置くと、人差し指をちょんと伸ばして何やらその場でくるくると円を描き始める。
すると、カウンターの奥へと入っていく一人の騎士の腰から何やら四つに小さく折られた書状がこちらに向かってくる。
ディノールはにやりと口元を緩めると、その書状を手に取りピラッと広げて俺に見せる。
「実はいるんだよな……瓜二つの奴が。スガム合衆国の奴隷制度。それによって連れて来られたお前より二つ年のわけぇのが」
「……ほう、つまりその少年を使うと?」
「仲間にするのさーー最初のな?」
ドヤ顔を決めるディノールだが、その背後から先ほど書状を盗んだ騎士の仲間と思しき者が近づいてくる。
「ーーおい貴様、何をしている。その書状は騎士団長しか持っていないはずだ、どんな魔法でそれを手にした」
声をかけられながらもケラケラと笑うディノールは、
「いや……本当に。騎士って奴らはなんでこうも鋭いか、嫌だね〜ほんま!」
紙を片手でくしゃくしゃに丸め、ぽいっと俺に投げるとディノールはフォークを素早く手に取り、騎士の兜と鎧の合間から首の動脈向かって光の速さで刺した。
首から血飛沫が上がり、周りの客から次々と悲鳴が舞う。
「ーー逃げるぞテイル!」
「え……はあ!?」
「こっからはスガム合衆国の黒いところ。騎士様方は黙っちゃおられね〜あいや!」
自らしておいて何て逃げ足の速さなのか、テーブルを片手で持ち上げると駆け付ける騎士数人に向かって投げつけ一目散に出入り口へと走る。
「言ってる側からぞろぞろと来やがった……チッ! もっと次からは上手くやれディノールーー第三魔法ナイトメア!!」
少しだけ海から陸へと向かう最中に教えてもらった黒魔術の初歩的な魔法。
第三魔法ナイトメアは魔力の消耗が少なく黒魔術の中でも危険の少ないものとされているらしい。
辺り一帯を黒い霧で包みこみ、意識した者達の気配までも消すことができる簡単かつ安全で人的被害の少ない魔法だ。
特に使用の際に意識することは少なく、何となくのイメージだけで黒魔術に適正があれば使えるとのこと。
「ーーずらかるぞ!!」
「そうこないとテイル!!」
「で、テイルって俺のことか!?」
「テイルーーつまり英雄! 王様かっけぇ」
「茶化してないでとりあえずアルバン郊外にあるスラムと呼ばれるグリンドまで逃げろ!!」
霧の中を抜け、酒場から抜け出した俺達は囚人の脱走よりも早くその場から遠のいていく。
馬でも追いつけない速さーーそれが黒魔術が人体に影響をあたる一般的なものらしい。
足が早くなるのは、至極当たり前でむしろ影響が出なかった者は黒魔術の適正が一つとしてないらしい。
まるでチーズをくすねたネズミが如く……山賊にでもなった気分だ。
人混みに紛れ裏路地へと入り、建物の壁などを蹴って郊外へ。
飛べれば楽だが、ディノールしか翼は生えていない上に注目を浴びてしまう。
それだけは何としても避けなければいけない為、裏路地を早く効率的に移動していく。
王ではなく、今はただ一人の人として自由もある。
これがーー本来の人の在り方のはずなのだ。
「俺はもう……人ではないけれど」
まさかまさか!
朝起きて見てみると、ブックマーク2件評価14PT、レビューをいただいておりました!!
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