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PeTItionS~峡間の二重ノンブル~  作者: 知疏
第二章
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第3話 そして眠る

 目が覚めたら光の差さない白く霧がかった森の奥地のようなところで、見たこともない動物の背中に跨り、黒のローブを身に纏い顔は布で覆われているという、見るからに胡乱な人に背を預けている。

 地味にカオスな状態から目覚めた俺は、不審者を視界に収めてから動けなくなっていた。

 そんな俺を見て、不審者は訝しむような視線になった。


「どこか具合が悪いのですか? 応急措置は完璧に行ったはずなのですが」


 不審者は怪訝そうに、指先から頭までを順にゆっくりと視線が移動しながらまじまじと見つめてくる。

 決して舐め回すように見ているわけではなく、ただ単純に研究対象を観察しているかのような視線。

 何を考えているのか分からない。


「あの地域に長時間を過ごした人なんて今のところいませんし、何か新たな病にかかっている可能性もありません。家に着くまで安静にしていてください」

「アッ、ハイ」


 どこか片言になりながら前に向き直る。

 えっ誰?

 え、怖い怖い怖い怖い。

 なんでこんなとこいんの?

 てかこの生き物なんだよ。

 目をパチクリさせながら、跨っている動物を見る。

 一本角生えてるし、まさか一角獣ユニコーン。 

 でも一本角の生物がいてもおかしくないし、たぶん鹿とかだろう。

 あれ、鹿ってこんな密林に住んでるっけ?

 そもそもここどこ、アマゾン?

 アマゾンってもっと蒸し暑そうなイメージが、あっ、いつの間にか服着てる。この人が着せてくれたんだろうか?この人実はいい人?俺を助けてくれたみたいなこと言ってたし。でもどっからどう見ても超怪しいじゃん超怖いじゃん。

 半ばパニックになりながら恐る恐るもう一度後ろを向く。するとそこには、こちらを見据えるかのような緑眼が待ち構えていた。


「どうかしたんですか? 見つめるだけじゃ何も伝わりませんよ」


 不審者は、諭すような声音で先生みたいなことを言ってきた。

 珍しい瞳の色に目を奪われていただけなのだが、どうやらは変に思ったらしい。

 ただ見つめてただけなのに、不審者に不審がられる俺って……。

 ともあれ、せっかく相手が話しかけてくれているのに俺が怖気づいて固まったままではダメだ。どっからどう見ても怪しいが、多分この人が俺を救ってくれたんだろう。まずはお礼を言わなきゃ。そして情報収集と状況整理をしないと。もしこの人たちがやばい連中で、変な所に連れ込んでなんかの実験に使うために瀕死の俺を拾った可能性もあるかもしれない。

 息を吸い込み、呼吸を止める。


「あ、自己紹介がまだでしたね。私はカルラといいます。お名前をお伺いしてもよろしいですか?」


 不意に不審者が質問をしてきた。


「ああ、あえっっと、稲月佳楠です。あなたが助けてくれたんですよね? ありがとうございます」


 溜めこんだ空気が一気に抜け出し、早口気味に自己紹介をしてしまう。

 今まで黙ってたくせに、突然話かけないでくれよ。それも俺と被るようなタイミングで。


「お礼されるほどの事ではありません。あなたが倒れていた所をたまたま通りかかっただけです」 

「それでも俺は死にそうにっていたんです。命の恩人に対して感謝はしてもし足りない物なんですよ。今は何も渡すことは出来ませんが、そのうち絶対にお返しします」

「ではその感謝の意、受け取っておきします」

「それはもう、抱えきれないほど受け取っておいてください。いつの日かお返ししますから」


 調子の良い子と言ってんな俺。

 だが今はこのそこそこなコミュ力に感謝だ。 


「あ、もう少し聞きたいことがあるんですけど」

「なんでしょう」

「此処はどこなんですか?どうしてあなたは俺を助けてくれたんですか?」

「その事については追々説明するつもりですので、ここではあまり長々と喋らない方がいいと思いますよ」

「えっと、俺としては自分の置かれている状況についてなるべく早く知りたいんですけど。ほら、安全かどうか分からないと落ち着けない人が大半じゃないですか」

「では佳南さんは少数の方に属してください」

「いてくださいって言われましても、残念ながら俺も多数派なんですよ。いくら命の恩人だと言っても、さすがに素性の分からない人にのこのこ付いて行くほど警戒心低くはないです」


 不審者はしばし考えるように黙ってから言った。


「ここで過剰に喋っていると身が滅びますよ、と言ってもまだ喋りたいですか?」


 その言葉で俺は動けなくなった。

 それって、詮索したら殺すという意味でよろしいでしょうか?

 鼓動が早くなり、視界が歪んでくる。

 喋っていると身が危ない。つまり、余計なことを聞いたり話したりすれば殺されたりする可能性があるということ。あるいは、この人の癇に障ってだけで……。

 一度瞬きをして視界をクリアにし、不審者と合ってしまった目線を急いで逸らして前に向き直る。

 小さくい深呼吸を何度もして何とか心を落ち着かせた。

 とにかく今はこの人の気に触れないようによう。まだ死にたくはない。

 

 死にたくない、か。

 やけくそとは言え、さっき死にたいなんて思っといたとはな。

 ついさっきの自分が、なんだか滑稽に思えた。


 

 ―――――



「着きました、降りてください」


 放心している間に、どうやら目的地に到着したらしい。

 そこにはご神木のような、樹齢何千年もありそうな大木が聳え立っていた。


「おぉ」


 暗くて不気味だけど、すっげぇ神秘的。

 ユグドラシルみたいな名前がついてそう。

 ただ大木の周りにも木があるのが玉に瑕だな。

 全貌を拝められたらどのくらいの高さを誇るんだろう。

 一歩近づくごとに鮮明になる幹が迫力を増していく。


「そっちじゃありません」


 吸い込まれるように大木の真下へ歩みを進みていたが、不審者の目的地はここじゃないらしい。

 大木からそれた獣道を進むんでいくと、その先には人工物とも言えるし自然物とも言える様なものが現れた。

 それは木製の家。

 木製と言っても、大きな木に直接窓や扉がついている異様な見た目だ。

 もしかして、生えている木を丸々くり抜いたのか?

 そんな魔法みたいなこと……待てよ。

 こんな森の奥地で生活してる人間なんて、魔女くらいしかいない。

 魔女だったら魔法くらい使える。

 つまりそういうことか。

 そして童話などに出てくる魔女と言えば大体が悪役だ。

 つまり俺も幼い兄弟や白いお姫様みたいに良くないことをされるかもしれない。

 やっぱり俺を助けたのも、俺を信用させてから騙すためだろう。

 とにかく慎重に行動しよう。何かされそうになったら速攻で逃げよう。


「早く入ってください」


 考え込んでいた俺は突然かけられ、ついビクッとしてしまった。

 魔女の家に近づくにつれ、段々と俺の中の警鐘が大きくなる。

 到頭魔女の家の真ん前についたとき、俺の鼓動は周りに聞こえるほど大きくなっていた。

 玄関と思わしき扉を開け、不審者が俺を中に入るように促す。

 ふぅ、行くぞ。

 不審者の顔を一瞥した後、意を決して敷居をまたぐ。


「お、おじゃましま~す」

  

 身を低くして中を伺いながら入る。

 入った先は、どの家にもありそうないたって普通のリビングダイニングルームだ。

 玄関は土間のようになっておらずカーペットが敷いてあるだけ。

 特に段差があるわけでもない。

 しかしスリッパが置いてあるから靴は脱ぐのだろう。

 異世界って外国みたいに靴を脱がないイメージが合ったけど脱ぐんだな。

 靴を脱いでモフモフのスリッパに履き替える。

 床はフローリングなどではなく、木の幹のようにゴツゴツしている。

 足裏にストレス溜まりそう。 


「その辺に掛けていてください」


 俺のあとに続いて入ってきた不審者に促されてそのまま木の椅子に腰掛けた。

 流石にイスは動かす必要があるようで家に固定されていない。

 不審者はテーブルに置いてあったお茶セットで紅茶か何かを淹れるくれている。

 俺は部屋の奥に続く通路に不安を覚えながら隅々を見渡す。

 そして、家具が少し変わっている点に気が付いた。

 テーブルやタンス、棚や扉がすべて家全体の一部のように壁や天井にくっ付いているのだ。

 どうやってらこんな家を作れるんだ。まるで大木を一本丸々彫刻したみたいだ。

 

 まぁ俺の知らない技術があってもおかしくないか。

 家の作りが変わっていても、変なものが置いてあるわけじゃなくてよかった。

 当たり前か。普通の家に置いてあるわけないよな。俺の思い過ごしだっての。

 

 でも……。

 差し出された紅茶らしき飲み物を見てやはり悪い方向に考えてしまうビビり青少年。

 いったん考えるのをやめ、不審者に会話を振ろうと顔を上げる。

 え?

 そして再び固まる。

 だが今度は不信感も懸念も疑念もなく、ただただ見惚れてしまったのだ。

 伸びた毛先が肩をなで、静かな佇まいはまさしく淑女。

 目の前に現れた、金髪緑眼の美少女に。


「飲まないんですか?」

「あっはい、飲みます飲みます」


 急いで紅茶らしきものを口に運ぶ。

 なんとなく声で予想はついていたが、やっぱり女だったのか。

 あ、しまった。つい動揺して飲んじまった。睡眠薬とか入ってたらどうしよう。

 またしてもネガティブ思考に落ちいてしまった俺に、答えるかのような声音で不審者、否、美少女から声が掛かる。


「それはラトランという木の葉っぱで作った飲みのもです。体から毒気を抜いたり精神疲労を和らげてくれる効果があります。怪しいものなど何も入っていないので安心して飲んでください」


 自分で怪しいものは入ってないとか言っちゃうあたり、ますます怪しい。でも女の子からの出された飲み物を飲み干さないほど腐った男ではない。

 ゆっくりとコップを口に近づけ、そのまま一気に飲み干す。

 

「うまい。やっぱり紅茶の味だ」


 実は紅茶はあまり得意ではないのだが、飲めないほどではないのでつい「うまい」と言ってしまった。

 だが女の子から出されたものにケチをつけるのは男として最低だ。よくやった俺。

 そんなことを考えていると段々と緊張が解れ始め、眠くなってきた。


「ラトランには安静作用けではなく睡眠作用も入っています。今日は大変お疲れだと思いますので、ゆっくりとお休みください」

 

 しまった。このままでは眠らされる。

 一番危惧していた状況になり焦りの言葉が浮かんでくる。だがそんな言葉とは裏腹に俺の心は安心しきったように穏やかだった。


「こちらの部屋に布団を敷いてあります。ここで休んでください」


 先ほどまでの考えなど、どこ吹く風。

 招かれた寝屋にはふかふかのベットが置いてある。

 それを目にした途端、半目になりながらまるで光に導かれる虫のように躊躇なく部屋に足を踏み入れ、ベッドに潜り込むように横たわり、死んだように眠りに落ちた。

 

また眠るのかこいつは。


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