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エロエス物語  作者: 青赤河童
一章 1人の物語
2/7

二話 転移

「んっ……」


 俺はゆっくりと目を開ける。もう少し寝ていたい。そう思ったけれど、目に映っている景色に若干の違和感を覚えて、辺りを見回してみる。

 ベッドに仰向けの状態で横たわっていた自分の体を、九十度左に動かして部屋の中を観察する。


 部屋の中央に置かれた机の上に、ランタンが置いてあり、それが部屋の中をうっすらと照らしていた。

 部屋を見て一瞬でわかった。ここは自分の部屋ではない。

 十畳ほどの部屋。机の他に、椅子とタンスが一つずつ。そして、自分が今寝そべっているベッド。なんとも簡素な部屋だった。

 自分の部屋も簡素といえば簡素だったが、明らかに家具が別のものだし、配置も全然違った。


 ざっと観察し終え、もう一度体を仰向けの状態に戻した。そこで俺はつい先ほどの出来事を思い返してみる。

 いつものように魔法陣を書いていて、一つの魔法陣を書き上げた瞬間、目の前が白に染まった。そして、何かに引っ張られるようにして体がもっていかれた。一瞬の浮遊感があった後……。そのあとの記憶は、さっき目を覚ました時の光景だった。


 本当に別世界に来てしまったのだろうか。そんなことが本当にあり得るだろうか。

 答えの見つからない疑問が頭の中でぐるぐると回っている。


 しばらく考え込んでいると、窓から光が差し込んできた。その眩しさに思わず目を細めてしまう。

 それと同時に、ノック音が部屋の中に響いた。

 数秒の沈黙ののち、部屋のドアが開いて誰かが部屋の中に入ってくる気配がした。


 誰だろうか。


 俺は仰向けの状態だった体を上半身だけ起こし、気配のするほうへ顔を向けた。けれど、まだ目が明るさに慣れていなかったから、その気配の正体をしっかりと確認することはできなかった。


「おはようございます」


 そう声をかけられたところで、俺の目はようやく正常を取り戻した。

 目の前にいたのは白髪に白髭を生やした老人だった。顔にしわは見られるものの、はっきりとした顔立ちで、姿勢も背筋が伸びてしっかりとしていた。


「目覚められたのですね」


 微笑をたたえ、優しい声音こわねで老人はそう言った。そして、机にあったランタンを手に取り明かりを消した。


「体調はいかがですか? 丸一日寝ていたのですよ?」

「まる……いちにち……」


 そんなに時間が経っていたのか。少し驚いた。

 体調を確認してみるが、特に変に感じることはなかった。強いて言うなら少し腹が減っていることだろうか。


「体調は……えぇ、大丈夫そうです。」

 とりあえず、そう返事をしておく。

「そうですか。それは良かったです。じきに朝食が出来上がります。良ければ一緒に食べませんか?」

「はい」


 心の声を読まれてしまって少しビクっとしたが、一言そう返事をすると、老人はまた微笑んだ。


「では食卓に行きましょうか。立てますか?」

「はい、大丈夫です」


 俺はゆっくりとベッドから降り、老人の後ろについて歩き始めた。

 そこでふと天井を見上げてみてさっき感じた違和感に気が付いた。いつもいる自分の部屋よりも天井が高かった。天井の高さで違和感を覚えるとかどんなだよ。自室に引きこもりすぎだろ俺……。

 まぁ……仕方がなかったんだけど……。

 一瞬にして暗くなりかけた自分の感情を無理やりにでも忘れるため、ぶんぶんと頭を振る。


 老人に続いて部屋を出て、すぐ左にあった階段で下に降りる。途中に踊り場を挟んで下の階に降り立った。

 正面には大きな木製の扉があった。老人はそこには入らず手前で右に折れ、廊下を歩き続けた。


 一軒家にしては大きなところだな。部屋がいくつもあって、廊下も長い。廊下を歩きながら左を見ていたら、たくさんの草花が植えてある庭があった。

 朝日を浴びて光っている植物はとても綺麗だった。


「こちらです」


 庭に気を取られていたら老人に声をかけられた。

 老人はある一室の扉をあけながら、俺にそこに入るように促していた。

「ありがとうございます」

 一声かけて部屋の中に入った。


 その部屋の中央には大きな楕円形だえんけいのテーブルがあって、椅子が十数個置かれていた。そして、入り口から見て左の奥にはキッチンがあった。

 キッチンには一人のおばあさんが居た。白髪のボブカットで少し腰を曲げながら、せっせとキッチンの中を行ったり来たりしている。おそらく朝食の準備をしているのだろう。


「こちらに座ってください」


 部屋の扉を閉めた老人は、キッチンに一番近い席の椅子を引いて俺に座るように言った。誕生日席のような位置に少しためらったけれど、老人の待つ席にそのまま座った。

 この人は扉を開けてくれたり、椅子を引いて待っていてくれたり、とても親切で気の利く人だな。


「あら、その子、起きられたのですか?」

 俺に気がついたおばあさんがキッチンから声をかけてきた。

「あぁ、今見に行ったら起きていたよ。体調も大丈夫というからね、連れてきたんですよ」

「じゃあ、その子の分も用意しなければいけないねぇ」

「よろしく頼みます」

「はいはい」


 そう言うとおばあさんはまたせっせと朝食づくりを始めた。

 俺のためにわざわざというのは少し申し訳ない気持ちになってしまった。


「では、朝食ができるまで、私たちは少し話でもして待っていましょうか」

 そう言って老人は俺から見て左前の席に腰を下ろした。

「まだ名乗っていなかったですね。私の名前はアントニオ、キッチンにいるのは家内のマリアです。君の名前も教えてもらってよろしいですか?」

 外国人の名前だな。外見も含めて日本人という感じはしなかったから普通といえば普通だけど。


雄治ゆうじです」


 とりあえず俺も名乗っておく。フルネームで言えば良かったけれど、名乗る直前に家族の顔が浮かんでしまって何となくやめた。


「ユージさんですか? 珍しい名前ですね」

「そうですか? 普通の名前だと思いますけど……」


 普通ではないのだろうか。日本にゆうじさんはいっぱいるだろう。


「いえいえ、珍しいですよ。……やはり、ユージさんはここではないどこか別の場所にいた方なのでしょうか?」


 どういうことだろうかという意味を込めて俺は首を傾げた。


「ユージさんは昨日さくじつ、私の前に突然現れたのです」


 まだはてなマークの取れない俺にそう切り出し、アントニオさんは昨朝さくちょう目にした光景を語り始めた。


「私は毎朝、神様に祈りをささげるのが日課なのです。先ほど少し前を通りましたが、大きな扉があったでしょう? あの中は聖堂でして。聖堂といっても大したものはなく、最奥さいおうに壁画が描かれているだけなのですが……。その壁画の前で毎朝祈りをささげているのです。昨日さくじつもいつも通り祈りをささげていたのですが、その壁画の一部が光ったのです。その光は徐々に強くなり私は咄嗟とっさに目を瞑りました。それから、目を開けると壁からユージさんが出てきたのです。」


 アントニオさんはそこで一呼吸おいてから言葉を続けた。


「とても不思議な出来事で未だにあまり信じられていないのですが、他国のものならこのような芸ができるのかと、そのように今は考えています。だからお聞きしたいのです。ユージさんはどこから、なぜ壁から出ていらっしゃったのかを」


「私も気になりますねぇ。主人の言っていることも、どうも私は信じられませんし」


 アントニオさんがひとしきり話し終えると、マリアさんが朝食を手にテーブルへとやってきた。

 焼いた丸いパンに、肉と野菜の入ったホワイトシチューのようなもの、それから赤い果実がテーブルの上に並んだ。

 おいしそうな匂いに腹がぎゅるっと少し鳴ってしまった。


「それじゃあ、冷めないうちに食べましょうね。ユージさんも遠慮なく食べてください」

 ふふっと笑いながらマリアさんにうながされてしまった。恥ずかしい……。その感情を隠すように控えめに手を合わせ、小さな声で「いただきます」と言って朝食に手を付けた。


 ホワイトシチューのようなものを少し口に含むと一気に体に染み渡って、はぁ~という息が漏れてしまった。

 アントニオさんによれば俺は丸1日眠っていたことになるから、久々の食事だ。それも相まって、食事が進みまくる。


「話が途中になりましたが、実際のところはどうなのでしょうか?」


 黙々と食べているとアントニオさんが先ほどの問いの答えを求めてきた。食事に集中していて話の途中だということをすっかり忘れていた。申し訳ない。

 一度手に持っていたスプーンを置いて俺は口を開く。


「俺も、よくわかりません。……一つお聞きしたいのですが、ここは何という国なんですか?」


 正直俺にも本当にわからない。だからとりあえず頭に思い浮かんだ質問をしてみた。ここが別世界だという証拠が何かしら欲しい。


「ここはスパーニという国です」


 知らない国だ。


「じゃ、じゃあ日本という国はご存じでしょうか」

「にほん、ですか。私は聞いたことがありませんね。マリアはどうですか」

「いや、知らないねぇ」

 アントニオさんもマリアさんも首を横に振る。


「あ、あのじゃあここに魔法、とかってあります?」


 思い切って核心をつく質問をしてみる。

 けれど、別世界であってほしいという期待と、もし魔法がなかった場合ただ変な質問をしたやばいやつだと思われないかという不安で声が少し上擦ってしまった。

 異世界物の定番。二次元と三次元の明らかな違い。魔法があれば、ここが別世界だということはほぼ確定だろう。


「ありますよ」


 淡白な答えに一瞬思考が停止した。

 それから脳内でアントニオさんの言った、ありますよ、という言葉が反芻はんすうした。


 ありますよありますよありますよありますよありますよありますよありますよありますよありますよありますよありますよありますよありますよ。


 えっ!?あるの!よっしゃ!


 驚きと嬉しさが同時にこみあげてきた。

「大丈夫ですか?」


 しばらく黙ってしまっていたら、アントニオさんが心配そうにこちらを少しのぞき込んでいた。


「あ、は、はい、大丈夫です」


 全然大丈夫じゃない。声が震えてる。ずっと願ってきた別世界。ついにたどり着いた。望み続けた世界がここにある。まだあまり実感は持てないけれど、とても嬉しかった。そして、何年も書き続けてきた魔法陣に意味があったことも同時に嬉しかった。

 そこで少し冷静になって、そういえばと思い出した。


「あ、その、壁から出てきたというのは俺にもよくわからないですけど、俺はこの世界の人間ではないと思います。別世界から来たものだと思います」


 まだ質問に答えていないと気づき、複数の質問の末に導き出した可能性をアントニオさんとマリアさんに伝える。


「この国の名前は、俺がいた世界にはない国の名前です。魔法もないですし。たぶん俺は別世界から来た人間だということだと思います」


 なんか同じようなことを二回言ってしまった気がする。でもまだ戸惑いも残ってるからしょうがない。……どうでもいい言い訳だなこれ。


「別世界ですか? 他国ではなくて? そのようなものが存在するのでしょうか?」

「俺も実際にあるとは信じ切れていなかったんですが、俺のいた世界ではフィク……、創造の中の世界でならそういった考えがありました」

「そうですか……私はまだあまりよく理解できませんね」


 アントニオさんは少し困ったような顔をしていた。


「アントニオさん、俺にこの世界のことについて教えてもらってもいいですか?」


 この未知なる世界について、俺は聞きたいことがいっぱいあった。先ほど感じた興奮が蘇ってきた。ワクワクが抑えられない。アントニオさんたちから見て、俺の目はキラキラに輝いていたと思う。


「えぇ、いいですよ」


 優しい微笑をたたえたアントニオさんとマリアさんは、この世界についていろいろと話してくれた。

 俺は朝食を口にしながらその話に聞き入った。

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