セーブ妖精はお友達をご所望です
一度作ったセーブデータは消しにくいよね。
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「ねえ!セーブする?」
「…へ?」
学校の渡り廊下、その中央あたりで、俺はそいつと出会った。
緑色のひらひらしたワンピースに、見たことの無い花の髪飾りをしたその姿。
子供ながらにその顔立ちは十分に整っていて、ひときわ大きな青色の瞳と、新緑の髪が印象的だった。
ただ、2点だけ明らかに俺たちとは違う部分があった。
1つ目。それは背中に羽が生えてて、それが小刻みに揺れて浮いていること。
そして2つ目は、それが手のひらサイズだということだ。
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下校時間、俺は帰宅中もこの手のひらサイズの女の子に付きまとわれていた。
「ねえねえ、なんでセーブしないの?」
「そもそもセーブってなんだよ。えーっと…名前は?」
「名前…?うーん…?ごめん!忘れちゃった!」
いや、なんで自分の名前を忘れるんだよ。おかしいだろ。
「あったんだけどね!何年も前のことだし覚えてないや!」
そういう問題じゃない。それは断じてありえないだろ。
「あーもう、わかったよ。呼びにくいし、俺が名前つけてやる。思い出したら捨てていいからな。」
「え…名前、考えてくれるの!?なんで!?」
「なんでもなにも、呼びにくいからだよ。うーん、そうだな…」
俺は頭の上に着いている、白い花に目がいった。
そういえばこの花、あれに似てるな。
「百合に似てるな。」
「ゆり?」
「ああ。お前の名前は、今日からユリな。名前思い出したら、ちゃんと教えろよ?」
ユリと名付けた手のひらサイズの童女は、パアッと顔を輝かせた。名前くらいで大袈裟な。元々のがあるならあだ名みたいな物だろうに。
「ユリ…ユリ!ありがとう!大事にするね!」
ひどく純粋に喜ぶ顔を見れば、俺も悪い気はしなかった。
「おお、捨てるまでは大事にしろよ。ところで、いつまで付いてくるんだよ。」
「セーブしてくれるまでだよ!」
「わけわかんねー…」
こいつの最初からブレないセーブ願望だけは理解できそうにない。
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「飯は普通に食うんだな。」
「お腹はすくもん!当たり前じゃん!でも食べさせてくれたのはひろくんがはじめてだよ!いつも生ゴミとか食べてたから!」
俺の夕飯のおかずにかぶりつきながらもそうは言うが、どうみても普通の見た目ではない。
それに妙なことに、俺以外にはこいつが見えていないようだった。おかずがひとりでに動いているのに、誰も気付かない。
俺の母親も、父親も、そして妹にもこいつは見えていない。
……まあ見えていない方が色々都合はいい。特に、妹辺りには。
でないと色々誤解されかねない。
「俺、この後風呂はいるから。部屋で待っててくれよ?」
「おふろ!?」
目をキラリと輝かせていい笑顔を見せた。
おいおい、まさか!?
「おっふろー!」
言うが早いか、瞬時に裸になって浴槽に飛び込んでいった。
こいつ、まじか。一応俺、男の子なんですけど?
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お風呂の中でひどく上機嫌に泳ぐユリを見ていると、裸を気にしていた俺の方がバカバカしく思えた。
まぁ、こんな手のひらサイズではどうにかなるという事もないが。
「なあ、セーブって一回までなのか?」
それは、純粋に素朴な疑問を投げてみただけのつもりだった。
そもそもセーブが何なのかを説明しないのだから、せめてリスクを減らしたかった。
だが、それを聞いたユリは泳ぎを止めて、俺の方を見返してきた。
「何回も、したいの?」
今まで一度も見たことのない顔だった。
笑顔は消え、目から光が失われ、青い瞳は深海を思わせた。
「ちっげーよ!お前がセーブのこと全然教えてくれないから、色々聞いて考えようとしてるんだよ!」
「なんだ!そっかー!ごめんね!」
そして急に笑顔を取り戻す。その顔には隠しきれない安堵があった。
…セーブをすると、こいつになにかあるのか?
「えっとね!セーブは何回かできるよ!あとセーブデータは何度でもロードできるよ!でもセーブはやりすぎないほうがいいと思うな!絶対後悔するから!」
笑顔でまくしたてるこいつは、多分、俺のことを心配してくれてるんだろうなと思った。知り合ってまだ一日なのに、そう思えた。
「後悔したやつがいるのか?」
「いるよ!いーっぱいいるよ!」
いーっぱいいるのか。こえーなおい。
そう思ってると、ユリは平たい胸の前で腕を組んでから、おずおずと切り出した。
「…一度学校でセーブしてからロードしてみる?お試しで!ひろくんなら、それでわかると思う!」
「なんで学校なんだ?」
「セーブポイントが学校だから。」
そう笑うユリの顔は、子供には見えなかった。
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「お布団で寝るの初めてかも!!いつもゴミか草か床の上だし!!」
「お、おいおい夜だぞ?あまり騒ぐなよ。」
「ひろくん以外には聞こえないからへーき!!」
「それもそうか。」
………あれ、そうか?そうだっけ?
部屋の電気を消し、ユリを潰さないように気をつけながら掛け布団を被る。
俺の枕の上で丸くなっていたユリからは、花の香りがした。
「ねえひろくん、なんでこんなに優しくしてくれるの?」
心底不思議そうな顔でそんなことを言われるとは思わなかったので、ついそのまま答えてしまった。
「別に、普通だろ?」
「……………普通?」
どうしてそんな顔をする?
「ああ。セーブだなんだか知らないけど、ついてきちまったもんは仕方ないだろ。それに俺、友達いないしさ。一人が二人になったくらいで、どうってことないだろ。」
少なくとも、見えない妖精とおしゃべりしながら下校しても、だれも気にしない程度にはな。
「ふ……たり……?」
……何でそこが引っかかったんだ?
「ああ、お前を入れて二人だ。…ユリ?」
なんだか少し震えているようだ。寒いのだろうか?
そう思い、掛け布団をもう少しちゃんと掛け直した。
「ねえ、ひろくん。私とはともだちになれないかな…?」
「……今日知り合ったばかりなのに?」
「自慢じゃないけど、私にもともだちはいません!どうですか!?」
「それはそれは優良物件ですね。」
事故物件の匂いもプンプンするがな。
「まぁ、いいや。じゃあ今日から友達な。よかったなー友達ができて初日にお泊り会なんて普通出来ないぞー。」
「わーい!やったー!ありがとう!ともだち!」
ちょっとだけ皮肉を込めたつもりだったのに、びっくりするくらい喜びやがった。俺、なんかとんでもないこと言ったのかもしれない。
「ともだちができたの、うまれてはじめてかも!」
泣くほどのことかよ。
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翌日の学校の中央廊下。
俺はユリに案内されて、昼休みに立っていた。
「ここで良いと思うよ!セーブするって宣言してみて!」
「なあ、セーブした途端、お前が消えるとか無いだろうな?」
お前、なんか知らないけどいつも死亡フラグ立ってるように見えるんだよな。
「大丈夫!ひろくんならちゃんとセーブできると思うから!」
「……?まぁ、いいか。よし、セーブするわ!」
「上書きする?」
「は?」
「上書きする?はいかいいえで答えてね!」
「……はい。」
「ぴこーん!セーブ出来たよ!」
そうユリが叫んだ、次の瞬間だった。
「は?え?馬鹿な!?何故ここなんだ!?私は確かに商談を結ぶため…!?はっ!?まさか、この日は!?」
………なんだ?あの眼鏡くん、急に何を叫んでやがる?
「そんな…そんな!?高校時代からだと!?い、嫌だ!助けて!?私はもう二度とあんな!!」
「おい安田ぁ!!よくもゴリセンにチクりやがったな!?こっち来いやぉ!!」
「ひいいいいいい!!!」
眼鏡くんは、うちの学校でも有数の不良に連れて行かれた。おそらく何かを先生にタレこんだ報復を受けるのだろう。
………俺だけではどうしようもない。後で先生には俺の方から言っておこう。
「ねえ、わかった?ひろくん。」
そこには深海の瞳を宿したユリがいた。
「セーブすると、他の人のセーブデータを上書きしちゃうんだよ。だからロードすると、そこからスタートするんだ。あの子はねー今まで9回くらいロードしてたかな?結構保ってた方だと思うなー。」
ニコニコと笑うユリの目は、笑っていない。
「もしかして、セーブ回数に上限があるのか。でもそれは教えられなかったんだな。」
「正解!かみさまとのけいやくで教えられないんだ!みーんなギリギリここなら大丈夫かなって思いながら、私にセーブを頼んできたよ!それでね!今までも死にそうになる度にロードされたりして、とっても大変だったんだ!」
なるほど、こいつは今まで随分便利に利用されていたんだな。
友達がいなかったのも、道具として使われていたから。
名前を忘れたのも、何度もロードさせられたから。
名前を忘れるほどのロード回数って、何回だよ…。
「でもきっと、あの人はもうロードしないと思う。ロードするたびにこわーい人がいたら、ロードしたくないもんね。」
くすくすと笑うその姿は、まるで、今までの利用者を憎んでいるかのようだった。
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高校を卒業した日。
「おめでとう!!記念日だね!!セーブする?」
「別に写真に残すからいらねーわ。あれ、お前写真に写らねーのかよ。仕方ねーなあ、ほらじっとしてろ。ここに似顔絵書いてやるから。」
大学を卒業した日。
「卒業おめでとう!しゅせき?ってすごいね!!セーブする!?」
「するまでもないっつーの。相変わらずお前以外に友達いねーし。」
「女の人はいるじゃん!!」
「あれはカノジョ。友達はお前だけ。」
「やったー!」
仕事に成功した日。
「やったね!これってすごいことなんでしょ!?セーブする!?」
「別にいいよ。また成功させるし。ほら、飲みに行くぞ。焼き鳥食わせてやるよ。」
「わーい!」
契約に失敗した日。
「……へーき?」
「こ…こたえたー…ちょうおこられたわ…しにてー…」
「…ロードする?」
「別に失敗なんてこれが最初じゃねーし…最後でもないだろ…」
「じゃあ、セーブする?」
「殺す気か!?」
結婚した日。
「幸せだね!セーブする!?」
「良いからブーケ取れよ!ほら、もう投げたぞ!?」
「あ!まってー!」
子供が生まれた日。
「かわいいねぇ!」
「ああ。百合って名付けた。」
「私とかぶってるじゃん!!」
「被ってねーよ。どうせそれは捨てる名前だろ?」
「ぶーぶー!…あれ?この子、私が見えてるね!」
「え、まじか!?」
「こんにちは!私はユリ!よろしくね、百合ちゃん!」
子供が結婚した日
「セーブする?それともロードする?」
「大丈夫。こんな辛いこと一回で良いよ。」
「泣いてるの?」
「嬉しいんだよ。」
病気になった日。
「ねえ、ロードしよ?ロードして、元気になる方法探そうよ!」
「ぜってーしねー。なんならセーブしてやろうか。上限いっぱいまで。」
「なんでだよお!死んじゃやだよ!私達ともだちでしょ!?」
「ああ、友達だ。」
「じゃあ…なんで…!」
「友達だからだ。ほら、見舞いのバナナでも食ってろ。皮剥いてやるよ。」
最後の日。
「お父さん…。」
「百合…。お前を愛している…。お母さんを…頼む…。」
「ひろくん…ひろくん…!」
「ユリ…頼むわ…最後の頼み、聞いてくれ。」
「良いよ!?ひろくんの願いなら何でも聞くから!言って!!ロードする!?美味しいジュース飲みたい!?お花持ってきてあげようか!?」
「セーブして、くれないか。」
「…っ!!」
「今が一番…幸せだあ…。」
お葬式の日。
私はお友達を見送って、あの学校に向かっていった。
私はセーブ妖精だから。セーブするのが仕事だから。
でも…もう学校は、残ってなかった。
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「ユリさん…。」
「……あれ百合ちゃん…?お葬式は、もういいの?」
「はい。もう大丈夫です。父も無事に逝けましたから。」
「そっかー…ひろくん、ひどいよね。もう私、ロードしたいって思えなくなっちゃったよ。」
「…そうですね。」
「ひろくん…!ひろくん…!ひどいよぉ……!!なんでセーブさせたんだよぉ!!」
「ユリさん…お願いがあります。」
「………なぁに?セーブしたいの?」
「もうすぐ、私にも子供が生まれるんです。」
「……え?」
「男の子なんです。お父さんから名前をもらおうと思ってます。」
「ひろくんの…孫?」
「お願いします。私の子供と、お父さんの孫の――
――友達になってくれませんか?」
セーブしたかったのは、お前との友情だ。
そんな臭いこと、言えるかよ。