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PeTItionS~峡間の二重ノンブル~  作者: 知疏
第二章
27/30

第27話 木漏れ日

 砂利の音、木片の音、ガラスの音。

 カチャカチャと鎧を鳴らしながら走る敵兵の肩が、脇腹を殴ってくる。

 口から出る唾液と蹴られた鼻の出血が目に掛かる。

 痛い、痛い、怖い。

 どこに連れて行かれるのかは分からない。分からないが、よくない状況なのは分かる。

 どうする、カルラさんもエルドさんもいない。

 俺一人、俺一人だ。

 俺一人で何が出来る。

 俺一人に何が出来る。

 俺の魔術で何が出来る。

 俺の魔術で、あの魔法にどう太刀打ちする。

 俺、一人に。

 俺に……何が出来る。

 自分の非力さ、怯弱さ、自堕落さ、そして今まで目を背けていた現実に打ちひしがれる。

 何も出来るわけないだろ。

 俺は、今までずっと、見ようと、知ろうとしてこなかった。

 かるらさんのことも、エルドさんのことも、この世界のことも、自分の置かれてる環境もも、何より魔法のことを。

 見たくなかった、知りたくなかった。

 自分の手に届かないものが、自分よりも優れていると思いたくなかった。

 だから魔法の勉強をしなかった。

 目につかないようにしていた。

 魔術と想像干渉があるなら渡り合えると思っていた。

 分かっていたのに、期待していたんだ。

 期待、してたんだ。

 本当に馬鹿だな。

 俺の一番嫌いな行為を自分自身に課していたなんて。

 駄目だなぁ。いつもいつも、追い込まれてから後悔するなんて。

 額に流れる水が、汗なのか血なのか唾液なのか涙なのか、もう判別がつかない。

 敵兵の足取りは遅くなり、足音が変わる。

 建物に入ったのか?

 コツコツコツと数歩進むと、敵兵の肩から雑に椅子へ下ろさせる。

 痛い、傷に響く。


「こいつ死んでんじゃねぇの」

「顔見りゃわかんだろ。ほら布とんぞ」


 敵兵が俺の頭に巻かれた布を荒く解き始める。

 いってぇ! 頼むから鼻に触んないでくれ。


「ほどきづれぇな」

「お前がきつく縛ったからだろ。自業自得だ」

「だってよぉ、親父があの女に警戒しろっつうから焦ったんだよ」


 親父?

 誰のことだ? 

 まだ誰か裏に潜んでるのか。

 

「泣き言いってないで早く……ほどけたみたいだな」

「俺に掛かればざっとこんなもんよ」

「いいから早くしろって」

「へいへい」


 俺が身につけている外套と口元に巻いていた布を敵兵がかなぐり捨てた。

 ふぅはぁっ、ふぅはぁっ……。

 だいぶ楽に息が出来る。

 だけど今まで自分を守っていた物がなくなった不安の方が大きい。

 落ちつけ、落ち着け。


「おぉ、こりゃひでぇや。まだガキじゃねぇか」


 敵の一人が笑いながら言った。


「親父もタチが悪いからな。おい坊主、目開けられっか?」


 目に液が入って開けられない。

 なんて答えれば良い。

 開けられないと言って良いのか。

 どうするのが正解だ。


「おーい、はぁはぁ言ってるだけじゃわかんねぇぞ。頷くことぐらいできんだろ」

「脅すなよ面倒臭い」


 ひッ。

 敵がしめった何かで俺の顔に触ってきたが、反射的に顔を遠ざけてしまう。

 

「そう怯えるな。目を拭くだけだ」


 敵が俺の頭を掴んで固定し、目の周りを乱暴に拭う。


「お前はやさしいな」

「こうしなきゃ進まないだろ。ほら、もう開けられんだろ。目ぇ開けな」


 敵に言われ、恐る恐る瞼を上げる。

 目の前には屈強な体格の男が二人。

 勝てない。

 二人を見て絶望する。

 無理だ、勝てない。

 近接格闘の授業なんて、まじめに受けようとしなかった。

 対抗する術がない。


「はっ、マジかよ」


 敵の片方が苦笑し、もう片方が声に出して笑っている。

 なんなんだ、こいつら狂ってんのか。

 急に様子がおかしくなった二人に、危機感を抱く。


「いやー、親父はひでぇな」


 親父って誰だ。ひどいって何がだ。

 苦笑していた敵が手に付けていた鉄の籠手を外し、俺に見向く。


「お前も運が悪いな」


 俺の肩に手を置きながら敵は言った。

 何を言っているんだ、何をするきだ。

 恐怖が膨れあがり、口呼吸が出来なくなる。

 鼻での呼吸は涙をすするように荒れていて、自分でも恐慌しているのが分かる。


「大丈夫かよ」


 後ろで腕を組んで傍観していた敵から、心配の声が掛かる。

 だがそれは当然俺に向けられたものではなく、肩に手を置いてから動かないでいる見方に向けてだった。


「お前こういうの苦手なんだろ。なんなら俺が変わってやってもいいぜ」


 後ろの敵は、何かの前準備のように手をぷらぷらと振っている。

 あぁ、嫌だ。

 

「いい、俺がやる。お前は手を出すなよ」


 言葉を受けた敵は、へいへいと手を止めた。

 目の前に居る敵は、ひたすらに俺を見つめている。


「小僧、俺をみろ。俺の顔を覚えろ」


 呼吸がさらに小刻みに乱れ、思考は止まる。

 何をされるのか検討はついているが、手足を縛られているため言われるがままに見つめることしか出来ない。

 敵は俺の左頬を軽く二回叩き、右手を後ろに引く。


「よし、歯食いしばってろ」


 敵はすました表情で表情でそう言うと、俺の左頬を殴った。

 衝撃で椅子は倒れ、俺は地面を横たわる。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……!

 身を捩りながら、必死でで痛みに耐える。

 声に出したいが、口を動かすことが出来ない。

 顎が外れているのか、少しでも動かそうとすれば亀裂が入るような痛みが走る。

 痛いのは顔だけじゃない。

 手足を縛られているせいで受け身がとれず、頭まで打った。

 せめて痛みを手で押さえたいが、縛られているためそれも出来ない。

 痛い。

 鼻も痛い、顔も痛い、全身が痛い。

 埃の立った空気が傷口をなで、侵食してくるようにジンジンと痛み付けてくる。

 どうしてこうなった。

 なんで俺はこんなことをされている。

 カルラさんが悪いのか。

 カルラさんのせいなのか。

 そもそもカルラさんは誰なんだ。

 なんで俺は巻き込まれている。

 なんで俺が殴られてんだよ。

 なんで俺が、なんで、なんで……。

 深い悲観に苛まれていると、ある一つのことに気がつく。

 あ、縄が緩い。

 暴れていたことが高じたのか、手足を縛っていたひもがほつれかけていた。

 敵を打身すると、二人は椅子に座ってくつろいでいて、俺を見ていない。

 入り口からも距離がある。大丈夫だ、行ける。

 敵に背中を見せないように蹲り、慎重に縄をほどく。

 逃げなきゃ、今すぐに。

 敵がこっちを見ていないから。

 ただそれだけ。

 隙を狙うわけでもなく、ただそれだけの理由で衝動的に逃げ出した。

 

「あ、てめぇ待ちやがれ!」


 逃げなきゃ、逃げなきゃ。

 それだけを考え、一心不乱に街を駆ける。

 どこに行くわけでも隠れるわけでもなく、脇目も振らず右に左に走った。走りたかった、駆け抜けたかった。

 敵が、そうさせてはくれなかった。

 後ろを一瞥すると、敵が圧倒的な速さで追いかけてくる。

 当たり前だ、子どもが大人に敵うはずがない。

 ましてや、今の俺は体に力が入らず足が縺れている。

 逃げ切れない。

 建物を飛び出して二百メートルもせずにそう悟ると、足を止めないまま弩弓を手に取る。

 落ち着け。

 まずは安全装置を、あれ?

 安全装置がない。

 いくらさすっても、引っかかる凹凸がない。

 なんでどこにも……あ、これはないタイプだった。

 落ち着けよ俺。

 走っているからか震えているからか、はたまたその両方か。

 手が言うことを聴いてくれず、コッキングが出来ない。

 大丈夫、今まで通り。

 大丈夫、大丈夫だ。

 弩弓の下側を腹にあて、弦を上げていく。

 あと少し、あと少し……よし。

 あとは矢を装填して……。

 矢を弩弓に填めようとしたとき、視界の隅から現れた鞘に弩弓が叩き飛ばされる。

 え、もう追いついて。

 左後ろに振り返ろうとした途端、逆らうように左の頬を殴打される。


「あ、がぁ、ぐうぅ」


 顎が動かない。

 鼻にも響いた。

 痛い、痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い。

 顔が腫れるように熱い。


「んったくよぉ。手間掛けさせやがって」


 敵の一人が胸ぐらを掴んでくる。


「また逃げられても面倒だし、すこしぐらい痛めつけてもいいよなぁ」


 後から追いついた一人の敵が俺を見つめ、ため息をついた。


「そうだな。動けない程度に痛み付けろ」


 胸ぐらを掴んでいる敵のうれしそうに嗤った表情に、慄然とした。


「だとよ」


 体が敵に引き寄せられたかと思ったら、またしても左の頬が殴打される。

 があっぁぁあああ!

 そう叫びたかったが、そんな時間さえも与えてはくれなかった。


「ごがっ!」


 転がった俺はみぞおちに蹴りをぶち込まれ、体内から胃液が逆流するような吐き気に見舞われる。

 胃液が出てきそうな気がして口を大きく開きたいが、顎が痛くてそれも叶わない。


「まだ余裕そうだな」


 髪を掴まれ顔色を確認されると、地面に投げつけられた。

 俯せになり起き上がる力も入らない。

 嫌だ、逃げなきゃ。

 それでも地面を這って逃げようとするが、背中に激痛が走る。


「はははははは! 逃がすわけねぇだろうが!」


 敵は剣を収めていた鞘で俺を殴り始めた。

 声を出そうと口を動かせば顎の筋が違える。

 起き上がろうとすると背中が軋む。

 もう抵抗する気力もない。

 しかし、そう思っているのは俺だけ。

 敵は股裏を、腰を、首を、踵を。

 殴る手を止めない。

 喉が破裂するような声にならない声を叫びながら、次の痛みに怯え続ける。

 涙と唾液で顔に砂利が付き、口に入ってくる。

 体がまだ耐えられようとも、心はもう堪えられなかった。

 

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 

 もう嫌だ、なんでこんな目に遭わなきゃ行けない!

 俺は普通の人生を送りたかっただけなのに!

 普通に生きたかっただけなの!

 なんで死んでまでこんな目に遭わなきゃ行けない!

 なんで俺は苦しまなきゃいけない。

 前の世界、戻月にいたころの生活が頭をよぎる。

 もっと生きたかった、死にたくなかった。

 死んでこんな目に遭うなら、いっそこんな世界来たくなかった。

 なんで俺だけ、なんで俺だけ、なんで、俺だけ。

 ……もう、消えてくれ。

 

 その時、俺は願った、考えた、想像した、想像してしまった。

 何もない真っ暗な空間に、俺だけが漂う世界を。


 ……あれ。

 敵の攻撃がピタリと止まった。

 なんで止まったんだ。

 いつの間にか閉じていた瞼を細く最小限に開く。

 え? 誰も、いない?

 今の今までそこに居たはずの二人が、忽然と姿を消していた。

 なんでいない。

 逃げたのか、カルラさんが助けてくれたのか。

 首が動かないため後ろは確認できないが、少なくとも見える範囲で人の姿は見当たらない。

 世界に自分だけ取り残されるといのは、こういうことを言うのだろうか。

 怖い。

 なんでだ、なんで誰も居ない。

 やめてくれ。

 一人にしないでくれ。

 誰か、誰か助けてくれ。

 起き上がろうにも体が痛むせいでピクリとも動けない。

 誰でもいい、来てくれ。

 止めどない涙のせいで歪んでいる視界に、一つの人影が現れる。

 それが誰だか、直ぐに気が付けた。

 あ……カルラさんだ。


「佳楠さん!」


 カルラさんは急いで俺の側まで駆け寄ると、懐から綺麗な布を取り出し、鼻の止血をしてくれた。

 あ、カルラさんのフードがとれてる。

 敵に顔見られてなきゃいいけど。

 怪我の処置を手際よく行っているカルラさんを見てると、なんだか安心する。

 え、カルラさん、泣いてる?

 泣いているのは俺の方だが、潤んだ視界でもカルラさんが泣きそうになっているのは分かった。

 なんでカルラさんが泣いてるんだ。

 そんな顔しないでくれ。

 なにかされたのか。

 あれ、エルドさんは?

 まさかエルドさんが殺されたのか?

 嘘だろ、エルドさんがそう簡単に――――――


「私は……」


 カルラさんは滴る涙を拭いながら、今にも消えそうな声で喋り始めた。


「私は、間違っていた」


 間違っていた?


「私は、またあなた達を不幸にしてしまった」


 あなた達?


「私は、自分のためにあなたを利用してしまった」


 それはとっくに理解している。


「あなたは、私といない方がいい」


 今話しているのは、一体誰なんだ?

 カルラさんと口調が違う。

 目の前にいる少女から、違和感を感じる。


「二度目の人生を楽しんでくださいね、佳楠さん」


 あ、やっぱりカルラさんだ。

 何を言ってるん……だ……ろう……。




 ---




 ――――――その日


 気がつくと、見知らぬ天井の部屋にいた。


 ――――――俺の記憶から


 なんだここは?

 疑問を抱き、辺りを見渡す。

 子供部屋くらいの広さの部屋に、俺一人。


 ――――――あの森で過ごした


「うぉ!」

 ベッドから降りようとするも、手足に上手く力が入らず転倒してしまう。

 いってぇ。

 壁についていた手すりに掴まり、なんとか体を起こす。

 今の動作だけでも息が切れる程に疲れた。

 なんでだ? 体が衰えているのか?


 ――――――ある一人の少女と


 壁を伝いながらゆっくりと進み、カーテンを開ける。

 そこには一面の銀世界。

 ここからでも寒さが充分に伝わるくらい吹雪いている。


 ――――――ある一匹の獣と過ごした


 なんで俺こんな場所にいるんだ。

 さっき確かに俺は……


 ――――――あのかけがえのない思い出は


 死んだはずだ。


 ――――――閉ざされた

同じ言葉打つの楽しい。

という訳で第二章これにて終幕です。

たぶん活動報告も更新してると思いますので、是非そちらもご覧ください。

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