第5話 少女の仕事
その後もこの世界について、カルラさんから色々なことを教えてもらった。
だが、まだ訊けていないことがある。
「この世界については大体把握することができました。ですが、まだ腑に落ちない点があります」
「なんでしょう?」
「カルラさん、貴方のについてです」
「私について、ですか?」
疑問口調ではあるが、カルラさんは全く動じていない。
「そうです。あなたの素性については何も聞けていません。俺もこの世界に来たばかりで不安なんですよ。カルラさんには助けられました、それは事実であり、本当に感謝しています。それでも信用に足る人物なのかをはっきりさせときたいんです。今後支障が出ないように。もちろん話せる範囲で構いません」
「詮索されるのはあまり好きじゃないのですが、そういうことなら仕方がありません」
まるで台本に書かれていたかのような即答。
「ありがとうございます。では早速、なぜ俺を助けたのですか?」
「佳楠さんが苦しんでいるように見えたからです」
「苦しんでいた。それだけですか?」
「人を救うのに他に理由がいりますか?」
そりゃそうかもしれないけど。
「でも見知らぬ人に易々と手を差し出すのは、あまりできないことだと思いますけど」
「ひねくれてますね」
「臆病なだけですよ。ほら、タダより恐ろしいものはないって言うじゃないですか。納得できる理由があった方が俺としても安心できるんですが」
「理由と言われましても。先に述べた答えと同じになってしまいます。無理やり付け加えるなら、壊落地という死を齎す場所で全裸で寝ていたあなたに少し興味が沸いたからです」
全裸についてはあまり触れてほしくなかった。
こんな美少女に全裸を見られたと思うと……待てよ、よく考えてみればカルラさんに服を着せてもらったってことになるのか。
なんでその時目を覚ましていなかったんだ俺! 滅多に遭遇できない貴重な体験をしていたというのに!
「そうですよね。カルラさんはただ本当に優しいだけですよね。疑ったりしてすみませんでした。でも、どうしてあんな危険な場所に居たんですか?」
まるで筋書き通りと言わんばかりに淡々としている返答に違和感を感じなかったわけではないが、羞恥と後悔の自己主張が激しくなってきたのを抑えるため、何とか話題を逸らそう試みる。
「私は、今あることについて調査をしています。壊落地に居たのもその調査のためです」
「調査の内容については……」
「お教えすることは出来ません」
「ですよね」
多分崩壊の原因についてとかそこら辺のことだろう。
「ではカルラさんは研究者なんですか?」
「いえ、そうではありません。先ほど説明した『源理能力者』については覚えていますか?」
「もちろんです」
『源理能力者』とはこの世界に転移した際に他の人が持っていない唯一絶対の能力を手にした者たちのことで、その数は極端に少ないらしい。
理由は、‟転生した際に能力を手にする„というところにある。
唯一無二の絶対的な能力は転移者しか持っていないらしい。
亡者がこの世界に転移してくる数は年によってバラバラらしく、そのせいか今の常世の人口は、転移者とこの世界で生まれた者とでは圧倒的に転移者の方が少ないそうだ。
珍しい存在となっている亡者のほんの一部しか持っていない特別な力。
当然それについて調べているのだが、手も足もだせていないらしい。
希少な能力者を国が野放しにしているはずもなく、能力を見いだせた者には国から絶対的な未来が保証される代わりに、その力を国のためだけに使う‟国家遵奉制度„を作り出した。その本質は能力者を手中に収めておきたいだけだろう。
前の世界の国でもそんなことが行われていたな。
かくいう俺も、国に目を付けられた一人だったし。
「実は私も『対象解析』という源理能力を持っています。この力を使い今は鑑定士をしています」
「能力者と言うことはカルラさんもどこかの国に所属しているのですか?」
「いえ、私はどこにも所属していません」
「なぜ国に申し出ないのですか?」
カルラさんは一瞬目線を下に落とし、また俺の方を向いた。
「それは、お答えできない質問です」
「そうですか。配慮が足りなくてすみません」
多分、カルラさんは国に縛られるのが嫌なんだろう。何かの研究もしているみたいなこと言ってたし、国に身を置いて一生を過ごすなんて苦痛で仕方がないのだろう。俺が能力者でも国に報告することはないだろう。能力者が少ないと言われている理由はこういうところにもあるかもしれん。
ん? 一生を過ごすと言えば。
「カルラさんって転移者なんですか?」
「それは……」
しまった!
なんてデリカシーのないことを聞いてしまっんだ。
今失礼な質問をしたばっかのに、つい気になって口から零してしまった。
見てみろ、今まで淡々と表情を崩さす答えてきたカルラさんの表情に影が差している。
こんな森の奥地に一人で住んでいる少女にはただらなぬ過去があるに決まっている。
そんなことぐらい考えればわかるだろ。何してんだ俺。
「私は――――――」
「――――――いえいえいえ!! 答えなくて結構ですよ! 人には言いたくない過去の一つや二つありますからね。それに最初に言ったじゃないですか。答えられる範囲でいいって」
うわ~、何言ってんの俺。
焦っているのがバレバレな早口に自分で引く。
「そう……ですね。そうでした。答えかねる質問です」
「はい、配慮が足りず申し訳ございません」
あぶね~、絶対に嫌われるとこだった。
こんなに親切にしてくれた美少女に嫌われでもしたら、俺の心がもたない。
幾ら女子と余り関わったことがないからってテンパりすぎだろ。
今までなるべく慎重に知的な紳士を演じてきたのを無駄にするわけにはいかない。
これからは更に冷静沈着を心掛けよう。
自分の女性に対する耐性のなさに悔やんでいると玄関からノックの音が聞こえてきた。
カルラさんが無言で席を立ち、玄関の扉を開ける。
ノックしたのは、袋を口に咥えているあの角の生えた馬だった。
どうやってノックしたのだろうか。蹄で叩きでもしたのだろうか?だとしたら随分と頭の良くて器用な馬だな。
角も生えてるし、普通の馬じゃないのは見て分かるが、やっぱり一角獣だったりするのだろうか?
様々な種族がいるって言ってたし、一角獣がいてもおかしくはないだろう。
「お帰りなさい。今日はどのぐらいありますか?」
「そんなに多くはない。二十ちょっとってとこだ」
「それなら早く終わりそうですね。佳楠さんのこともありますし、すぐに終わらせましょう」
「その小僧は佳楠というのか。小僧、性はなんという」
キリッとした目つきでこちらを見つめてくる馬に対し、俺は間抜けな表情になってまま固まっていた。
カルラさんは今何と話していた?この家に俺たち以外の人の気配なんてなかったんだけどな。あっ、あれか、あのいくつもある扉の中には、引きこもり系のキャラがいたのか。なるほどなるほど。でもいつ出てきたんだ?俺の後ろを通った気配なんてなかったけどな。
……分かってるさ。分かってるが、そう簡単に信じられない。よくある話だが、いざ目の前でその光景を見ても、どうしても疑ってしまう。
「小僧、聞いているのか」
「ハッハイ! 小峰と言います」
その威厳溢れる凛々しい顔と言葉遣いに、つい畏まってしまう。
馬に気おされる俺って……。
だが今のではっきりした。やっぱりこの馬喋ってやがる。そりゃたくさんの種族がいるんだし、人型以外の生物が喋っても不思議じゃない。そういう話も多いからな。
だから喋ってること自体はこの際気にしないでおこう。
でも、なんというか、実際見ると、なんというか、二次元とは全然違うというか、めっちゃキモいな。口が滑らかに動きすぎてる。外国の三流3Dアニメでも見てるみたいだ。
「小峰佳楠か。我のことは‟エルド„と呼ぶがよい。小僧、貴様は大和の者か?」
「大和? そんな地名聞いたことありませんね。俺の住んでいた国は日本と呼ばれていました」
「ニホン? 聞いたことのない名だ。娘よ、貴様はあるか」
「いえ、私も聞いたことありません」
日本が
「娘を以てしても分からんのであれば、誰にも分からんな。小僧のような名の者は大和の者と決まっておるのだが」
そうなのか? 俺の近所にはカタカタの名前の人もたくさんいたけどな。この世界では、国ごとに名前の作りが違かったりするのだろうか。
異世界はようわからんな。
「小僧はなんという世界にいたのだ?」
「あ、俺の前いた世界は戻月って言います」
「戻月? それも聞き覚えないな」
この世界に戻月からの転移者はいないのか?
「戻月とはどんな世界だ?」
「そうですね……とにかく科学技術と情報技術が発展していて、そのせいで戦争が絶えない世界でした」
これで間違ってはいないよな。
うん、一応あってる。
「科学技術か。魔法はなかったのか?」
「そんな空想上の産物あるわけないじゃないですか」
何を真顔で言ってるんだこの馬は。
俺としては当然の答えを言っただけなのだが、お二方には何やら衝撃的だったらしく、顔を見合わせている。
「魔法がない世界とは珍しいな。娘よ、他に魔法の使えない世界なんてあったか」
「魔法を使える人が少ない世界ならありますけど、全く使えない世界は今のところ確認されていません」
「魔法がなく、科学が発展している。科学、か。これは少し裏がありそうだな」
「私もそう思います。壊落地に転移してきたことも気掛かりです」
「そうだな。あの場所に転移したということは……」
エルドさんの視線を受け、カルラさんは黙って頷く。
「その可能性は否めません」
え、なに?
なんの可能性?
「小僧について一度じっくりと調べる必要があるな」
なんか俺を置いて話が進んでるんですけど。調べるって何よ調べるって。俺だってこの世界について調べたいことたくさんあるっての。
例えば今話に出てきた魔法についてとか。
さらっと出てきたけど、やっぱり魔法はあるのね。そんなことカルラさんから一言も教えられてないんですけど。あれか、会話の内容的に魔法はあるのが当たり前で、ない方が珍しいから説明することでもないと思っていたのか。
俺の居た世界ってもしかして特別だったりするのだろうか。他の世界は科学があんまり発展してないみたいなことも言ってたし。
これはあれか、俺しか持っていない知識を生かして世界に革命を起こしちゃったりする感じか。
機械にはそこそこ強い方だけど、詳しいわけじゃないからな。革命起こすほどの技術はさすがに持ってない。
この世界の技術が分からないから何とも言えないけど。
でもなんで科学が発展してないんだろう。そんなにこの世界の魔法は高度なのだろうか?それとも機械とかを作る資源がとかか?
分からん。学者がいるなら科学者がいてもおかしくなさそうだけどな。
俺のみたいに科学が発展した世界に居た奴なら何かしら作ってそうだけどな。絶対儲かるだろうし。
‟魔法のない世界自体今まで存在しなかった„とも言ってたよな。つまり俺の居た世界からはまだ誰もこっちに転移してないってことになるな。転移者の数自体少ないからおかしくもないか。
「佳楠さんがのことは一先ず置いといて、まずは仕事を片付けましょう」
「仕事って、さっき言ってた鑑定士のですか?」
「そうです」
「見させてもらってもいいですか?」
「構いません」
「ありがとうございます」
カルラさんはエルドさんの持ってきた袋を手に家の中に戻っていく。
俺も玄関を閉めて彼女について行こうとする。
「娘よ。町が騒がしくなっていた」
扉が閉まる直前にそう言い残すと、カルラさんの反応も見ずに背を向けた。
カルラさんも後ろを一瞥しただけで返事をしなかった。
何のことかサッパリな俺は、取り敢えず玄関を閉めてカルラさんについて行こうとする。
鑑定をするのだから、何処かほかの部屋に移動するのかと思っていたが、カルラさんは先ほどまでと同じ席についていた。テーブルの上には万年筆と持ってきた袋が置かれていた。
「では、始めます」
カルラさんは手袋を装着して、袋の中から黒く細長い、眼鏡ケースの様な箱を取り出した。
箱の真ん中に描かれている魔法陣と思わしきものにカルラさんの人差し指が置かれる。
指紋認証、じゃないよな。手袋付けてるし。魔力を注入しているとかだろうか。
特に変化のないまま、カルラさんはすんなり箱を開けて中から箱と同じような形の紙を取り出した。
紙にも箱と同じような魔法陣が描かれている。
先程と同様に魔法陣の上に人差し指を置くカルラさん。
何が起こるのかワクワクしていたが、これまた何の変化も起きないまま指を離すと、紙に数字を書いて脇に置く。
初めて見た魔法陣に期待していたのだが、これはなんというか……地味だな。
今ので鑑定終了だろうか?
「今は何の作業をしているんですか?」
「今ので鑑定は終了です。あぁ、佳楠さんの世界には魔法がないのでしたね。魔法自体は知っているような口ぶりでしたが、どの程度まで知っているのですか?」
「架空の話に魔法や魔術が出てくるものがありました。話に出てくる魔法は、魔力を駆使して炎を出したり氷を出してりしてました。他にも魔法陣を描いたり、詠唱したり、魔道具を作ったりもしてました」
「この世界、というよりもこの世界で確認されている魔法も同じようなものです。魔法がないのに魔法自体は知られている。不思議です。とはいえ、そこまで知っているのなら話は早い。この魔法陣には対象物を記憶させる機能があります。この魔法陣に鑑定対象を記憶させて、私がその記憶を見る。それが私の鑑定方法です」
カルラさんは魔法陣をこちらに向けながら説明した。
そんなにすごいことができるなら、そりゃ科学なんていらないな。
「魔法というのはやっぱり凄いですね。誰でも使えたりできるんですか?」
「誰でも使えるという訳ではありませんが、常世は魔力の源となる魔素が濃密に充満している世界ですから、修行すれば誰でも使えると思います」
「俺でも使えますか?」
「正常な構造をした生物であれば、問題ないでしょう」
キタキタキタ、きたぞ魔法。
フッ、俺の中にある強大な魔力が疼き始めてやがる。
誰にも成しえなかった領域に達して、この世界を救う英雄ルートに決定した。
科学ルートは無理だ。
だってあんなにすごい魔法があるんだもん。
あれを超えられるほどの知識は持ち合わせておりません。
という訳で思い立ったが吉日だ。
すぐにでも修行とやらを始めよう。
そのためには、
「カルラさん、俺を弟子にしてください!」
まずは弟子入りからだ。
正直カルラさんが信用に足る人物かどうかはまだ定まっていないが、悪い人ではないということは分かる。
それに知らない世界で、親切にしてくれた人の元を離れるのは、馬鹿のする行いだ。
一先ずはこの人についているのが吉だろう。
「佳楠さんも鑑定士になりたいんですか?弟子を取れるほど立派な鑑定士ではありませんよ」
「エッ? いやそういう訳じゃないですけど」
予想と違う返事に少し声が裏返ってしまう。
「鑑定士に弟子入りしたいの、鑑定士になりたくないのですか?」
「えっと、そういう訳じゃなくてですね……。魔法を教えてもらいたいだけというか、俺も魔法が使いたいなーって。ほら、魔法って便利そうじゃないですか。覚えておくのも悪くないかなって思っただけでして」
「そういうことならそう言ってください。私は魔導士じゃないので教えるのはうまくないですが、それでもよろしいですか?」
「勿論!むしろ俺の方こそ、覚えが悪くて迷惑をかけてしまいますよ」
「では、佳楠さんには魔法の基礎をお教えしましょう。そこからどうなりたいかは自分で決めてください」
「ハイっ! ありがとうございます!」
よしキタ。
ここから始まるぜ、俺の魔法英雄譚が。
手始めに基礎をそつなくこなして、カルラさんの度肝を抜いてやる。
「ですがその前に」
いつの間にか最後の一枚となっていた紙を脇の紙と重ねる。
「その前に、なんでしょう?」
「佳楠さんには、伝えなければならないことがあります。ですがこのことを知ると、佳楠さんの今後を大きく左右することになります。苦悩に苦しみのもがくかもしれません。それでも聞きますか?」
俺が苦しむ?
この世界について聞いた話では、俺は差別されるカテゴリーには位置しないはずだったが。
それに今の常世は治安が落ち着いていると、カルラさん本人から聞いた。
知ったらダメなこと。
知らない方がいいこと。
カルラさんも知っていること。
カルラさんが体験したこと。
カルラさん自身について俺は何を知っている。
カルラさんは確か……まさか。
そのことに気づいた俺は、自分が苦しむかもしれないと忠告を受けているのに、どうしても口端が上がるのを我慢できない。
ばれない様にそれを抑えつつ、何とか真剣な顔に戻す。
「その話、聞きたいです」
カルラさんは黙ったまま紙を箱の中に戻す。
俺も黙ったまま作業が終わるのを待つ。
自分の鼓動がいつもより大きく聞こえる。
静寂した空間に、徐に閉じられた箱の音が響いた。
「佳楠さんは、源理能力者です」
整えていたはずの表情が、僅かに歪んだ。
最近左手の力解放してないなー。