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空き箱

作者: ここぎ

親方‼空から女の子が!!みたいな話

 その日は朝から雨が降っていた。朝のお天気お姉さんがどこかの何かの観測が史上初ですごいんですと、興奮気味に話していたのは覚えている。結局太陽がいつ上って、いつ沈んだのかさえ分からないような一日だった。

 会社では相変わらず、うまくいかないことばかりで、泥水ばかりすすらされる。立ち上がる気力すらもぎ取られ、日々をただ消化していく。

 忘れたいことばかりが増えていって、大事な何かを毎日ひとつ失っていくようなモノクロの日々を過ごしていた。


 女性が一人裸足で座り込んでいた。傘もささずに、ずぶぬれになっている。日付をまたいだ住宅地というのがまた、彼女の異質さを引き立たせた。

 正常に思考ができていれば、警察に連れていくのが正しいのだろう。ただ、その時は彼女はほんの少し違った自分のように思えた。

 わずかでも面倒なんて思わなかった。むしろ早く助けてあげないととさえ思っていた。

「大丈夫ですか」

 声をかけ、目が合った瞬間、ぞっとした。掛け値なしの絶望しか、その瞳にはなかった。なにも感じずにいられたら、こんな目はしないだろうとさえ、思わずにはいられない。

「うち、来るか」

 気が付けば、手を差し伸べていた。彼女は何も言わずに、その手を強く握った。

 ひどく冷たかった。


 家まで5分の帰り道がひどく長く感じたのは、思考がわずかながらに冷静になったからだろう。

 それでも、やっぱり追い出そうと思わないのは、わずかに残された良心からか。考えることを放棄しているのか。今はまだ判断できそうにない。

 家に帰るとすぐに風呂に放り込んだ。しばらくぶりに浴槽にお湯を張り、その間に洗濯機を回す。新品のバスタオルと比較的新し気なジャージを用意して、ようやく一息ついた。

 彼女に何があったのか、まだ聞くべきなのか迷っていた。

 ただわかっていることは、風呂場へと案内する時に見た彼女の薬指に指輪があったこと。それから、うっ血するほどのあざが首についていたこと。

 本当に連れてきてよかったのかなんて、考え始めればキリがない。それでも今は間違った選択ではないと、自分を肯定する考えしか、出せないような気がしていた。

 濡れた服を脱ぎ捨て、部屋着に着替えると、簡単に部屋を片付けて、ポットでお湯を沸かし始める。

 寝る場所に関しては、彼女に寝室を使ってもらおう。大き目のソファベットが役に立ちそうだ。

 普段であればクーラーをセットしなければ、寝苦しい毎日が続いていたが、今日だけは我慢が必要だろう。

 なんとなくシャワーの音が気恥ずかしくなってしまい、テレビをつけた。朝とは別のお天気お姉さんが水没した街並みを必死に伝えている。


 扉が開いた音で目を覚ました。うとうとした記憶すらないほど、眠っていたらしい。振り向くと彼女は小さく頭を下げた。

「ありがとう、ございました」

 まだ20代前半を思わせる幼さが感じられた。そんな容姿とは反対に達観した目をしているように感じた。諦めのような冷めた瞳。見知らぬ男性の部屋に来た女性のする目ではないことは確かだ。

 それでも、最初に見た瞳より、どこか人間味が感じられた。目の周辺が赤くなっているのが、よかったのだろう。

「温まれたならよかった。お腹が減ったなら、インスタントなら少しあるんだけど」

 彼女は首を横に振った。

 それから、洗濯物のこと、トイレの場所、飲食は勝手にしてくれていいなど、簡単に説明して、就寝場所の話で待ったがかかった。

「私がソファで寝ます。だからベットで寝てください」

 予想はしていたが正直言い含めるのも面倒だったため、それで了承した。

 それからシャワーを素早く済ませた。時刻は深夜2時を回っており、早くも明日の出勤がいやになってしまう。有給もたまっているはずだ、なんて本格的に考えながら寝室に入った。


 その晩僕は飛び起きた。悲鳴が聞こえたのだ。彼女のものだ。

 リビングの電気をつけると、彼女はソファの上で頭を抱え小さく丸まっていた。普通ではないのは一目瞭然だった。

「大丈夫、ここには何もないよ」

 うわごとを繰り返す彼女の背をさすりながら、そう聞かせた。体の震えが収まり、呼吸も落ち着くまで何度も何度も繰り返し、言い聞かせる。

「大丈夫?」

 彼女は小さく頭を上下に振った。

 それを確認し、立ち上がろうとした僕に服のすそを引っ張って、待ったをかけた。

「もう少しだけ」

 深夜番組の笑い声だけが場違いに響いていた。


 習慣とは悲しいもので、疲れたと思っていようがいつも通りの時間に目が覚めた。隣を見ると彼女は穏やかな寝顔を無邪気にさらしていた。

 起こさないようにそっとベッドを抜け、下着だけを素早く身に着けた。

 シャワーを浴びるか一瞬迷ったが、かけてあるスーツを手に取る。

 と、そこで寝室からぐずるような声が聞こえた。何かを探しているように隣のスペースに手を這わせている。

 その瞬間、きっと僕は風邪をひいたらしい。

 会社に電話すればすんなりと休みが取れた。いい有給の消化になるだろう。

 そのままもう一度ベットに入りなおした。


 決して大きな声で話せるような恋ではないだろう。将来、この日々を後悔することになるのかもしれない。

 それでも、今だけは目を閉じて、互いの手で耳を塞ぎあっていたいと思った。

 何も見えなくとも、何も聞こえなくとも、自分ではないぬくもりを感じられるなら、どこまでも堕ちて行ける。

 だから、今だけは。

 僕はゆっくりと目を閉じた

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