五話 商店
『エル・ムンド』に来て二日目。
今日はルセロ村を見て回ることになった。
「昨日も言いましたが、この村の者は他の国や町の者を毛嫌いする傾向がありますから、ユージさんも気を付けてください」
アントニオさんによれば、ルセロ村は小さい村のため、村民のほぼ全員が顔見知りで身内意識が強いらしい。だからよそ者は冷ややかな目で見られることがあるとのことだ。これは昨日、「村を見てみたい」と言ったときにも言われた。念のためにともう一度言ってくれたのだろう。
「わかりました」
俺の返事にアントニオさんは満足そうに首を縦に振った。
建物から出ると、暖かな日差しとそよそよ吹く風が気持ちよかった。この元孤児院は村の中心より外れた小高い場所にあった。
俺とアントニオさんは村の中心を目指して歩き始めた。緩やかな下り坂をゆっくりと歩いていく。のどかな雰囲気で心地よい。都会ではなかなか味わうことができない穏やかさに酔いしれながら歩いていると、ものの数分で目的地へと着いてしまった。道中、家が数件あっただけで、人とすれ違うことはなかった。さすがに小さい村だな。
村の中心は商店街のようになっていた。村外へと続く一本道の両端で、様々なものを売っている。
村の中心ということもあって、ここには人がいた。店の人はもちろん、通行人も。その人たちは訝しげに俺のことを見ている、気がする……。というのも周りの人の顔が見れない。もし、アントニオさんの言うように冷ややかな目で見られてしまうのだとすれば、あの両親の目を思い出してしまうかもしれない。そう思ったから。
少しうつむきがちに俺はアントニオさんの後ろにくっついて歩く。
するとアントニオさんは、一軒の店の前で足を止めた。そこは八百屋だった。縁日の時によく見る出店に野菜が並べられていた。
「いらっしゃい。アントニオさん」
豪快に口髭を生やした中年の店主がアントニオさんを見てを声をかける。そして、その目線はそのまま横にいた俺へと向けられた。
「こいつは?」
当然の疑問。それに対してアントニオさんが答える。
「一昨日、家の近くで倒れているのを見つけたんですよ。行く当てもなく困っているようでしたので。私たちの家に住まわせているのですよ」
昨日決めた設定。村の人に、「お前は誰だ」と聞かれたらこう答えるというのをアントニオさんの提案であらかじめ決めていた。
「どこのやつだ?」
そう問う店主の目は俺に向けられていて、その目には敵意のようなものが感じられた。体がビクッとした。怖い。両親から向けられていた眼差しを思い出しそうで。
「それが、記憶がないらしいので、わからないのです」
ずっと固まったまま店主の問いに答えられないでいると、アントニオさんが答えてくれた。今のは明らかに俺に対して聞いてきたので俺が答えるべきだったのに。体が固まって口を開くことができなかった。
でもこれも昨日決めていた答えだったから助かった。記憶がないといえば、何とか受け入れてくれるかもしれないという安直な考えで決めた設定。
「そんな奴置いといて大丈夫かぁ?」
威圧的な態度で言われてしまえば、やっぱり受け入れてくれるのは難しいかもしれないと思ってしまう。
「多少の不安はありますが、困っている人を見捨ててはおけませんので」
「そう言って、他所から困ってる子供拾ってきて。孤児院やってる時だって、白い目であんたのこと見てるやつ、いっぱいいたんだぞ」
「それは重々承知しているつもりです」
アントニオさんは困ったように笑っている。
アントニオさんが村の人から白い目で見られているなんて知らなかった。それでも孤児院を続けていたなんて、どこまで優しい人なのだろう。
「迷惑をお掛けするつもりはありません。なので、大目に見ていただけると嬉しいです」
アントニオさんは目を細め、優しい顔でそう言った。
「お、俺からも……お願い、します」
絞り出した声は小さすぎて、店主に届いたかはわからない。
それでも、店主は俺に目を向けると、先ほどまで見せていた威圧的な態度を崩した。
「まあ、アントニオさんがいいなら俺はいいからよ。他の奴らより、俺は他所の奴に敵意とかないつもりだしな」
さっきまで出していた威圧感は敵意じゃなかったのかと思わなくもないが、今の表情からは敵意は感じない。
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます」
アントニオさんと俺の言葉を受け取った店主は少しだけ顔を綻ばせた。
それから、野菜を数種類買ってから店を後にした。
「さっきはあんまり話せなくてすいません」
「いえ、大丈夫ですよ。少し怖かったですからね。普段はもっと優しくていい方なんですよ」
あの怖い面が普段の顔ではないらしい。
次に店に行ったときはもう少ししっかりと話してみようかな。
八百屋の次は服屋だった。
八百屋とは違い出店ではなく、地面に布を敷いてその上に商品を並べている。
「おはよう。アントニオ」
「おはようございます。ホセ」
フランクに話しかけてきた店主はホセという名前らしい。話しぶりから察するに、仲がいいようだ。
ホセさんは髪が側頭部しか生えていなくて、歯も数本ないところが見えた。
「昨日買っていった服はこの子のかい?」
「ええ、そうです」
「なかなか似合ってるねぇ~」
今日俺が着てきた服は、昨日アントニオさんが買ってきてくれたもので、ただ単にTシャツとズボンだけなのだが、ホセさんは褒めてくれた。褒められて悪い気はしない。しかも、そう言ってくれた時の目はとても優しかった。
「ありがとうございます」
さっきとは違い笑顔ですんなりと言うことができた。
「今日も何か買っていくのかい?」
「ええ、今日も彼の服をと思いまして」
「えっ、また買ってもらえるんですか?」
「これから生活していくのに、一着では足りないですよ」
「いや、でも、申し訳ないというか何というか」
「アントニオの優しさに甘えときな、坊主。こいつは子供のことが好きだからな。甘やかしたくなるんだよ」
ホセさんの言葉に従ってここはアントニオさんに甘えることにした。けどやっぱり申し訳ない。こんなにも世話をしてもらって。でも、世話をしてもらわないと、どうやってここで生活していけばいいのかもわからないわけで。
いつか、お返しができたらいいな。
結局、上下の服や下着を三セット買って服屋を後にした。
「ホセは古い友人でして、ユージさんのことを話しても受け入れてもらえました」
「そうなんですね。優しそうな人でした」
「ええ、彼は優しいですよ。もし何か困ったことがあったら、彼を頼ってみてもいいかもしれません」
「わかりました。ホセさんのこと覚えておきます」
この村の全員が全員、よそ者に対して冷たいわけではない。俺のことを受け入れてくれる人がいる。それがわかっただけでも少し気持ちが楽になった。
そう思うと、顔を上げて歩けるようになった。
右に左に商店街を見ていると、ある店に目が言った。
それは、石がたくさん置いてある店。たぶんあれはアントニオさんが言っていた、魔法の石だ。
「あの、あそこのお店見てもいいですか?」
「いいですよ」
店に行ってみると、七種類の石が売られていた。
じろじろと興味津々にその石を見ていると。
「どれか買いましょうか」
と、アントニオさんが言ってくれた。
「いいんですか」
「いいですよ。ユージさんは魔法のことになると見違えるように顔が華やぎますからね」
ふふっと笑うアントニオさんを見て俺は恥ずかしくなってしまう。
でもやっぱり、魔法という未知のものにはテンションが上がってしまう。
「では、暗石を三つください」
アントニオさんが言うと、店主は無言で石を渡してきた。その目は冷ややかで明らかにこちらを敵視している。
今までずっと石に気を取られて気が付かなかった。もしかしたら、ずっとこんな目で見られていたのかもしれない。そう思うと少し体が震えた。
買い物が終わり、行きに通ってきた道をそっくりそのまま引き返す。帰りは緩やかな上り坂。
「午後は、試しに魔法を使ってみますか」
「はい!」
道中、アントニオさんからそんな提案を受けてから気分が高まっている。早く魔法を使ってみたい。そう考えれば考えるほど足は早まる。
いつの間にか強くなっていた陽の光を背中に浴び、薄っすらと汗を滲ませながら帰宅の途に就いた。