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【承前】

 最初に断っておくべきだと思うんだが、これからおれが話すのは南方の小都市ゴドルフィンが舞台の物語だ。以前は軍事の要所としてにぎわったこともあるが、〈慈悲深き夜の女王〉が北方の広大な土地を平らげた時点で、ゴドルフィンはほとんどその役目を終えた。いまでは小国が治めるさびれた街のひとつにすぎない。

 そんな場所が舞台となれば、おのずとおれの話も地味になる。現役最強の剣士とほまれ高い騎士ロイロットも、東の樹海に住まう大魔法使いリョカも、金の鞍を載せた馬で街を闊歩かっぽし、少年と女たちから格別の人気を得ている黄金の薔薇騎士団も出てこない。

 だからもしあんたがお望みが、胸のすくような英雄譚や国盗り物語なら、他をあたってもらったほうがいいだろう。おれが話したいのは、ひとりの少女のことなんだ。そいつはやせっぽちで、器用とは言いがたく、利にさとくもなく、心配性で、これといった特技も持ちあわせていなかった。

 おれたちはある夏の夜に出あった。聞けばそいつには父がおらず、母は動けなくなっていた。食いものと住まいを確保するために、冗談としか思えないような賃金で働いていた。髪は傷み、目の下にどす黒いくまが浮かび、瞳には精気がなかった。血色の悪い顔つきで、まるで皮膚が月の光を吸いこんでしまったかのようだった。

 その夜も、きっと疲れきっていたのだろう。腹も減っていたにちがいない。というのも、そいつはおれに向かって、愛する者がひとりでもいれば――たとえそれが記憶の中にだけ住む者だとしても――決して口にしてはいけないようなことまで、ぽろりとつぶやいたんだ。

 ぎょっとしたせいだろうな。いまでも鮮明におぼえている。

 人に限らずどんな生きものであれ、あまりにも疲労と空腹がつづくとすべてを投げだしてしまいたくなるものだ。ただそれだけのことだったのだろうが、そいつのことを知れば知るほど、その夜の言葉はとうてい当人が口にしたものとは思われなくなっていった。

 これが他の街でのことなら『魔法使いに操られていた』と考えられなくもないが、ことゴドルフィンに限ってそれはありえないはずだった。

 そうだな、そろそろはじめよう。

 この物語の主人公は、名をフォッテという。

 フォッテは魔法使いシュピールの弟子だ。三番目の弟子であり、最後の弟子でもある。

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