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平家蛍と甘い水  作者: 秋の桜子
9/12

帰還

「お兄ちゃん、今日ね莉子人助けってのしたんだよ」


 夕食の時に誉めて欲しそうに話してきた莉子、俺は対して気にもせず聞いていた。ちゃんと聞いてよ!とうるさいので話を聞くと、


「時々、学校帰り道で横断歩道の所で出会うお姉さんいるの、今日暑かったからかなぁ?気分悪いってしゃがみこんじゃったから、莉子お茶飲みますかって言ったの」


 ふんふんと形だけ聞いてた俺、お茶持って学校行ってるからな。まぁ、それは良いことしたなと軽く誉めてやった。


 えへへっと笑う莉子……もっとちゃんと聞いておけば良かった。


 絵の具も買いに行ってやれば良かった。


 浴衣着て遊びに行くならお小遣い位やれば良かった。


 最後の日、登校する莉子の後ろ姿しか見てない、ちゃんとその顔を見れば……。もっと、もっとと後悔しかない俺……


 ―――――「着きましたよ。起きてください」


 宿のお姉さんの声、さっきまでとは違う現実感がある俺を取り巻く温度。戻ってこれた。安堵と共に目を開ける。


 運転席からじっと見てくる彼女、何か知ってるんだろうと思う。冷蔵庫に入ってたし、すすめられたし、


 このままうやむやで帰るのも気になるからそれとなく、ダメ元で聞いてみることにした。


「すみません、寝てしまって、今日はありがとうございました」


 きっかけ作らなきゃ聞けないからな。目の前の彼女は別に構わないと笑ってる。


「それにコレもありがとうございました、美味しいですね、ネットでしか手に入らないんですよね」


 例のペットボトルを手にする俺を目にし、ええそうよ、と一言、さらりとかわすと彼女は車から降りる。


 はぁ、やっぱり無理か、ならばこの事について調べる方法はただ1つ、家に戻ってから検索するか、と手にしたペットボトルを鞄に入れた。



 ―――――少しくたびれている真夏の街路樹、途切れることの無い車の流れ、人々の流れ、聞こえる蝉の声はシャンシャン、一種類、身にまとわりつく人工的な熱を持つ熱い空気………


「ふぅ、帰って来たら、やっぱりアチい」


 涼しい花屋から出てきた俺は空を見上げ漏らす。手にはビタミンカラーの小さい花束、よくわからんから、可愛いのを、との注文の結果だ。


 住む街に戻って来てから家に帰らず、今向かっている先は去年初冬に家族でただ1度だけ訪問したマンションの一室……


「確か、ここだったな」


 ネームプレートを見ながらインターホンを押した。はい、と儚い女性の声が応じた。俺は深呼吸すると


「坂上と言います。坂上莉子ちゃんにお花をお供えに来ました」


 一気に述べる。果たしてドアを開けてくれるか?ダメならここに置いて帰ろうと思いつつ待っていると、


「君は、確かあの時の」


 ドアが開き怪訝な表情で迎えてくれたのは、あの子の父親となってた筈の男性、


 その後ろでは泣き崩れている同じく母親になるはずだった妹莉子の年の離れたお友達。


 ………案内されたリビングに小さなお仏壇がある。


 俺は用意してきた花束を供え、手を合わせる。


 写真も飾られてない。飾られているのは小さなフォトブックが一冊、色とりどりの花………

 

 目を閉じてると時が戻る。


 去年の秋、信号待ちの莉子とお友達のお姉さんの元に運転を誤った自動車が突っ込んできた、莉子は助からなかった。彼女は重症……


 新聞には1人死亡、1人重症と発表されていたが、本当はもう1つ命が失われていた。


 彼女が育んでいた、まだどちらかもわからぬ小さな命。


 ―――「何処で知って?彼女が身籠ってたのは君達家族は知ってたけど、子供の性別はわからない時だったし、名前も」


 坂上さんがコーヒーをすすめながら聞いてきた。奥さんは嗚咽しながら仏壇の前で座り込んでいる。


 それは、と何から話そうかと一瞬考え込んだら


『言わないで』


 あの場の事を思い出すと、ヒヤリと声と共に体温が下がる。おい、寝てるんじゃなかったのか?『ぼく』


 ………「ねぇ、君は会ったのでしょう?あの子に、「莉子」に!教えて、何処に!何処に行けば会えるの?ねぇ、何処に?ど、こ、に」


 ふらりと立ち上がると、切なく、必死な姿で彼女が俺に近づいてくる。坂上さんが、彼女を支える。全ては話せない、何かが俺の中で止めている。


 俺は泣き崩れている彼女へ近づき、しゃがみ込むと視線を合わせる。伝えて欲しいと言われた言葉を言うために。


「話せない事もあります。俺も信じられない事に巻き込まれて、そこで会ったんです、妹の莉子と莉子ちゃんに、二人に助けて貰いました」


 何処なの?何処なの?私達にも行けるの?と涙を流しながら問いかけてくる彼女、俺は首をふる。


 何故なら見送ったから、二人が天へと昇るのを、だからもういない。


「本当に会ったのか?君は」


 坂上さんも息を飲んで聞いてくる。そんな二人に俺は出来るだけの事を話をする。


「もういません、俺を助けた後天国へと昇るのを見送りました。最後にお父さんと、お母さんに伝えて欲しいって言われたから今日ここに来ました」


 しんと静かな空気の中で俺は話している。果たして信じてくれるだろうか?詳しく説明出来ない中で……


「何て言ってたの?教えてくれる?」


 俺を真っ正面から涙を伴った瞳で見つめてくる莉子ちゃんのお母さんと潤む瞳のお父さん、二人に伝える。


 ―――必ず、きっと、お父さんとお母さんの元に戻ってくるから待っててね―――





























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