第29話 掛け合い
「佳楠が先に質問していいよ?」
「俺からでいいんですか?」
「人に物事を尋ねるなら、まずは自分をさらけ出す必要がある。そうでしょ?」
「人に名前を訊くなら~ってやつですか」
「そうそう」
ずいぶんと思いやりのある、というよりは面倒くさい人だな。
もし俺が先に名前を訊いてたらなんて言われたんだろう。
自分から名乗りなさいとかかな。
「それで? 何が知りたい。俺に答えられる範囲なら何でも答えるよ」
「ぶハッ」
耳馴染みのあるセリフに、これまたお馴染みのテンプレコメントが脳を横切る。文字通り横切る。
「……笑えること言ったか?」
「言ってないです」
突然吹き出した俺にマルティは困惑している。
「何の前触れもなくむせたから、一瞬吐血でもしたのかと思ったよ」
「いや・・・・・・すみません」
変にツボっちった。
大きな咳払いを二三回して話を戻す。
「えーと、質問でしたっけ」
「そうだよ。ホント大丈夫か?」
「だいじょぶですだいじょぶです。えー質問はそうですね……」
あー、質問か。
色々訊きたいが、まずは……
「ここ、どこなんですか?」
「まぁそうくるよな」
ベタですから。
「そうだな……君になんて説明すればいいのか……」
マルティはどこか難しそうに、俺の表情をチラチラと伺っている。
やがて誤魔化すような笑みを浮かべながらグイッと背筋を伸ばすと、元の姿勢に戻り左手で口元を隠した。
「うん。ここは病院だ」
おい。
「そんなこと分かってますよ。ご飯食べながらご飯を・・・・・・」
ご飯を食べながらご飯を食べたい、この例えは違うな。
「どうかしたのか?」
「上手いこと言おうと思ったけど言えませんでした」
「なんだそれ」
「じゃなくて、ここが病院だってことくらい分かってるんですよ。俺が訊きたいのは、ここが日本のどの辺にあるのかってことです」
「……」
マルティは左手の人差し指を一瞬浮かすしてから軽く握り拳をつくると、その上に顎を乗せた。
「それが二つ目の質問ってことで良いの?」
「ぇえ、ひどくないですか」
「間違ってる答えを言ったわけじゃないんだ、ひどくないだろ」
「そうですけど」
そうですけども。
「じゃあ二つ目の質問はそれでいいです。答えてください」
「分かった分かった。そうだな……」
場所を言うだけなのに、「そうだな」はおかしい。
さてはコイツ、真面目に答える気ないな。
「ニホンのどこでもない、でどうだ?」
どうだと言われても、
「どうでしょう」
と返すしかない。
いや友達と話す感覚の適当脊髄反射で返してしまったけど、どこでもないっていどういうことでしょうか。
ここが日本ではないとでも言いたいのでしょうか。ふざけっ。
「君はこの返答で納得してくれるか?」
「……納得していない、って言ったらもうもう一回答えてくれるんですか?」
「いや、答えない」
顔色一つ変えずに即答。
でしょうね。
「じゃあ納得するしかないじゃないですか」
「大いに結構。現に俺は嘘を言ってるわけではないんだ、信じて良いよ」
「ははっ……」
はいダウト~、嘘に嘘を重ねました~。
「信じてないな」
勘づかれた。
「当然です」
だが隠すほどでも無い。
「まぁいい、次は俺が質問する番だ。何を訊こうかな・・・・・・」
意外にもすんなり流すと、まるでファミレスでメニュー表を凝視する子どものように見つめてくるマルティ。
そんなにマジマジと見られても、見つめ返すことしか出来ない。
マルティの視線と俺の視線が絡み合う。
男二人が無言で見つめ合う空間、なんだこれ。あ……あったな、こんな状況。
つい先程の出来事、脳に残っている記憶が鮮明に、だがどこか朧気に蘇る。
変な感覚だ。長く眠っていたからか?
「よし、決めた」
熟考していたマルティが顔を上げる。
「好きな食べ物はなんだ?」
「へ……?」
完全に意表を突かれた質問に、アホみたいな声が漏れてしまう。
「なんて声出してんだよ」
「いやだって、虚を突きすぎでしょ」
「何を言ってるんだ、定番の質問だろ?」
「そうですけど」
そうですけども。
うーん、つらい。
駄目だな、完全に後手に回ってる。
「俺はそうだな……肉かな、やっぱり」
好きな食べ物に肉と答える。
意外と庶民的なのね。
「一口に肉といってもたくさんありますよ」
「男なら何の肉でも馬鹿みたいに食うだろ?」
「俺、味ついてない肉あんまし好かんのですが」
「……ハンバーグは好きか?」
好き、むっちゃ好きだが、子どもっぽいと思われてしまう。
別に構わないが、今の状況で……あ
「マルティさんは一つしか質問出来ないんじゃないでしたっけ?」
堂々としたり顔でやり返すと、マルティは両手を挙げて白旗の意思表示をした。
「そうだったそうだった、ルールは守らないとね」
「そうですよ、ルールは守るためにあるんです、絶対遵守なんです。幾ら相手が理不尽でも、ルールに背いていなければ責め立てられませんからね。なんたってルールなんですから」
マルティが少し苦そうな感情を表情に出す。
「……これ見よがしに攻めてくるな」
「攻め時を逃したら負けますからね」
口の減らないやつだ、とマルティはため息交じり言いこぼした。
「じゃあルールを重んじて話を戻そうか。好きな食べ物はなんだ?」
「そうですね……」
スプーンをスープのちゃぷちゃぷとさせる。
ぶっちゃけこの好きな○○シリーズ答えらんないんだよな。基本的に食わず嫌いしない派だから。
味の薄いスープを少量、口に運ぶ。
「結局食べるんだな」
「まずくはないですから。残すのももったいないし」
心にもないことを。
「全部食べるのか?」
「いえ、食べないです」
「食べないのかよ」
マルティのするどい突っ込みが炸裂する。
めっちゃ反応早かったな。
「ある程度まで少なくなったら、食欲がないとかお腹いっぱいとかで言い訳ができます。そうすれば食堂のおばちゃんだって悲しまないでしょ」
「もったいないの精神はどこにいった」
「好感度下がるがもったいないんです。外当たりは良くしないと社会では生きていけませんから」
別に病食を残しただけで悪く思われることはないと思うが。
食べられない患者も多いから慣れっこだろうし。
「それなのに俺には全然良くしないんだな」
「だって、今更マルティさんに対して猫被ったって意味ないでしょ」
マルティは含み笑いながら、よくわかってるなと言った。
「それよりも俺たち話それすぎじゃないか? 早く質問に答えてくれ」
「時間がないんですか?」
「いいや時間はある。時間があるからこそ急いでいるんだ」
……ここまで付き合っといてなんだけど、面倒臭くなってきたな。
「うーん、すきなたべものですか」
会話を合わせることなくスープをもう一度口に含む。
時間が経過しぬるくもなくなったトマトスープは、喉に詰まるような濃さになっていた。
おいしくない、もはやまじぃな。
スプーンから手を離すと、カランと音が響いた。
「旨い食べ物なら全部好きですかね」
「お前なぁ……」
「別に間違ってないですよ? 本当に俺はおいしい物が好きです」
何か問題でも? と言葉には出さず手振りで伝えると、マルティは観念したように肩を落とした。
「分かった、佳楠の好きな食べ物はおいしい食べ物だな。頭に入れておこう」
どうやら分かってもらえたらしい。
むしろこれで追及されたら、さすがに仏の佳楠さんもおこおこのおこだったよ。
「じゃ、また俺が質問する番ですね」
さっきは失敗してしまったから、今度はもっと細かく、そして正確に質問しよう。
質問の概要自体は決まっている。
コイツが何なのかと、どうして俺がこんな極寒の地にいるのかだ。
俺が事故に遭ったのは冬だったから、雪が降っていてもおかしくはないが……。
窓から見える外の景色は、シベリアかよ! という突っ込みが成立してしまうほど白に染まっていた。
「白いですねぇ」
「白いな」
何気ない一言に返事はしてくれたものの、素っ気なさ過ぎる。
情報漏らす気一切ないな。
うーん、とマルティに届くくらい大きく喉を唸らす。
マルティさんの職業は何ですか、は違うし、どうして俺に聞き込みをしてるんですか、も逃げられそう。
てか、なんでこんな変なやりとりしてんだろう。
ふとわき出た疑問に、さらに疑問を抱く。
この人がわざわざこんな遠回りなことをするのはなんでだ? どんな立場だったらこんなことをする?
直接聞きたいところだが、それだと答えてくれなさそうだし……。
ちらっとマルティに視線を向けると、まるで俺に興味のなさそうな静かな表情と、形の悪い石のような歪んだ視線で俺を観察していた。
「質問決まったのか?」
目が合ったことに気づき、マルティが尋ねてくる。
「もうちょっと待ってください」
絶対なんか隠してる。だって超不気味だもん。
でも正攻法じゃだめだ、ここは数のアドバンテージを生かして情報を引き出そう。
「あーじゃあ、そうですね。マルティさんがこんなことしてるのって仕事だからですか? イエスかノーでお答えください」
秘技、イエスノー作戦。相手は死ぬ!
これならば必ず知りたい答えがきける。
さぁ俺の掌の上で踊らされるが良い。
おもちは砂糖醤油派です。