第9話 市街散策 其の三
広場を離れた俺たちは、当初の目的通り昼食をとるための店を探していた。
元来た道を戻っているせいで、当たり前だが惹かれる店がない。
一度見て惹かれないものは、何度見ても惹かれないのだ。
仕方がないので目についたレストランに入ろうとしたのだが、ぬかった。
ただいまの時刻は三時半を回っている。つまり、個人経営の多いこの地区で、開いている店が少ない時間帯だ。
「しまっちゃってますね」
「すみません、私が考えていなかったばかりに」
「いえいえいえカルラさんが誤ることないですよ。食べたいものがあるわけじゃないのに、店に入らなかった俺も悪いです」
少しテンションの下がった声で謝ってきたカルラさんを迅速にフォローする。
「このままではお昼が食べられません。どうしますか?」
「どうしましょうね」
そこまで腹が空いてるわけではないが、休憩はしたいかな。
この嵩張る荷物たちから早く解放されたい。
どこかによさげな場所ないだろうか。
うーんと考えていると、一つの看板を思い出す。
そういえばさっき、喫茶店的な店を見かけたな。
確かこの近くだったような。
「あのカルラさん? 自分あまりお腹がわけでもないので、喫茶店とかでもいいんですが」
カルラさんがお腹を空かしている可能性もあるし、あくまでも下手で接する。
これが下手になっているかは知らんが。
「それでいいなら、ここを少し上ったところに喫茶店があります」
「そこでお願いします」
目的地が決まったら、足取りは速い。
顔色を晴れやかに坂道を上っていく。
カルラさんが言ったとおり、数分歩いたところに喫茶店があった。
営業札には「営業中」の文字。
よし、やっと一息つける。
「いっらしゃいませ~、何名様でしょうか?」
入店してすぐに店員さんが駆けつける。
いい店だ。
「二名です」
返答するのは俺。
カルラさんは目立ちたくないだろうからな。
「少々お待ちください」
「おっと?」
安堵したのも束の間。店員さんが小走りで裏に消えてった。
ありゃ、満席だったかな。
店内を見渡すと喫茶店とは思えないほどの混み具合、空いてる席など見当たりません。
大繁盛していて大変よろしい。
経済を回していけ庶民共。
「混んでますね」
「そうですね」
またしても追い出される可能性があると言うのに、いまだカルラさんは無頓着。
俺の方を向いてすらくれない。
「座れるでしょうか」
「どうでしょう。店員さんを待つしかありません」
そうだけどそうじゃないんだってカルラさん。
キャッチボールしようぜ会話の。
一秒でもいいから肩の力を抜きたい俺は、その場に荷物を降ろす。
さすがにこれでは入れないだろうな。
諦観しながら待っていると、予想通り店員さんが申し訳なさそうに近づいてきた。
「すみませんお客様、ただいま満席となっておりまして、お席が空くまでお待ちして頂くことになりますが、よろしいでしょうか?」
「どのくらい待ちますか?」
受け答えをするのはカルラさん。
「お客様がお帰りなられないと席が空かないので、なんとも……」
そりゃそうだ。
見渡しても空きそうな席はない。
カウンター席がちょうど二席空いているが、隣同士にはなれない空き方をしている。
これは諦めるしかなかろう。
カルラさんも同じことを考えていたらしく、俺に一言断りを入れ、店員さんの方に向き直った。
「では大丈夫です。他を探します」
「申し訳ございません。またご来店くださ―――」
「ちょっと待ちな」
颯爽と店を後にしようとしてた俺たちに、ストップがかかる。
聞き覚えのない声の方を向くと、俺よりも背の高い褐色切れ目の女性がいた。
全体的に引き締まっている体型のせいか、威圧的に見える。
だが、出るとこは出ているので自然と目を奪われる。健康的でよろしい。
「おたくら、さっきうちの店に居ただろ」
「うちの店っていうのは?」
「ディルフルールだ」
「あ、あそこの店員さんでいらっしゃいましたか」
「違いますよ佳楠さん」
「何が違うんですか?」
「この人はディルフルールの店長です」
「へー、店長さんでしたか。それは失礼を……ん? ってことは、え? 巨匠?」
褐色さんは巨匠という言葉を聞くと、肩を竦めて困ったように笑った。
「よしてくれよ『巨匠』だなんて。大したことはやってないさ。ただ一つの店をずっと守ってるだけだ。アタシのことはもういいだろう。あんたたちについて教えてくれ」
「何をでしょうか?」
そう答えたカルラさんの声は、いつも通りの淡々としたものだった。
よくこの状況で、そんなに普通で居られるな。
正体ばれたらまずいはずなのに。
「アタシは気に入った奴を見つけると、そいつに合ったコーデをさせたくなる性分なんだ」
「そうですか」
「そうだ、つまりをあんたコーデしたい!」
褐色さんはビシッとカルラさんを指さしながら、堂々と言い放った。
全身を布でぐるぐる巻きに覆っているこの人の、どこに惹かれたのやら。
「あんたは顔を隠してるつもりろうが、なにぶんこの街にはあらゆる種族が暮らしていてね。どんな背格好の奴でも、すぐにピッタリなコーデをさせなくちゃ行けないんだ。たとえ布で隠されていようと、その奥まで見えるようでなくちゃいけない。私には分かる。あんた相当なべっぴんさんだ」
空気を読むことは出来ないが、見定める目だけは本物らしい。
「ありがたいお誘いですが、お断りします」
そりゃ、そう返答するだろうな。
俺に来たとしても、返事は一緒だ。
それがカルラさんなら尚更だ。
「そう返事することはわかってた。そこでこの店だ。アタシの席を譲ってやろう」
「お断りします」
上から目線の褐色さんを即答で一蹴。
流石はカルラさん。
「そんじゃあ仕方がないな。兄さん、あんたはどうだ? 実はあんたをコーデしよう近づいたんだぜ。でもこの姉さんがあまりにも魅力的でな」
「別にどうでもいいですよ。俺もお断りなので」
「そりゃ残念だ。と・こ・ろで兄さん!」
「なんです、うぉあ」
突然褐色さんが俺の肩を強引に抱き、顔を近づけてきた。
「この子は君の彼女か?」
カルラさんに聞こえないようにするためか、小声で喋る褐色さん。
「お生憎ですが違います」
「脈は」
「残念ながら」
「彼氏でもいんのか?」
「知りません」
「お前には?」
「いるかもしれませんね」
「じゃあもっとアタックしろよ。あんな子滅多に居ないぜ」
確かにカルラさんを彼女に出来たらいいなぁとか、一つ屋根の下に暮らしてるんだし誤りがあってもおかしくないよなぁ、なんて思わないことはない。むしろ毎晩考えてる。
この遠出だって、もしやデートなのでは、とか思ったし、カッコつけたくて荷物だって率先して持ってる。
でもカルラさんが俺のことを好きなわけがない。理由は簡単カルラさんだから。
だから希望は持たない。1パーセントくらいしか。
「男は砕けてなんぼだ。そうしなきゃ掴めるもんも掴めねぇ。アタシの旦那なんてな、それはもう毎日毎日……」
何勝手にリア充自慢始めてんだ。惚気話をしたいなら、もっと彼氏彼女が居る奴にやれ。
じゃないと持たない、ぼっちの心が。
「どうでもいいですから離してください。肩が痛いです」
「筋肉つけないから。そんな棒みたいな体しやがって」
「余計なお世話です」
快活に笑いながら俺から離れた褐色さんは、再びカルラさんと向き合った。
「顔を見なくてもわかる。あんた相当の別嬪だろ。時間があるときでいい、またうちに来てくれ。あんたに似合う服を用意して待ってるよ」
「興が向いたら来ます」
「兄さんもな」
「いつかは行きます」
よし、と力強く頷くと褐色さんは戻っていった。一人で占領している窓辺の四人席に。
おい待て、お前がそんなとこ座ってるせいで俺たちが入れないんじゃ。
「行きますよ」
扉を開けているカルラさんに呼びかけられる。
「はーい」
扉が閉まる直前にふと店の方を振り返ると、眉をひそめている店員さんが困ったような笑顔を作っていた。
そのプロ根性、尊敬します! 本当にお騒がせしました!!!
とうとうお昼を食べ逃した俺達は、雑貨店で日用品やすみやかに小物を購入すると、迅速に帰路についたのだった。
――――――
佳楠たちが街を出た頃、ある喫茶店では四人の騎士と一人のデザイナーが談笑していた。
「まさかこんなとこで巨匠にあえるとはな。娘が大ファンでよ」
「家のかみさんもだ。俺達の運も捨てたもんじゃねぇ」
「巨匠はよしてくれって言ってるだろ」
「お前たち失礼だぞ」
一人の騎士が他の騎士達を叱責した。この騎士は他と違い胸に赤い勲章をつけている。違うのはそこだけではない。黄金色の髪から醸し出される高貴な気品。洗練されたかのように優美な佇まい。品格そのものが違う。
「すまなぇ、つい興奮しちまった」
「身内のせいで不快にさせてしまい、申し訳ございません」
男は深々と頭を下げた。
この動作でさえも優雅である。
「次からは気を付てくればどうだっていいさ」
返答したデザイナーは、本当に服を扱って居いるのかと疑問に思うほど動作が荒い。
「騎士さんたちは、こんなとこで何を?」
「私たちは、国の命令でここに来たんです」
「そりゃご苦労なこった」
「その命の一環として、情報収集もしているのですが、協力していただけますか?」
「国の頼みとあらば、断れはしないだろ」
「有り難う御座います。では、この顔に見覚えはありますか?」
差し出された紙には一人の少女の絵が描いてあった。
その少女はデザイナー好みの顔をしていた。特に瞳が彼女にとっては理想そのものだった。彼女は食いつくようにその絵を見ると、怪訝そうな顔をした後に、笑みを見せた。
「なにか、わかりましたか?」
「すまないが、私じゃ役に立てそうにない」
「いえ、ご協力感謝します」
「因みにその少女は誰なんだ?」
騎士はデザイナーの顔を見つめ、思案するそぶりを見せてから耳打ちをした。
「この少女こそが、彼のアーチェ・エカミリスで御座います」
「この子があの、アーチェ・エカミリス……」
「何かご存じで?」
すべてを見透かすような表情の騎士に、デザイナーは不敵な笑みで返す。
「こんな大大罪人を知らない奴なんていないだろ」
「それもそうですね」
騎士は軽く笑みを浮かべると、首から下げている懐中時計に目をうつす。
「名残惜しいですが、私たちはこの辺で。皆さん行きますよ」
男は他の騎士を引き連れて会計を済ますと、店を後にした。
残ったデザイナーは、興奮と落胆に浸かっていた。
服屋の店長って、漫画や小説だとオカマのイメージがあるのだけど、自分だけですかね?