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一郎君としゃくとり虫君は再会する。

作者: 東


 人の手が加わった盆地に僕は住んでいる。

 山々に囲まれたこの地域は、まさに世間一般の人々が思い浮かべる『ド田舎』といったところ。



 僕の名前は中山 一郎。

 この村にある分校に通っている中学2年生だ。

 中学2年生とはいっても、名前だけのようなものなのだが。



 なんせ、ここは村なのだ。

 同級生など5人もおらず、分校を出れば実家の畑を継ぐ未来が待っているため勉強などモチベーションがでない。

 僕はやりがいを感じない中学校生活をすごしている。



 家族もそれをわかっていてか、遊びほうける僕に対して口だししてこない。

 唯一母ちゃんだけは、



 「こんなくたびれた村に居ても未来はないんだから、街で暮らせるように勉強しなさい」



 と言ってくるのだが、まあ無理な話だろう。

 なんせ分校に通ってから、まともにペンすらとっていないのだから。



 そんなどこか諦念に満ちた日々を送る僕の前に、アイツは現れたんだ。



 「おい一郎。キャベツくれないか? お前の家、でっかいの育ててたろ?」



 小さくて細いシルエット、茶色一色のボディ。

 


 そう、しゃくとり虫である。

 あの薄汚い青虫みたいなヤツ。



 正式名称なんて知らないが、言葉を話すしゃくとり虫が現れたんだ。

 最初はとまどった。

 なにか危ないキノコでも食っちまったかと思ったよ。

 でも、そうじゃなかった。

 寝ても覚めてもアイツはいるし、話しかけてくるのだから。

 正直、気味が悪かった。



 「昨日葉っぱ1枚やったろ。もう食べきっちまったのかよ」

 「俺だって仲間がいるんだよ。そのなかにはガキもいる。食わせてやんなきゃいけねえ」

 「わかったよ、後で2枚くらい持ってきてやるよ」

 「助かる」



 でも、今はこんな風にくだらない話ができる間柄になっている。

 両親にバレないよう、家の裏で雑談するまでになったのだ。

 僕自身、同級生が少ない上に女子しかいなかったからだろうか。

 話し相手ができて嬉しかったんだ。



 しかも、このしゃくとり虫はかなり有能。



 「じゃあ礼にいいこと教えてやるよ。分校に住んでるモンキチョウから聞いたんだが、次の数学のテストの文章題の答えは『秒速4.7メートル』だそうだ」

 「おお、ありがとうな! 他の答えはわかんないか?」

 「それを聞くには追加のキャベツが必要だぜ」

 「後でもう2枚やるよ」

 「最後の答えは65だ」



 こんな具合で、大抵のことは野菜と引き換えに教えてくれる。

 おかげで成績は上がったし、母ちゃんからの小言も減った。

 話していても楽しいんだから、こんないいことはない。



 実際、しゃくとり虫と会ってから俺の村での生活はずっと楽しくなった。

 


 「なあ一郎、森にはフクロウの精霊がいるんだよ。ソイツはすげえ不思議なやつでさぁ」

 「どう不思議なんだよ」

 「すげえオーラをまとってる? っていうかなんというか。存在感があるんだよなあ。いつか見せてやりたいね」



 帰宅する度に愉快な話をしてくれる。

 僕の話もおもしろそうに聞いてくれる。

 そのうえで情報もくれるんだ。

 お互いに助け合う親友みたいで、心が豊かになっていく気がした。



 「なあしゃくとり虫、お前って名前とかないのかよ」

 「ああ、ないね」

 「じゃあどうやって仲間のことを見分けてるんだ?」

 「難しい質問だな。正直なところ直感、ってのもある」

 「直感なのか」

 「直感なんだよ」



 馬鹿馬鹿しい話しかしていない気がするが、それでもいいのだ。

 道ですれ違うじいさんやらばあさんから意味不明な人生論を聞くよりもよっぽど楽しいし、充実していたから。



 そんなある日、僕はしゃくとり虫に尋ねた。



 「しゃくとり虫、お前って青虫と違って蝶々にならないのか?」

 「ああ、蝶々ねえ。なれないことはないんだが、ちょっとばかしめんどくさいんだ」



 しゃくとり虫はそう言うと、糸のような体をくねらせ、蚊取り線香のような体勢になった。

 こいつと話してきてわかったのだが、これは『ああ、困ったなぁ』のポーズ。

 どうやら本当にめんどくさいらしい。

 だがこのしゃくとり虫、どうやら蝶になれるようだ。

 そうと分かってしまうと見てみたくなる。



 「キャベツを丸々1つやるよ。だから蝶々になってみせてくれないか」

 「んん、時期も時期だしな。しょうがない。いいぜ」



 うずまいていた体を気だるげに元に戻すと、しゃくとり虫はどこかへと去っていった。

 きっと近いうちに彼の新たな姿が拝めるだろうなと僕は思った。






 1週間が経った。

 しゃくとり虫はまだ姿を現さない。

 そりゃあそうだ。

 虫がサナギになってから孵化するまで、おおよそ3週間はかかるのだから。

 つまり、僕はどれだけ早くてもあと2週間は待たなければならない。

 アイツに「蝶々になってくれ」と言ったことを少し後悔しつつ、僕は暇をもてあまし始めた。




 1ヶ月が経った。

 しゃくとり虫はまったく姿を見せない。

 少し遅いな、と思う。

 それと同時に「鳥にでも食われてしまったのか」という恐怖心が出てきた。

 もしそうだとしたら、僕はしゃくとり虫ともう二度と会えないということじゃないか。

 楽しかった日々が頭を流れる。

 ただ1人の友達は、もういない。





 とうとう2ヶ月が経ってしまった。

 やはりしゃくとり虫は死んでしまったのだろうか。

 アイツを待ち続けているうちに俺は3年生になったのだが、味気ない日々を送っている。



 鮮やかに色付いていた景色から、色がぬけ落ちていく気分。

 それが喪失感だと気づくまで時間はかからなかった。





 そんな脱け殻のような日々に、ヤツは現れた。



 「やあ、一郎さん。ご機嫌いかがかな?」



 静かな夜の中、僕はホウホウという特徴的な鳴き声に呼び出されたのだ。

 扉をあけると、そこには体長1メートルはあるであろうフクロウが。

 しかもご丁寧なことに挨拶までしてきたではないか。

 これには思わず声をあげそうになったが、以前しゃくとり虫がこの鳥の存在について話していたため正気をとりもどす。



 「あぁ、あなたはしゃくとり虫が言っていた森の精霊なんですか?」

 「ほほぅ、そうです。彼から聞いていたのですか」



 森の精霊とはなにかの比喩表現かなにかだと思っていたが、考えを改めなければいけない。

 知性をうかがわせる瞳やその言動、なによりフクロウと言うには大きすぎる体躯は精霊のそれだろうと思った。

 フクロウが僕を指でさす。


 

 「あなたは今、姿を消した彼をお探しですね?」



 ああ、やはりか。

 先ほどからの発言からだいたい察していたが、このフクロウはしゃくとり虫の居場所を知っているらしい。

 僕は眠気をふりはらって答える。



 「はい! アイツが今、どこにいるのか知っているのですか?! でしたら教えてください! 僕は、まだアイツと話したいことがあるんです!」

 「ほっほっほ。そう感情的にならずともお教えしますよ。もちろん、代価はいただきますが」

 「なっ、代価がいるんですか」

 「それはそうです。この世はそんなに甘くありませんよ」



 フクロウはにたり、と粘着質な笑みを浮かべた。

 どうやら代価が必要らしい。

 精霊というより伝承できいた鬼や悪魔のような話だが、精霊といってもいろいろあるのだろうと無理やり納得しておく。

 このフクロウの言うとおり、そんなに世の中は甘くないのだ。

 この小さな村の中でもそのことを実感する機会は多い。



 「わかりました。一体何が必要なのですか」

 「判断が早いのはけっこうなことです。......私が求めるものは、一郎君。『あなたが作ったしゃくとり虫君との思い出』です」

 「なっ、それはどういうことです?」



 僕の作ったしゃくとり虫との思い出?

 それがなくなってしまえば、アイツと再会したにしても話が進まないじゃないか。

 それに思い出がすっぽりとぬけ落ちてしまえば、僕は居場所を聞いても探しに行かないかもしれない。

 そうなってしまえば本末転倒だろう。

 思案する僕を見ながら、フクロウはにっこりと笑顔を浮かべる。



 「大体あなたが心配していることはわかりますよ。大丈夫です、あなたには魔法をかけます。その効果でしゃくとり虫君と会えることは約束しましょう。そこからまた関係を作っていけば良いのですよ」

 「たとえそうだとしても、何故僕の思い出......記憶を要求するのです?」

 「ほっほっほ。それは私たち精霊のエネルギーになるからです。精霊とは人間たちの感情を食べて生きながらえる生物。その中でも濃厚な思い出は美味ですからねぇ」



 要約してしまうと僕の持っている記憶はうまいとのこと。

 だから情報を出す代わりに食いたいというのがフクロウの提案なのだが、はたして僕はうなずいてもいいのだろうか。



 フクロウの言うことが本当ならば、ここで自分の記憶と引き換えにしゃくとり虫を見つけたとしても僕はしゃくとり虫のことを思い出せないだろう。

 ひょっとしたら、言葉を話すアイツのことを気持ち悪がって潰してしまうかもしれない。

 しかし、これしか方法がないのも事実だ。

 しゃくとり虫がすでに死んでいたとしても、僕には確かめる術がないのだから。



 目の前の精霊に、すがってしまいたい自分がいる。

 だが、やはりそんなことはしてはいけない。

 しゃくとり虫は、虫とはいえ僕の親友。

 一方的な友情だったとしても、僕からアイツを裏切るなんて真似はできない。

 記憶の欠落した僕と会っても、しゃくとり虫は嬉しくなどないはずだ。



 ひんやりとした夜風を受け、決意が固まっていくのを感じた。



 「すいません。その提案はお断りさせていただきたいです」



 フクロウが一瞬面食らった顔を浮かべる。

 しかし、すぐに笑顔へと表情を切り替えた。

 その瞳の奥には、僕が提案を蹴ったことに対する疑問が見え隠れしている。



 「ほほう。それは何故です? あなたはしゃくとり虫君に会いたいのではないのですか?」

 「もちろん会いたいです。でも、アイツとは同じ目線で話をしたいんですよ。僕が一方的にアイツとの思い出を売ってしまえば、肩を並べて雑談できませんから......」

 「それがあなたの答えですか......」



 フクロウが諦めた様子で肩をすぼめる。

 その姿はどこか、悲しげな雰囲気をかもし出している気がした。

 そんなフクロウの背後から誰かが近寄ってきて――



 「ああ、本人の目の前で恥ずかしいこと言ってくれるじゃねえか。一郎よお......」



 現れたのは、虹色に輝く2対4枚の羽を持った蝶だった。

 蝶は腹部を蚊取り線香のようにくるくると曲げ、僕に語りかけてくる。

 


 このしゃべり方やフランクな空気、仕草。

 僕はこの蝶の正体を一瞬で理解した。



 「ああ、もうしゃくとり虫だなんて呼べないなぁ」



 ぽろぽろと零れる雫。

 いつの間にかフクロウは居なくなっていた。

 

 



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