第8話 市街散策 其の二
店の名前は『ディルフルール』。
カルラさんによると、この周辺地域で一、二を争うほどの人気店らしい。
木造建築された店内はそこまで広くないが、敷き詰められた服の間に花やランタン、絵画などのワンポイントインテリアが飾っておりなかなか小洒落れてる。
しかし、天井に吊るされた電球のしょぼさなどが庶民的な雰囲気を醸し出しており、抵抗なく入店することができた。
「金額は気にせずに、好きなものを選んでください」
「分かりました」
と意気揚々に返事はしたものの、どうしたもんか。生まれてこのかた自分で服を買ったことがない。
服屋に行くと頭が痛くなるんだよな。
今だってちょっとするし。
これほんとなんなんだろう。
たぶん布の匂いが嫌なのかな。
そのせいでファションなんて毛の一本ほども知らないし、私服もパーカーとかシャツをただ被っただけ。下はもちろんジーパン。それらすべては当然母親が買ってきたやつ。
マジでどうしよう。
取り敢えず適当に店内を歩き回る。
さすがは人気店。
よくわかんないけど色んな服を扱ってやがる。
うわ、あんなどピンクな服着る奴いんのかよ。
しかも男性服ときやがった。
あれ着る奴がいたら、そいつ勇者という名の変態だ。
もはや変態という名の紳士だな。
俺では絶対に着れん。
あんなのではなくて、もっと地味な奴ないかなー。
うーん、一頻り見たものの、何を選べばいいかさっぱりわからん。
よし、助け舟を出そう。
「どういうのを買えばいいんでしょうか?」
「佳楠さんが着たい者を選べばいいんですよ」
おぅそっけな。
そうだけど、そうだけどそうじゃない。
そうだけどそうじゃないんだよカルラさん。
ってもうこっち見てないし。
どうやらカルラさんには、一緒に考えてくれる気がないらしい。
俺の方を見ずに、女性用の服が陳列されているエリアをじっと見ている。
その端正な瞳に見惚れ、頬を緩めながらため息をこぼす。
カルラさんも女の子らしい所あるじゃん。
仕方ない、適当に選ぶか。
店内を見渡しながら目につく男性物の服を手に取っていく。
服の基準は、着やすさの一点張り。
なるべく柄や飾りがなく、軽そうな服を手当たり次第選定していく。
主にパーカーとかティーシャツとか。
主にパーカーとかティーシャツとか!
「そんなものでいいんですか?」
カルラさんが不思議そうに問いかけてくる。
分かってないな。
確かにカルラさんから見たら、地味で質素で飾り気のない服かもしれないが、それがいいんだ。それになんといっても簡単に着れる。
やっぱし着やすさ動きやすさが一番重要なことだと思う。
動きにくいとストレスがたまるし、ストレスがたまると心がきたなくなる。
即ち動きにくさとは心のけがれに直結しているのだ。
完璧な三段論法。
その旨をカルラさんに伝えると、小首を傾げながらも納得してくれた。
「カルラさんは買いたい服とかありますか?」
さっきマジマジと見てたし、もしかしたらカルラさんもショッピングしたいんじゃなかろうか。
「いえ、私服はもうあるので特には」
「そうですか」
そっか……あ、なんか寂しい。
こんな時に遠慮せず買いなよ、とか言えたらいいんだえけど買うの俺じゃないし。
男として最高に格好悪いよな、今の俺。
まっ、仕方のないことだからいいか。
そのうち何かお返しでもすればいいだろ。
これ以上時間取るのも悪いし、もう青と灰を二着ずつでいいかな。
「よし、じゃあレジに行きましょう」
服を四着とジャージのようなズボン二着を持ってレジへ向かう。
よたよたと店内を見渡しながら歩いていると、試着室の前に人だかりが出来ていることに気づく。
「カルラさんあれはなんですか?」
人だかりを指さしながら質問をする。
「ああ、あれですか。あれはこの店の名物、店長直々にコーディネートをしているのです。予約制ではありますが、ドレスアップもしてくれるそうです」
「あんなに人が集まるほど人気なんですね」
「この店の店長は、ファッション界の巨匠として名を連ねている有名人だからでしょう」
ファッション界の巨匠か。
この世界の服装は、思ってたよりも前いた世界に近いところがある。
さっき見かけた人たちはデニムやティーシャツ、パーカーといった俺でも知ってるような服を着ている人がいる。
……ごく少数だけど。
他にはやけに飾りの多いワンピースや騎士が身に着けていそうな甲冑、砂漠をバックに歩いていそうなローブを着ている人もいるし、きっと流行などはあまりなく人によりけりなんだろう。
そんな多岐に渡ったファッションの中から、その人に合う服をコーディネートできるなら、巨匠と呼ばれるのも頷ける。
ファッションに拘りのない人間の俺は、巨匠さんの顔を拝むことなくちゃちゃっと会計を済まして店を出る。
受け取った袋の中を見ながら、会計時にカルラさんが払っていた金貨銀貨の多さに罪悪感が沸いてくる。
もしかして、この服って高いのか? いや、適当に選んだけどなるべく数字の少ないのにはしたし、カルラさんだって「こんなもの」とか言ってたし。
でもあの店の物価自体高い可能性もあるし……。
「あの~カルラさん? もしかしてこの服、高かったりしましたか?」
身を低くして、顔色を窺うように尋ねる。
「最初に言ったはずですよ、金額は気にするなと。こう見えて私、そこそこ稼いでいるんです。あの店程度の商品なら、棚ごと買うことだってできます」
「すごいですね」
鑑定士ってのはそんなに稼げるものなのか。
いくらカルラさんが特別でも、金を鑑定に金をかける人なんていんのかな?
金持ちの思考は俺のような一般人が理解できないようなことも多いし、自分のステータスとなるものを見つけるために金をかけることもあるのだろう。
うん、これ完全に偏見だな。
「お金のことは気にせず、迷わず欲しいものを買ってください。今日中に終わらせるためにも」
「はい、ありがとうございます」
「では次の店に向かいます」
そうだ、この街にいられる時間も少ないんだ。
カルラさんのことだから、こうやって買い物をする機会も当分お預けになるだろうし、必要な物は買っておかないと。
ここまでお世話になってるんだし、今更金額なんて気にすんなって。
冗談で笑った顔が、さっきの紙の多さを思い出してすっと納まる。
……でも桁の低いものにしよう、そうしよう。
そのあとは靴屋で買い物をした。
驚いたのことにスニーカーが置いてあったのだ。
服屋にパーカーとかが置いてあったから別に不思議ではないが、それでもフレンチレストランで寿司がメニューに載ってあるくらいの違和感がある。
俺が想像してた異世界よりも現代的な気がする。
街並み自体は結構想像通り、同じような建物が並んでいる「ザ・庶民の街」って感じがするんだけどな。
例えるならのヨーロッパの街に近いと思う。写真でしか見たことないけど。
事実は小説より奇なり、とはよく言ったものだ。
当然のようにスニーカーを購入し、今は通りを下りながら遅めの昼食をとるための店を探していた。
特におすすめ出来る料理がないということから、お昼についてはノープランだそうだ。
「何か食べたい物ってありますか?」
「うーん、特にないですね。この街の名物とか?」
「残念ながら、この街に名物と言える名物はありません。住んでいる種族が多いので、その分好みも多くなるのです。そのせいか、この街は大抵のものは揃っていますが特別なものはありません」
「そうなんですか。カルラさんは何か食べたい物は?」
「私も特には」
ですよね。カルラさん特別好きな物とかなさそうだし。
「困りましたね」
よさげな雰囲気の店がないか辺りを見渡していると、通りの先の階段を下ったところに広場が見えた。
きっとこの通りの終着点なんだろう。
様々な種族が、分け隔てなく談笑していて、如何にも異世界って感じがする。なんか感激だ。
そんな広場の一部に、大勢の人が集まっている。
ファッション界の巨匠でも現れたか?
人々の視線の先を見ると、兵士のような鎧をきた人が台に上がって何かを演説している。
周りには、壇上の兵士と同じような格好をした人たちがビラを配っている。
観衆は相槌を打ちながら真剣に聞いている。
「あれってなんですか?」
「……」
質問をしてみたが、いつものような素早い返答が来なかった。
カルラさんが考え込むことはよくあるが、それでも俺の言葉には反応してくれていた.
だが、今は少し違う。
何か考えるような素振りをするわけでもなく、ただただ兵士たちを、その周りの住民たちを凝視しているように見える。俺の言葉に反応を示さないほど集中して。
こんなことは初めてだ。
「どうかしたんですか?」
再び声を掛けると、はたと我に返ったようにこちらを向き、いつも通り兵士たちについて教えてくれた。
「きっとどこかの国から配属されているのでしょう」
「大変なんですね」
そんな短い説明なのに、カルラさんはどこに引っかかっていたんだろう。
「通りの端まで来ていしまいましたね。引き返しましょう」
広場に近づくという考えを一切見せずに踵を返す彼女に、なんて言葉を掛ければいいのか分からない。
彼女の背中が、重苦しそうに見えるせいだろうか。
分からない。
なぜ彼女がそんな風に見えるのか。
俺は知らないんだ。
この世界についても、あの兵士達についても、カルラさんについても。
何も知らないから、何も出来ない。
「ちょっと待ってください」
だから今は、いつもと変わらず、無知な存在として後を追った。
ヨーロッパの街って綺麗な所が多いですよね。
自分は、特に好きな作品の舞台となったヴェネツィアに行ってみたいです。
本当の舞台に行くなら火星になっちゃうんですけどね(笑)