「悪魔との出会い」
続きの2話目となります
ーー目を覚ませ、おい、覚まさぬか小童が。
渋く低い男の声が、かすかだが聞こえる。
ーー早く目を覚まさぬか、小童。
老人の声ではなく、強く生のある声だ。
「ーー早く目を覚まさぬか、何をぼんやりしておる。一国の王が……呆れて呼び掛けることすら嫌になる」
男はやれやれと言わんばかりに、大きくため息をつくと薄ぼんやりと開いた俺の視界にその顔を覗かせる。
「起きたか、小童」
「ーーうわああああ!? だ、誰だ!?」
「誰だ!? じゃねぇよ全く。意識ははっきりしたか?」
力強く睨みつけるかのような一重で覇気のある目が、俺をしっかりと捉え続ける。
ーー世にも奇妙なルビーアイ。
果たしてこの者は人間か、そうでないか。
「あ、あなたは……」
「驚くのも仕方ない。俺が誰か、わからないのもまた仕方ないこと。とりあえず手錠と足枷を外してやる、起き上がって椅子にでも腰をおかけなされ」
フッと、読み取れぬ笑みを浮かべて男は俺の背後に回るとまずは手錠からガチャガチャ金属音をたてて外す。
地面に手錠が落ち、重い物音と同時に少しばかり地面が揺れた気がした。
次に足枷を外してくれると、男はすっと立ち上がりその全貌を見せつけるかのごとく前に並べられた対の椅子に向かって歩き出す。
「ーーまあ、ここに座りなさいなディオル・ガルドフや。俺と賭けをしよう」
「お前は……」
椅子に腰掛け足を組み、合間に置かれたテーブルの上にはコインが空中から現れカランカランと軽い音をたて落ちる。
そのコインを右の手におさめると、そのうちの一枚を俺に向かって投げた。
コインを受け取り、まだ力が上手く入らない足で立ち上がると男は中指を立てーー「来い」と俺を招く。
「素性は後で聞く……とりあえず、賭けをしろと?」
「そうだ、だから早くこちらに来なさいな。説明なんて後でもできる」
「ふむ……それもそうか」
立ち上がってぐるりと周囲を確認すると、ここはどうやら雲の上らしい。
人間が到達できず未だ未開拓の地とされる雲の上。
ガラスで覆われた正方形の部屋の中に、俺は立っているらしい。
そしてその中心部で、俺は今から賭けをするらしい。
椅子に男と同じように腰掛けてコインを投げ返す。
「勝負は簡単、俺が投げるコインが裏か表かを当てるだけ。ただし二枚共に当てなければならない。さぞ簡単であろう?」
「ま、それくらいなら幼少期から幾度かやってはいるが……」
「ーーただしっ!」
男は突然大声を上げると、テーブルにどんと手を付き俺を睨みつける。
「このコインは……当てる側の心理状態で裏表が入れ替わることもある」
「ほう……」
つまり、コインは賭けに使う道具ではなくて、コインそのものが賭けの主であるということか。
理解にさほど時間などいらなかった。
「じゃあ行くぜーーッ!!」
男は二枚のコインを投げると、左手の甲でそれを受け止め、右手の平で覆い被す。
一本一本、研がれたように鋭く肉をも引き裂かんばかりの歯を見せて不敵に笑みを浮かべる。
「どうする?」
「二つとも……裏だ」
しかし私は、即答する。
「ああ? 即答!?」
「そうだ、二つとも裏だ」
「理由をお聞かせ願おうか?」
首を傾げ、表情は一変。
頭がおかしいと言われんばかりの納得のいかない様子だ。
「理由は単純。そもそも、あなたは私に心理状態で裏表が決まるーーつまりコインそのものが賭けの主であらんとばかりに説明したが、そもそもこのコインは裏と表など存在せず。全ては悪魔の刻印が彫られた通称『デビルズコイン』と呼ばれる物を使用しており、どちらが出ても裏となるということだ」
「……何故、デビルズコインを知っている?」
ありえないと、男の瞳が少し泳ぐ。
「コインを渡しはしたが、感触を確かめさせるだけであってそこまでとは……」
「いや、俺にも何故物の存在を知っているかは不明だ。記憶の中に物の記憶が何故か少しばかりだかあるのだ」
「たまげた……今まで三千の人間を見てきたが、ディオル・ガルドフーーいやアルカディア王国の国王さんよ? あんたが初めてだ、いや本当にたまげた」
コインをテーブルにゆっくりと置くと、背もたれに体を預け高らかに男は笑い始める。
「いや〜! 一応王さんだもんでな、ある程度敬語を頑張って使おうとはしたが、無理そうだ」
「それはこちらとしても助かる。普通に話してくれたほうが楽だ」
「だろうな!? いや、お前ならそう言うと思った。いやぁ……でも本当に、道化の才と言うべきか悪魔の子と呼ぶべきかーー」
男はひとしきり笑い終えると、ぐっと体を乗り出してすぐに鼻が当たらんばかりの距離まで詰めてくる。
赤く不気味な瞳が、何の変哲もない俺の瞳を一切ぶれることなく見つめ続ける。
全身漆黒のローブに包まれ、片側折れた角を額から生やし、背中には焼けた痕が残る翼を広げ、右頬には溶岩が如く赤く燃える血が浮き出てタトゥーのように走る。
そして人ならざる者の象徴である『真紅の瞳』
これを天使と呼ぶにはあまりに無礼で、悪魔と呼ぶには的確でーー
「あなたは、我々アルカディア王国に古から伝わる混沌の象徴ーー悪魔だな?」
「ーーそうっ! よくぞその名を口にしてくれたまだ若き人の子よ!! 俺こそが……アルカディア王国が誕生する一万三千年より遥か昔から、この地を見下ろし混沌による審判を下してきた悪魔……」
ーーディノール・バッカーンだ。
ーーーーーーーーーー
ディノール・バッカーン……男はそう名乗った。
確かに今、そう名乗ったのだ。
アルカディア王国一万三千年の歴史よりも長く生き、未だ人類未踏の地である空の上に身を隠し、天使より人類への干渉をせず混沌の審判を下すまで傍観者となる神の一種。
アルカディア王国初の聖職者ディノール・アルバートが名付けた悪魔とされており、彼は悪魔との接触に成功したと聖書には記録されている。
ディノール・バッカーンはアルカディア王国では天使より名が出ることも多く、何か災いが起こると審判が下されたと民が恐怖の声を上げるほどだ。
ディノール・バッカーンが混沌をもたらしたとされる五千年前に発生した、アルカディア王国が滅亡の危機へと陥った大洪水があった。
天災すらも悪魔の審判として片付けるに丁度良い存在。
それがーーディノール・バッカーンなのだ。
「驚かないのか? 悪魔の俺と、対面してこうして話しているんだ」
「驚いている、十二分に。しかし、悪魔が本当に存在したところで、俺は既に死人だ。死人に今更悪魔を恐れろと?」
「ずっとこの狭い部屋からお前を見ていたが。ここまで肝が座りきったまさに王の素質に溢れた男を見るのは初めてだった。いやはや、お見事……人間も侮れねぇ」
「それはどうも、感謝する」
「ーーだが、先に言っておく。お前は王の素質に溢れそして強い……がっ! 故にだ!!」
ディノールは突如立ち上がるとテーブルに片足を力強く壊れんばかりの勢いで乗せてこう述べる。
「故にお前は王であるべきではない、分かるか? 優しさだけでは解決しない、武力を時に行使するからこそ王は務まる。戦争のない世界など存在しない。しかし無闇な戦争はただ多くの命をゴミ同然に扱うにすぎぬ非人道的!! つまりお前はーー最後の最後まで己の才を隠し続けた」
「……魔術のことか?」
「ーーそうだ!!」
ディノールは即答すると、俺の頭を片手で軽々と鷲掴みする。
「その力を使わぬのは勿体無い。俺はずっとこの空からそわそわしてならなかった……お前は、王としてあまりに温厚であり続けようとした。優しさは、人柄の良さは王にとって必要不可欠な素質だしかしだ! 時には冷酷であり冷酷だからこそ必要となるその力の使いどころを……お前は謀反が起きるまで不必要とし結果使わず生きた」
「何が言いたい」
「その肝っ玉を勿体無いと俺は言うのだ! 俺にこうして頭を掴まれようと今だ震えぬ声、真っ直ぐな目線、変わらぬ冷静沈着な心の臓!! 度胸の裏に隠れる冷酷さだ。謀反が起き、お前は度胸ある王の姿を示したかは知らんが仲間達はあの時、お前と共に戦い命を捨てるつもりだった国のために。それをお前はあっさりと王命と言い無にした」
「……」
フッハハハーーと笑うディノールはまだ続ける。
「考えるな、感じろ。お前なら自分の本来の姿を感じ取れるはずだ……お前は、冷酷にもなれる修羅にもなれる。真の王はーーお前だってなディオル・ガルドフ」
「だとして、死んだ俺にどうしろと言うディノール・バッカーンーーいや、悪魔よ」
俺の質問に、ゆっくりと手を離すと足を乗せていたテーブルを今度は蹴り上げる。
ガラス製のテーブルはバラバラに割れ、もう原型を取り戻せない。
快晴の無限の青空が透けて見える天井から、砕けたテーブルの破片がパラパラと落ちそのうちの一つをディノールは手で掴んで見せる。
手からはどす黒い血がタラタラと垂れはじめる。
「破壊するんだこのガラスのように……! 変えてしまうんだアルカディア王国の真の王の在り方を! 一度血で国の中心である王宮が染まったならば、二度血で染めて何が悪い。心優しきお前は今一度鬼神となり弟をーー粉砕しろ。王座奪還は真の王の手によって成立するんだディオル・ガルドフ!!」
ディノール・バッカーンーー恐れられる混沌そのものであるはずの悪魔の言葉に、五臓六腑が破裂せんとばかりの強い衝撃を受ける。
一度止まったはずの心の臓が動き出す感覚を覚えた。
2話目もご愛読いただき誠にありがとう御座います!
いやぁ……物語を作り書いていくのはとても難しいですね(汗)
人物を考えるだけで大変です(汗)
3話目も是非、読んでいただけるととても嬉しく思います。
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