第30話 無駄話
さぁどう答える。
もうふざけた回答はできんぞ。
「イエスだ」
「あ、ん?」
どうせまた、うだうだとなんだのかんだの言ってくると思っていたから、素直に返されて狼狽えてしてしまった。
「だからイエスだと言ったんだ。お望み通りの回答だろ?」
マルティさんの表情も豊かになってきて、したり顔が実に憎たらしい。
なんだか遊ばれてる気がするし、反撃に転じてやろう。
「そうですけど、なんかやけに素直ですね。さっきまであんなに面倒くさかったのに」
そっぽを向きながら吐き捨てるように言った。
「おまっ、おまっ面倒臭いってお前に合わせてたんだろ」
面倒くさいとうワードが癇に障ったのだろうか、マルティさんが僅かにどもる。
「いやいやいやいやいや、俺が合わせてたんですよ」
すかさず俺も言い返す。
「嘘つけよ、お前ノリノリだったぞ」
「マルティさんだってノリノリでしたよ」
また言い返してきたのをさらに言い返す。
「俺は佳楠に合わせてただけだ」
「俺だってマルティさんが楽しそうにドヤ顔してるから気分を害しちゃ駄目かな~と思って付き合ってたんですよ」
「ドヤ顔なんてした覚えはない」
「え~してました~。自分では意識してないかもしれませんが他人からはドヤ顔してるように見えました~」
「いいやしてないね。そう見えたのはなんだ……お前に俺がドヤ顔してるように映ったのは、お前ににとってあれだけのことが誇れるということの現れだ。お前がそう考えているから俺がドヤ顔してるように見えたんだ」
互いにヒートアップしているせいで段々と早口になってしまい、マルティさんの言っていることが理解できなかったが、お前お前と失礼なことを言っているのは分かった。
「もっかい言って貰っても良いですか」
「だから、あぁー……」
頭を整理するために、マルティさんは虚空を見つめた。
「俺がドヤ顔してるようにみえるのは、佳楠があれぐらいのことでドヤ顔出来るっ考えの裏返しなんだよ」
冷静を取り戻したマルティさんは、ゆっくりとした口調に戻っていた。
「ほぅ。と言いますと」
「例えばな、例えばお前が街中で粋な服装の男性を見かけたとしよう」
粋な服装と聞いてなぜか、ボアボアアフロに星形サングラス、しまいにはラジカセを肩に担いでしまっている典型的古DJが浮かんでしまった。
「でもその男性は特別格好つけたいとかではなく、それが男性にとって普段通りのあたりまえな服装だった。それこそ寝癖を直すのと同じくないのな。じゃあここで問題だ。どうしてお前には格好つけてるように見えたと思う?」
そりゃあ、あれだな、やっぱカッコつけてる奴は軒並み顔が良いからだな。
顔が良い奴はどんな格好をしていてもカッコよく見える。
カッコよく見える奴はどんな格好をしていてもカッコつけてるように見える。
「分かりませんね。なんで俺にはそう見えたんですか?」
もちろん僻みだと自覚している考えを言葉にするはずもなく、相手が回答するよう無難に促す。
「教えてやろう。それはな、佳楠自信がその服を着たときにカッコつけてると思うからだ」
「……?」
予想通りと言っちゃ予想通りなのだが、あまりにも幼稚すぎる返答に首を傾げる。
何を言ってんだこの人。そんな猫は猫ですみたいなこと言われても猫はいるし。だれも哲学の話なんぞしとらんぞ。
「もうちょっと詳しく」
「佳楠は無地のシャツに地味なズボンをはいたとき、格好つけてるなと思うか?」
マルティさんはそんな服かっこよくないって言いたいんだろうけど、見事に俺の私服とガッチしている。
「思いませんけど」
肯定ではあるけど自分を卑下してしまうので、声が弱々しくなる。
「そうだろ。だって頭を空にしても選べる服だ、誰が格好つけてると思うか。男性にとってはまさに、お前の描いた服装が無地のシャツと地味なズボンだったんだよ」
相づちを打ちながら理解した気になっていたが、振り返って見ると何を言っているのかさっぱり分からん。
つまり男性にとっては普通の服装で、俺から見ればカッコつけてると。だからなんだよ。
「俺の言いたいこと理解できたか」
「いえ全く」
髪の擦れる音が聞こえるくらい首を振りながら、くい気味に返答する。
対するマルティさんは仰々しく考える素振りを披露してきた。
「じゃあもう一個例を挙げるぞ。そうだな……さっき佳楠はこのトマトスープをまずいと言ったが、これをおいしいと感じる人も居るわけだ」
「まずいとまでは言ってません」
「大体同じ意味だったろ」
まずいとおいしくないは大きく違います、なんて言ったら絶対ウザがられるな、絶対。
「分かった、それなら佳楠じゃなくてもこのスープをまずいと思う人も居る、反対においしく感じる人もいる。これでいいか?」
まるで心を読んでいるかのように修正してきた。
「読心術でも心得てるんですか?」
「顔に不服の二文字が書いてあった。あと、そう言うってことは俺の読心術はあたってるらしいな」
しまった、俺としたことが眉間に皺を寄せたままだった。不覚不覚。
足下を掬われたが、起き上がる術は知っている。
「相手にそれとなく伝える手段も、生きていく上で必要だと思っているので」
わざとらしさをあえて伝えるため、首を振らすように僅かに傾け、茶化すにゆっくりはっきり言う。顔がにやけていればなお良し。
隠し事を晒し事にすることによって相手を優位に立たせない、経験が生んだ復帰術。
ようはただの開き直りだから、あんまりふざけすぎると空気が悪くなる点には注意。
「全然それとなくねぇ」
つられてマルティさんからも笑みがこぼれた。
こうなったら俺の勝ち。
相手は上手だったことも忘れて笑い死ぬだろう。たぶん。
「今の会話もそうだな。佳楠が心を読まれてると思ったのは、俺の予想が実際に当たっていたからだ。トマトスープも照らし合わせてみよう。なんで片方はまずいと感じ、片方はおいしいと感じたんだと思う?」
そんなこと聞かれても、また唸ることしか出来ない。
まずいものはまずいし、おいしいものはおいしい。ただそれだけでしょ。
「もっとわかりやすく言うと、こんな薄味のものをおいしく感じる舌はどんな食生活をしてる人の舌だ?」
「普段よっぽどひもじい思いをしている人じゃないんですか」
「そう、その通り。じゃあ反対にまずいと感じる人は普段このスープ以上のものを食べてるってことになるよな」
とうとう問題形式にすらせず、自分で答えを言い始めた。
そんなもの人それぞれだと思うが。
「まぁそうですね」
「佳楠は怒って説教されてると思っていても、相手にとってはただ教えているだけだった。みたいな感じで、人の感性や思考、言動には必ず何かしらの裏を返せる要因がある」
「そうですね」
長引く話を理解しようと必死なのか、はたまた嫌気が差してきたのだけなのか、真相は自分でも分からないが返事が単調になってきた。
ただマルティさんは真相が分かったようで、お虫さんの居所がお悪いようにお見受けできる。
返事を疎かにした自分を優しく攻めていると、不意に何かを思い出したように、マルティさんの顔から皺が消えた。決して明るくなったわけではないが、明らかに機嫌は直っている。だが、端正な顔つきと不敵な笑みのせいでが不気味度が増幅している。
「ちゃんと聞いてるか?」
うわぁ、穏やか。
空気が悪くになると自然に笑ってしまうの癖があるのだが、人によってはこれが逆効果になる時もある。たぶん、ふざけているように見えてるんだと思う。
今回の相手はどうだろうと、恐る恐る試してみる。
「はい、聞いてます」
一秒とかからない短い言葉だが、ぎこちなくはみかみながら、お虫さんが巣穴から出てこないよう注意を払う。
「それで、俺の言いたいことは分かったか」
即座に答えてるとお虫さんが反応しそうだから、少し考えてるアピールをしてから返事をする。
「すみません、まだ分かんないです」
「じゃあもう答えを言うからよく聞いとけよ」
「はい」
マルティは人差し指をピンと立てた。
「全ての言動には要因が存在する。そしてそれらは、その人の経験で大きく異なってくる。だから考えの相違が生まれるんだ」
目障りにならない程度に首を縦に揺らす。
「つまり自分の物差しを相手に持たせるなって言いたかったんだ。ドヤ顔できると思ったの、も佳楠考えであって俺の考えじゃない。逆にその程度でドヤ顔すんのかよって馬鹿にされる可能性もあるから気をつけた方がいい。分かったか?」
……え?
くどくどと長話をした割りにはしょうもない結論がつけられ、困惑の色を隠せている自信がない。
たぶん最後の一言が全てで、俺のためみたいに言ってるけど要するにこの人は図星を突かれたのがよっぽど悔しかったらしい。
言動の要因とか裏付けできるみたいなこと途中に言ってたけど結論と関連していたのかも微妙だし、最初にあった服装の例えは満場一致で関係ないと思うけど、唯一分かったことがあるとすれば、それはマルティさんが大人げないということだけだ。
展開の霊圧が……消えた……?