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エロエス物語  作者: 青赤河童
一章 1人の物語
7/7

七話 帰還

 目を開けると見慣れた天井があった。それこそもう何年間も見続けた天井。

 その視界を遮るように人の顔がバッと覆いかぶさってきた。まだ幼さの残る可愛らしい顔。きゅっと結んだ口元に、ぱちくりとした目。その目元には小さな水滴が光っていた。

 その顔の主は勢いよく俺の体に抱き着いてきた。


 「心配したよ、兄さん!!」



**********


 

――『エル・ムンド』に来てから一週間。

 

 新しい世界にも慣れ、魔法もなんとなく操れるようになってきた。気楽で気ままな……というわけにもいかないが、日本での生活よりは確実に楽しい生活を送っていた。


 けれど、一つだけどうしても考えてしまうことがある。


 それは、元の世界のこと。というよりかは、元の世界にいる、ある人物のこと。この一週間、魔法の練習は楽しかったけれど、逆に言えばそれだけだった。異世界に来た割には刺激が少なかったのかもしれない。もっとバンバン敵を倒したり、仲間を増やしたりするものだと思っていたから。


 そのせいか、暇なときは考え事ばかりしていた。


 せっかく、別世界に来るという夢が叶ったのだから、元の世界のことを考えるなんておかしいのかもしれない。でも、彼とだけはもう一度話がしたいと思う。ここに来たのはあまりにも突然だったから、お別れも何も言えていない。

 別れなんて、いつでも唐突で、何気ない会話で別れてもう一生合わないのかもしれない。会えないのかもしれない。

 別れなんてそんなもんじゃないか。そう思っているならわざわざ別れを告げたいなんてばかばかしいじゃないか。

 そう思うけれど。でもやっぱり彼にだけは、いつも優しくそばにいてくれた弟にはこの世界から離れてでも言葉を伝えたい。


 そもそも、元の世界に戻れるなんて確証はない。それに、もし戻れたとしても、また『エル・ムンド』に帰ってくることなんてできないかもしれない。ここに帰ってこられなければまたあの地獄の日々が始まるのか、と考えるだけで体が震える。

 それでも、弟に会わなければ一生この悩みを抱え続けていくことになりそうで。


 自分の自由と弟。二つを天秤にかけ、悩みに悩んだ末……。


 弟を選んだ。


 アントニオさんには一度元の世界に戻れるか試してみたいと話した。もちろん、一度戻ってしまったらもうルセロ村には帰ってこれないかもしれないという可能性も含めて。

 でも、どうにかしてでも帰ってきたいと思うほどこの世界のことが好きだということも伝えた。

 そう思っているのならなんでそんなことをするのか、と聞かれたがそれには答えなかった。それに対して、アントニオさんは納得していなかったと思う。

 けれど。


「もう会えなくなってしまうのかと思うと寂しいですね。ですが、ユージさんが決めたことですので私がとやかく言うべきではないのでしょう」


神妙な面持ちでそう言ってから、いつものように優しい笑みを浮かべて。


「気を付けて行ってきてください。ユージさんの成したいことがことが成せれば良いですね」


 そう送り出してくれた。


『エル・ムンド』に来てから一週間目の夜。

 一人静かに聖堂の中へと入る。中は月明かりに照らされて、昼間とはまた違った印象を受ける。それでも幻想的なことには変わりがなくて、一瞬目の前の光景に目を奪われた。

 月明かり差す幻想的な空間を歩き、最奥にある壁画の前までやってきた。


 壁画の前で立ち止まり、最後にもう一度考える。

 本当にこの選択で良かったのか。後悔しないのか。やっぱり戻らないほうがいいんじゃないか。

 直前になって悩んでしまう自分を情けなく思ってしまう。


 それでも覚悟を決めて、手を伸ばす。壁画の中央――魔法陣が描かれているであろう女神の胸元めがけて。


 目的の場所に触れたと同時、目の前が白く染まった。



**********




 抱き着いてきた弟の真人まなとをゆっくりと引きはがす。


「いきなりビックリするだろ」

「ごめん。でも急にいなくなって死んじゃったのかもと思ったら心配で。そしたら昨日の朝この部屋でドンッって何か落ちたような音がして見に来たら兄さんが倒れてて。全然目を覚まさなくて。死んじゃったのかと思って」


 真人は半泣きになりながら早口で言葉を紡いだ。そうとう心配してくれたのだろうというのが伝わってくる。


「それはごめん」

「どこ、行ってたの? 一週間も……」

「ちょっとな」


 異世界に行ってたなんて言ったら、真人は今以上に取り乱してしまいそうで言うのをやめてしまった。そもそも異世界にいたなんて信じてもらえるかわからない。

 目線を真人から外した流れで、部屋にある時計を確認する。置き型のデジタル時計には7:31と表示されている。


「二人は?」

「父さんと母さんならもう仕事だよ」


 二人というだけで両親のことだと察してくれた。

 真人は優秀だ。勉強もスポーツもできる。俺とは違って両親にも期待されている。俺が怒鳴られたり、殴られたりして部屋に籠っているとよく部屋の中に入ってきて寄り添ってくれる。それくらい優しい性格でもある。

 そんな非の打ちどころのない真人と自分を比べて惨めになったり、真人に嫉妬したりした。弟に慰めてもらっている自分が恥ずかしいと思うこともあった。そのせいで八つ当たりしたこともあった。

 それでもずっと寄り添ってくれていた。体も細く、内気な部分もあって、支えとしては少々心もとないところもあるけれど、俺にとっては最高のよりどころだった。

 そんな真人を久しぶりに見て俺も少し涙が零れそうになる。


「今日は二人とも遅くなると思う。それで兄さん、僕もう学校行かないといけなんだ……。なるべく早く帰って来るからちゃんと話聞かせてね。……どこにも行っちゃダメだよ……?」


 最後は心配そうに俺を見ていた。

 そんな顔しないでくれ、今はどこにも行かないから……。



 

 夕方。

 自室の扉がガチャっと開いた。


「ただいまっ! 兄さん!」


 走ってきたのか真人は息が上がっていて、頬も紅潮している。


「おかえり、真人」

「良かったぁ」


 安堵の表情を浮かべ、真人は力が抜けたようにヘナヘナとその場に座り込んだ。よっぽど心配していたようだ。俺のせいで、すまないと思う。


「兄さん、話聞かせてもらうよ」


 真人は座り込んだ状態から、はいはいをして俺の座っているほうへとやってきた。


「わかったよ」


 俺は覚悟を決めて話し出す。

 今日家に一人でいる間、ずっと考えていた。どう話すか。そして、『エル・ムンド』について話すかどうか。

 考えた末、全部話すことにした。この一週間のことを。

 別れを伝えに来て、ごまかして話すのは無理だと思ったし、真人だけには全て伝えておきたいと思ったから。


 にわかには信じられないような俺の体験談を、真人は俺の話を真剣に聞いてくれた。


 話し終わると、真人は何かを考えるよう俯いた。そして、俺の目をじっと見つめてくる。


「兄さんは向こうの世界で生きたいの?」

「……うん」

「それは……そうだよね。こんな家には居たくないよね」

「……うん」


 俺を見つめている眼光の強さとは裏腹に、真人の言葉は弱々しかった。そして、次に発した言葉はもっと弱々しかった。


「なら、僕も……行きたいな……なんて」


 そんなことを言われるなんて思ってもみなかったからビックリした。


「どうしてだ?」

「いや、やっぱいい、なんでもないっ」


 真人は前言撤回と、慌てたように両手と首を横にブンブンと振った。


「そうか」


 本人がやっぱりいいというのだ。真人の発言の真意について俺はあえて追求せずに相槌だけを打った。

 真人にこれまでの経緯はあらかた話した。両親が帰ってくる前に、早くここを去ろうと思い、俺はゆっくりと腰を上げる。


「じゃあ俺は帰るよ」

「えっ、もう行くの? もう少し話そうよ。何の話でもいいからさ」

「ごめん。二人が帰ってくる前には帰りたいからさ……」

「……そう、だよね。でも、まだ戻れるかわからないんでしょ?」

「うん。だけど、またこの家に戻ってこれたし、今なら帰れる気がする。ただの勘だけど」


 心配そうに見つめてくる真人に、俺はニッと笑って見せる。


「もうこのままずっと会えなくなるかもしれないから最後に言いたいことだけ言わせてくれ」


 俺は真人の目を真っ直ぐ見つめて口を開く。


「真人、今までずっとありがとな。誰かにそばに居て欲しい時、慰めて欲しい時、そんな肝心な時に真人はいつも隣にいてくれた。すごく嬉しかったし心強かった」

「……うん」


 真人は大粒の涙を流しながら俺の言葉を聞いている。


「俺が八つ当たりしても、真人は俺を見捨てなくて。こんなダメな兄に最後まで付き合ってくれて本当にありがとう」

「……うん」

「真人は俺みたいになるなよ」


 そう言って俺は真人の頭に手を置き、くしゃくしゃと頭を撫でる。真人は俺になされるがままになっていた。

 ひとしきり撫でて俺が頭から手を離すと、真人がその手を握ってきて自分の額にくっつけた。真人の手は優しさと温もりで溢れていた。


「兄さんが幸せになれるなら僕は嬉しいよ。今までたくさん辛い思いをしたんだもん。正直、会えないのは寂しいけど、兄さんが辛い生活から解放されるなら僕はその選択を受け入れるよ」


 真人は必死に、一生懸命に伝えてくれた。最後に、僕のこと忘れないでね、と言って俺の手を離した。

 それから二人見つめ合い、ニッと笑い合った。


 これで俺がここに戻ってきた目的は達成した。


「じゃあな」


 別れの言葉を告げ、俺は真人に背を向ける。そして、魔法陣が書かれているノートを広げた。

 これでさよならだ。この家とも世界とも。それから、真人とも……。

 これが俺の選んだ道。『エル・ムンド』で自由な生活を送るんだ。

 決意を新たに、『エル・ムンド』に通じているであろう魔法陣に手を伸ばし、触れた。


 過去二回と同じ光景が目の前に広がった。


 「またね」


 それと同時に真人の声が聞こえて、俺の意識はなくなった。



ここまで読んでくださりありがとうございます。

この話で1章「1人の物語」完結です。2章ではエルフの姉妹が登場します!

次話以降もよろしくお願いします!


ブクマや評価をしていただけると幸いです。

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