六話 魔法
『エル・ムンド』に来て二日目の午後――
「では、やってみますか」
俺が目覚めてからそのままの流れで自室となった部屋で、いよいよ魔法を使うことになった。
期待と不安で、心臓が飛び出てしまうのではないかと思うほどバクバクしている。
「ユージさんの世界には魔法はなかったのですよね」
「はい、まあ」
実際にはフィクションの中で存在はしているけれど。
「今更ですが、ユージさん自身が魔力を備えているのかどうかということ自体まだ分かっていませんでしたね。もし、魔力がなく、使えなかったらすいません」
申し訳なさそうに言うアントニオさんは、「と言うのもですね」と続ける。
「この魔法石は、自身が持っている魔力を石に流し込むことで、石の中に溜まっている魔力が反応して初めて使えるようになっているのです」
本当にもし使えなかったらショックすぎる。魔法が使えない異世界とかつまらなすぎるだろ。
そう思うものの。
「いえ、使えなかったら使えなかったで仕方ないです。諦めます」
本音は言えない。
「兎にも角にも、まずは挑戦してみなければわかりませんからね」
仕切り直しというようにアントニオさんは言った。
そうだ。まだ使えないと決まったわけじゃない。希望を持って、とりあえずやってみよう。
「初めて使うときに何かあっては困るので、今回は暗石を使ってもらいますね」
「なんでこれなんですか?」
俺は暗石を指して問う。
「これは火石や、氷石に比べたら、流し込む魔力量を間違えてしまっても、あまり害はないですので。それに、実をいうと暗石は使い道がほとんどないので一番安いのですよ。ですので、まずはこれで練習してみましょう」
需要によって石の値段も変わってくるのか。面白いなと思う。
今回の場合はもし失敗しても、一番安いものなら無駄な出費になってしまったという罪悪感も薄くなって良いかもしれない。
でも、なるべく一発で成功させたいな。そのほうが格好もつくし、金銭的な迷惑もかけないし。
そう思いながら、俺は早速アントニオさんに魔法の使い方を教わりながら、練習を始めた。
「まず、石を握ってください。そして、自身の魔力を石に流し、それと合わさった石の魔力を石から押し出すように。それから、出したい魔法の形と量を想像してください。」
アントニオさんも同様の動作をしながら見本を見せてくれる。
「最初は、小さな石をうまく包み込めたら成功にしましょう」
アントニオさんは普通の小さな丸い石を手に取り、机に置いた。それから、流れるような動作で、その石を黒い霧みたいなもので包んだ。
それを確認した俺は、片手の中にすっぽりと納まるほどの小さな暗石を握り、言われた通り想像する。的である石を包み込むような形と量を。そして、自分の中に存在するかどうかもわからない魔力とその流れを。
目を閉じる。石を握る手に力が入る。すると、石を握っている右腕から何かが流れていくようなそんな感覚がした。
出たっ……。
何となくそんな気がして目を開ける。
――真っ黒だった。
視界に入るものすべてが黒かった。自分はまだ目を瞑ったままなんじゃないかと思うほどに。
どうしていいのかわからずに右往左往していると、明かりが近づいてきて手を引っ張られた。しわしわだけれど、確かな厚みのある手に引っ張られ歩いていくと、ぱぁっと視界が白くなる。俺は思わず目を瞑ってしまった。
「大丈夫ですか」
その声に目を開けると、アントニオさんが心配そうに俺の顔を覗いていた。
「大丈夫です。少し目がチカチカしますけど」
「そうですか。それにしてもあれほどの魔法が放出されるとは思いませんでした」
アントニオさんは俺の後ろに目を向けた。その目には驚きの色が宿っている。
その目線を追って後ろを振り向くと、部屋の中央が、その空間だけ無くなってしまったかのように真っ黒だった。
「どうやらユージさん自身にも魔力があったようですね。」
「はい。でも、制御できなかったみたいですね。……失敗、ですよね」
俯きながら言う俺の背中をアントニオさんは優しくさすってくれる。
「失敗ですが、魔力がある以上練習すれば上手くなりますよ」
「……頑張ってみます!」
魔法をうまく扱えなかったことに、やや落胆しながらも、気合を入れなおして前を向く。
「ユージさん、今使った魔法石を見せてもらってもよろしいですか?」
「いいですよ」
俺は右手に握っていた暗石をアントニオさんに手渡す。すると、石が割れて破片が数欠片、手から床にこぼれ落ちた。
「魔力切れですね。爪ほどの大きさの石ならばともかく、通常この大きさの魔法石を一回で使い切ることはできないのですが……。ユージさんはもしかしたら膨大な魔力をお持ちなのかもしれません」
たぶん、魔法石は電池みたいなものなんだろう。一気に大量に出力すればすぐ無くなる。逆に、少しずつ出力すれば長い間使っていられる。
今回使った石は五百円玉くらいの大きさの、片手で軽々と握り切れるものだった。どれほどの魔力がその中に備わっていたかはわからないが、アントニオさんが驚いているくらいだから俺はすごい力の持ち主なのかもしれない。
異世界王道まっしぐらか? などと考えていると。
「とりあえず、残りの二つの石で練習しましょうか。もし、もっと必要でしたら明日にでもまた買いましょう」
と、アントニオさんに提案された。その言葉に頷いて、いつの間にか暗闇が消え去った部屋に戻り、魔法の練習を再開した。
結果、デジャヴを二回見た。
魔法を完全に操るにはまだまだ時間がかかりそうだ。