七の夢 不穏
雫と一緒に教室に入ると、一瞬、クラスに沈黙が訪れた。続いて訪れたのは内緒話の大群。
まあ、そういう反応になるよね...
主に聞こえてくる内容は、2つに絞られた。
「雫が僕と登校してきた点について」と、「今朝の出来事について」。
それにしても、情報って結構早く伝達するんだな。
悪事千里を走るってやつだったっけ。
まあ、僕からしたら悪事じゃなくて反撃なんだけどね。
そして、自分達の席につくなり、雫が話しかけてきた。
あ、前回も言ったけど、学校の中では彼女のことを『ティア』ではなく、『雫』って呼ぶことにしている。
「なんか、気分悪いね...」
「僕からしたら、いつもの事だけどね...」
「...そっか」
そのうち、朝休みの終了の予鈴が鳴り、朝練の連中が教室に入ってきて、余計騒がしくなる。
でも、やはり彼らの話題は僕らのことだった。
いつもなら、普段通りだって割りきって、無視することもできるが、今回は内容が内容だけに、気になってしまう。
曰く、集団リンチを受けながらも返り討ちにするという噂だったり。
それはまだ真実に近いが、
曰く、彼は実は空手の有段者だったが、実力を隠していたとか、
曰く、実は、彼は超能力者だったとか...
一番最後の噂が一番真実に近いというのが少し皮肉なところだろう。
そのうち、朝読書の開始を告げるチャイムが鳴る。
朝読書とは、僕の学校で取り入れられている、文字どおり『朝』に『読書』をするための時間だ。
でも、十分間しかないため、僕の場合はほとんどページが進まない。
でも、その十分間で50ページもの量を読む速読術を持つ人も稀にいるらしい。
僕が読んでいる本は、そこら辺によくあるライトノベルが大多数を占める。
さっき、彼らに吐いた台詞は、大体これらの引用である。
アレンジはしているが。
因みに、僕が使った能力も、これらのラノベから思い付くことが多くなると思う。
今読んでいるのは、よくある剣と魔法の世界に転生した主人公が、類い稀な剣の才能を発揮して、バッタバッタと敵をなぎ倒す爽快な物語だ。
これがまた、ハマる。
...と言っても、十分しか無いので、本当に数ページしか読めない。
すぐにチャイムがなってしまった。
と言うわけで、朝学活が始まった。
そのときだ。
ダン!
教室の扉が乱暴に開いた。
「おい、如月っていうのは、どいつだ?」
そこから現れたのは、このクラスではない男子生徒だった。
黒い髪の毛が肩まで届き、目が隠れるほど長いが、不思議と不衛生さは感じない。
しかし、それ以上に特徴的なのは、
鋭い、眼光。
まるで、肉食獣が獲物を見つけたような...
ザワザワ...
いつの間にか、各所から、ざわめきが起こっていた。
「おい、あいつって...」「確か...」「この学校の裏カーストトップの...」「そうだ!蒼陽だ!」
裏カーストってなんだよ!
って、突っ込みを入れたくなった。
まあ、名前から察するに、所謂やんちゃグループのトップってことだろう。
それにしても、「蒼陽」か...
中々格好いい名前だな。
コロナみたいな感じだな...
あ、コロナって言うのは、太陽の近くの...ガス、みたいなものかな...確か、温度は100万度。
普通は見えないけど、皆既日食のときだけ見える。いわゆる、ダイヤモンドリングってやつ。
...と、変な妄想と解説は置いといて。
「僕の、事だけど」
と、半ばめんどくさそうに呟く。
恐らく僕も、あいつのターゲットになったってことだろう。
なら、恐怖を植え付けて追っ払うまで。
「君!今すぐ自分の教室に戻り
ギロッ!
なさいヒィ!?」
うちの担任、弱すぎ?
そして、僕の方までゆっくり歩いてきて...
「...お前が如月か...オレに付いてこい」
「...」
ちらりと、雫の方に目を向ける。
「そうだ、そこの転校生...雫とやらも来い」
今度は、雫の方から僕と視線を交錯させてくる。
最後に、先生の方を向く。
「............」
何が起こったか分からないとでも言いたげな顔をしている。
まあ、この際無視していいか...
僕らは、彼について行くことに決めた。
† † †
「ここらでいいか...」
彼は、校舎裏の目立たないところ...つまり、今まで僕がカツアゲされてたところまで僕らをつれてきた。
「...何で僕たちを呼び出した?報復か?」
「そんな小さいことはしねぇよ...そういえば、自己紹介がまだだったな...」
そういって、改めて僕らの方へ向き直る。
「オレは、...3ーAの、辻 蒼陽だ」
...え?
「えっと...もう一度、名前をお願いします...」
「何度も言わせんな...辻 蒼陽だ」
...えっと...
「ほ、本名...?」
雫が、ポツリと呟いた。
どうやら、この先輩は所謂『キラキラネーム』らしい。
「...本名だ」
なんと...
そういえば、さっき、蒼陽って、漢字表記だけされていたから、ずっと『あおひ』だと思っていた。
叙述トリックってやつだ。
「...オレの名前のことはどうでもいい。...問題は、お前...如月夢、そして、天海雫、だ」
「僕のことはまだしも、何で雫のことまで?」
「お前、今朝の騒ぎの主犯格だろ」
「正確には主犯格を、追い払ったんですけど」
「まあ、細かいことは気にするな...オレが言いたいのはそこじゃねぇ」
「...じゃあ、どこですか?」
「お前だよ。天海雫」
「え?...私?」
「知らねぇとは言わせねぇぞ?...あいつらは、今までずっと如月のことを税金と言う名のカツアゲを行ってただろ?」
「何で、知ってる?」
「オレが、裏でやれって言ってたからだよ」
「━━━?!」
なんと、この先輩が僕のことを虐めていた黒幕だったのか...ッ!
「まあ、正確には、奴等が気に入らないやつから金巻き上げて、オレに上納しろっつったんだけどな?」
「......」
「それにしてもビックリしたな...あいつらがコテンパンにやられて逃げ帰ってきたのは」
「...は?」
「あいつら、あれでもオレに勝てるんだぜ?5人がかりだったら」
...この言葉は、どう捉えるべきか。
...敵が4人なら勝てると言うことか。
いや、恐らく、素人なら、7人位用意しても勝てる...先輩は、暗にそう言ったのだろう。
到底信じられないが。
「でさ、その相手のことを聞いてみたらよ、今までなんの名声もないただの2年生だって言うんだからよ...気になって、呼んだんだ」
「...で?結局何が言いたいのですか?蒼陽先輩?」
雫の声がいつにも増して冷たく聞こえるのは気のせいだろうか?
「そうだ、...本題に入るが...」
先輩は、今度は、雫の方に向き直ると、
「............お前......何者だ?」