第7話 市街散策 其の一
あれから数日が経過し、家の近くにある少し開けた場所に俺とカルラさんはいた。
数日間俺が何をしていたかというと、主にこの世界についてのお勉強をしていた。
本当は魔法という存在を知ったあの日から魔法の修行を始めたかったのだが、俺の体調が万全ではないことと、この世界についての知識をつけておく必要があるだろう、というカルラさんの方針からお預けとなってしまった。
正直に言って勉強したけどこの世界については覚えていないことの方が多い。
だが魔法については今まで夢見てきた話だったから、苦も無く覚えることが出来た。
「では、始めます」
カルラさんはその辺に落ちていた棒切れを手に取ると、地面に魔法陣と呼ばれる特殊な模様を描いていく。
今カルラさんが描いている魔法陣は転移魔方陣と言って、特定の場所と場所を移動するのに使う。
俺たちはこれから、今いるクルクス樹林から一番近いウェルノートという街にお出かけする。
目的は、俺の日用品を揃えることだ。
カルラさんの家には彼女とエルドさんしか住んで居ないため、男物の日用品がほとんどない。
その中でも一番問題なのが服だ。
男性用の服がないのが一番つらい。
カルラさんの服を借りるわけにも行かないが、今着ている様な一枚の布だけを羽織った格好でずっと過ごすのも嫌だ。てか無理。着替えもないから汚いし、せめてパンツくらいほしいです。
カルラさんは源理能力者だからなのか街に行くことに対し余り乗り気ではなかったのだが、異世界の街を見てみたいと軽くお願いしたら、実際に見ることも大事ですよね、としぶしぶ了承してくれた。
この世界に来てから話を聞くばかりで異世界らしい物に触れていなかったから、本当は観光という意味も込めて街に行きたかったのだが、そこまで悠長にしている時間はないとさすがに断られてしまった。
今日の所は街並みが見れるだけで我慢しておこう。俺が金を払う訳じゃないし。
「準備が出来ましたので、陣の上に乗ってください」
完成した魔法陣は、微かに蒼白く煌めいている。
おぉ、魔法って感じがする。
魔法陣の上に足を踏み入れても、輝きが消えることはない。
この数日間で何個か魔法を見せてもらったが、いつ見ても不思議な力だ。
そういえば、魔法を体験をするのはこれが初めてじゃないか?
「体に負荷が掛かるかもしれないので、注意してださい」
「注意してって一体――――――」
質問は受け付けませんと言わんばかりに、一層まぶしくなった足元の光に飲み込まれた。
――――――
「着きました」
目を閉じたつもりはなかったが、いつの間にか視界に映る光景は森から、独房を彷彿とさせる薄暗いコンクリートの部屋へと変化していた。
「すげぇ本当に移動してる!」
前の世界じゃ体験できなかった転移という超現象。興奮せずにはいられない。
部屋の壁には無数の魔法陣が描かれており、まるで魔術か何かの儀式を行っているかの様だ。魔術に使用されてるんでしょうけどね。
「ここは私が保有している建物の地下部屋です。ここから地上に上がります」
「了解しました」
カルラさんに続き、光の差していない階段へ向かう。
梯子ではなく階段で地上に上がるのか。つまりこの場所は結構深いってことか。
こんなに大きな地下付きの建物を保有しているってことは、ひょっとしてカルラさんって結構金持ちなのか?
そんなことを考えているうちに階段をのぼり終えると、最低限の家具だけが置かれた部屋にでた。
「カルラさんは、ここでも寝泊りしてるんですか?」
「いえ、ここは人が住んでいるように偽装するために、家具を何個か置いているだけです。私は追われている身なので、街に堂々と住むことは出来ません」
今まではっきりとは言っていなかったが、やっぱりお尋ね者だったのか。
もしかして悪事に加担してるなんてことないよな。
いや、カルラさんがそんなことするようには見えない。
赤の他人の俺に対して、こんなに親身になって世話をしてくれてるんだ。
多分おかしいのは国家のほうだろう。政府がおかしいなんて話よくあることだしな。
俺のいた国だってそうだった。
「外には人が大勢いるので、はぐれないように注意してください」
「はい」
「あとフードは深めに被ってください」
「了解しました」
言われた通りフードを深めに被る。
せっかく街に来れたのに、なんだかなぁ。
でも俺も一応源理能力者らしいし、身バレはしない方が良いんだろうな。
それに、俺のなんかよりカルラさんの格好の方がよっぽど酷い。
初めて会った時と同じ格好だ。
家では普通にオシャレしていたのに、ひとたび外にでるとこれか。
でもその格好って逆に目立つと思うのですがあの。
「外に出る準備は出来ましたか?」
RPGに出てきそうなセリフだな。
もちろんイエスで返答する。
「では行きましょう」
木製の扉が、か細い音を立てて開く。
先は裏路地につながっていて、光の差している方から、なにやら騒々しさが伝わってくる。
喧騒のする方へ向かいながら路地を抜けると、遠くに聞こえていた人々の潺湲が奔流となっって押し寄せてきた。
歓声か喝采か、はたまた怒号なのか。
長く続くなだらかな坂の大通りを埋め尽くす人々は、皆一様に感情を張り上げている。
通りには多種多様な店が軒並んび、店頭で商品を買っている人が多いのを見るに、この街の市場か何かなのだろう。
種類が多いのは店だけではない。
往来を歩行している生物も様々だ。
体全体が刺々しいうろこで覆われたワニ顔の男、猫耳と尻尾を動かしている女、小さいのにやけに大人びた雰囲気を醸し出す男女。
夢ではなく現実として、亜人や獣人と言った架空の存在が闊歩している。
カルラさんからちょびっとだけは聞いていたが、まさかこんなにも普通にいるとは。
だが驚くべきはそこだけじゃない。
天を仰いでみろ。なんだこの空の高さは。
吸い込まれそうになるほど青く澄み渡る空には、日本の仮初の天空がいかにちんけだったか思い知らされる。
こんなにも気持ちのいいお天道様なら、みんなのテンションが上がるのも頷ける。
「賑わってますね!」
「そう……ね……は……いちく………」
周りがうるさ過ぎて、カルラさんの言葉が聞き取れない。
「すみませんなんて言いました!!」
負けじと俺も声を張り上げる。
なるほど、こうして声量が大きくなるのか。悪循環だな。
カルラさんはその悪循環にのまれず、顔を近づけて話してきた。
「地理については後で教えますので、今は私から離れないようにだけしてください」
決して怒気の含まれた声音ではなかったが、つい首肯で返してしまう。
カルラさんも一度頷くと、人々の川に飛び込んでいった。
そんなに目立ちたくないなら、裏道とか通ればいいのに。
不貞腐れながらも、三歩後ろをぴったりとついて行く。
祭りを彷彿とさせるほど、人々は右往左往へ行きかっている。
そんな人の波を巧みに避け、滞りなく進んでいくカルラさんについて行くのだけで精一杯。
この人、本当に観光させてくれないんだな。
途中他の人とぶつかりながらも、必死でカルラさんの背を追っていると、いつの間にか一つの店の前に出ていた。
「この店で、佳楠さんの服を用意しましょう」
「分かりました」
なんとなく返事をしてしまったが、今日の計画は全てカルラさん独断と偏見で組み立てられていることを忘れてはいない。
俺に拒否権など端からないのだ。
ノーパンって開放感があっていいですよね。