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PeTItionS~峡間の二重ノンブル~  作者: 知疏
第二章
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第25話 諍い

「え? え、エルドさん! エルドさんとまアガゥ」

「黙っていろ! 舌を噛むと言っただろ!」


 でも、でもカルラさんが……。

 背後に目を向けても馴染みのない風景。カルラさんの姿はすでに見えなくなっていた。


「娘の事なら案ずるな。あやつの膝を汚せる強者などいない」


 詭弁だ。いくらカルラさんでもあの人数差では敵うはずがない。

 それにあいつらは……。

 村を焼き尽くす勢いの業火に、迫り来る炎がフラッシュバックする。

 

「ふん……」


 エルドさんは呆れたように溜息をつきながら徐々に歩みを止めると、来た道を振り返る。

 赤く色味がかった道に追っ手の気配はなく、熱せられた生風が頬を僅かに掠めるだけ。


「戻りたいのか?」


 戻りたい。そう喉元まで出かかったが、声にはならなかった。


「冷静だな、意外と」

「意外とは余計です」

「そうだな、小僧はいつも冷静だ。欠如しているのは頭そのものだな」


 口の減らない人だ。


「そう怖い顔をするな。褒めているのだぞ」

「どうせ馬鹿なりには、ってことなんでしょう」

「余裕が出てきたじゃないか」

「お陰様で、まだ心臓はバクバクしていますけど」


 割とマジで鼓動がうるさい。膝だって気を抜けば震え始める。


「さすがの小僧の世界でも、放火訓練はやっていなかったのか?」

「知りませんよ、そういうの受けないようにしてたんで。もう行きましょう? 敵に見つかります」

「行くと言っても、どこにだ?」

「どこにって……」

「村の外に逃げるか? 娘を置いて」

「それは―――」

「それは出来ない、とでも言うのか? 我は最善の策だと思うのだがな」

 

 最善の策? カルラさんを囮にして自分たちだけ助かることが最善だと?

 

「仲間を犠牲にすることが最善だと言うのですか?」

「あのなぁ……お前のその考えが、どれだけ愚かな杞憂かまだわからんのか」

「愚かって、見捨てる方が―――」

「その見捨てるという考えが間違っているのだと言っているのだ」


 いつしか俺たちは敵の存在さえ忘れるほど激化していた。

 もちろん警戒はしているが。


「カルラさんの勝敗に関係なく、俺たちは近くに居た方が良いんじゃないですか。エルドさん一人じゃ俺を守れないから連れてきたんですよね」


 うぅん、と喉を唸らすエルドさん。

 よし、畳みかけよう。

 

「それなのにカルラさんと離れてしまったら、本末転倒じゃないですか」


 エルドさんの唸りは、次第にため息へと変わっていった。


「はぁ……ほんっとうに面倒臭い仕事を押しつけてくれる」

「何ですか?」

「ならお前が決めろ」

「へ?」

「お前が決めろと言ったのだ」


 え? 今まで意固地だったくせに突然どうしたんだ?


「良いんですか? 俺が決めても」

「もう良い、お前も娘も面倒くさい。どうせ我の話に耳を立てないだろう。なら好きにすれば良い」

「本当に良いんですか?」

「いいと言っているだろ! 早くしろ!」

「それじゃあ……」

 

 ……いざ選べと言われても困るな。


「どうした。こうしている間にも娘は危機に瀕しているんじゃないか?」


 今度は悪徳上司のように鬱陶しくなりやがった。

 あぁどうしよう。

 いや、もう答えはでてるだろ。

 あそこまで言って引き返すわけにはいかない。


「戻りましょう、カルラさんの元へ」

「そうか」


 偽善なのかもしれない。

 罪を被りたくないだけなのかもしれない。

 そんな恣意的な判断なのかもしれないが、それでもこの選択が正しいとと今は思う。


「で、どうやってだ?」

「どうって、そんなの」

「見てみろ」

「え? あっ……」


 壊落地を彷彿とさせる赤と黒。

 鬼や悪魔のように禍々しく揺らめく炎。

 すでに村中には火の手が周り、上空は灰と黒煙で覆われていた。

 ひどい有様だ。よくここまで出来るな。


「どうする、この中を突っ切るか?」


 最短ならそうだが、カルラさんがあの場所に留まっているとは限らない。

 だけどあの状態から逃げ出せるとも思えないし……。

 ああ! うじうじ言い訳ばっかしてんな!

 迂回している暇はない。早くしなきゃこっちにまで火の手が回る。

 

「ふぅ……よし」


 畏縮してんな腹を決めろ。

 幸いまだそんなに熱さは感じないし、今なら行ける。


「行くのか? 我は構わんが、小僧の安否は保障できんぞ」

「分かっています。行ってくだ――――――」

「撤退だあぁぁぁーーーーーー!」


 突如として燃え盛る炎を押し退ける程の怒号が響く。


「エルドさん……今のって……」

「金髪野郎だな」


 やっぱりか。


「これでわかったか?」


 なぜかエルドさんの表情がにこやかだ。 


「いや、わかったかと言われましても」

「なに? まだわからんのか」


 何をわかれば良いんだ。


「彼奴らは娘の魔力に戦き、撤退を強いられたのだ」


 強いられたのだ、って言われても。


「でも火事がすごいから避難したって可能性も」

「ないな。万に一つもない。火災なんぞで逃げ出すようなヤワな奴らが、娘を捕らえる任につくわけがなかろう」

「でもそれだったら、カルラさんがどんなに強くても楯突くんじゃ」

「娘の魔法はどんな災害よりも恐ろしい。小僧も天変地異が起きたら逃げるだろう」


 なんかまた頑固になってる。

 天変地異が起きたら逃げらんねぇよ。


「でも相手だって炎を操れますし」

「確かに奴らの魔法は並大抵の代物ではない。だが娘を相手にするなら力量不足だ」

「でも包囲されたらカルラさんでも」

「だから案ずるなと言っているだろう! 娘にとっては赤子の手を捻るようなものだ!」

「でも」

「でもじゃない!」


 とうとう堪忍袋の緒が切れたようで、地団駄を踏みながら体を回転させている。

 軽いロデオ状態だ。


「どうしたんですか!?」

「あのなぁ、ずっと思ってたんだが」


 エルドさんがピタリと止まると、首だけ回して睨んでくる。

 この戦火と相まって、いかめしさ磨きが掛かっている。

 この局面で一体どんな――――――


「この位置だと説得しずらい!」


 え……あ、そうですよね。

 俺が背中に乗ってると、対面で話せないもんね。ずっと明後日の方向に語りかけてたもんね。

 予想以上に突拍子がないせいで、逆に冷静になってきた。

 いや違うか。冷静だったらこんな騒がないな。きっと俺も内心では安堵しているんだ。

 これだけエルドさんが言ってるんだし、きっとそうなんだと。


「なんかすみません」

「娘も娘でなんだ! 本気で叩きのめせばよかろうに」

「お前らの態度には辛抱たまらん! なぜ同じ屋根の下で暮らしているのに腹の探り合いをしているのだ! 探り合うな割りあえ!」


 エルドさんは言葉の区切りごとに地面を踏みつける。

 まるで生徒の人気がない教師のようだ。


「ちょっ、声でかい」

「知るか! いざとなれば娘が駆けつける!」


 どうした? どうすればいい? どうされたいの?

 割とマジで騒がないで欲しいんだけど。 

 敵が撤退宣言を上げたからって、まだその辺にいるかもしれないでしょ。


「わかりました、カルラさんが強いのはわかりましたから、取りあえず合流しましょう」


 さっきの叫びが敵の嘘である可能性がないわけじゃないし、早めに同流するに超したことはない。それにカルラさんがこの火災の中から脱出できない可能性もあるしな。

 エルドさんは渋々押し黙ると、ぽくぽくと歩き始めた。


「あのエルドさん、もうちょい速く移動してください」

「大丈夫だといっておるであろう」

「でもカルラさんが焼身するかも知れませんし」

「そんなわけなかろう。娘だぞ」


 カルラさんを何だと思っているんだ。その娘さんも一応人間ですけど。


「カルラさんが大丈夫でも、このペースだと俺が死にます」

「保障できないと言ったであろう」

「エルドさんのさじ加減で死にたくないんですけど」

「あん? 仕方ないな」


 仕方なくないよ。

 エルドさんが悪役のように穢い笑みを浮かべる。


「貸し一だ」


 え、貸し?

 せっこ、うわせっこ。

 この状況で貸しとかなすり付けるのかよせっこ。


「せっこ」

「せこいとは聞き捨てならん。恩義は売れるときに売っとくのだ」


 せこいことについては否定しないのかよ。


「分かりましたから早くしてください」

「ふ、承知した」


 足取りを軽くし、来た道を駆け抜ける。

 道すがらに村を眺めてみると、それは凄惨な姿になっていた。

 ここらはまだ被害にあっていないが、火が移るのも時間の問題だな。

 敵は教会の方に避難したのだろうか、気配がない。

 安全な道を通るのだとすれば遭遇しそうな物だが。

 まぁこれで一安心だ。

 きっとカルラさんは無事だし、誰も傷付くことなく事を済ませられた。

 とにかく今は安全な場所に移動したい。


「……エルドさん?」


 左を見ればすぐそこまで火の手が迫っているというのに、エルドさんはその足を止めた。

 俺はこの時、平静ではあったが冷静ではなかった。

 

「どうしたんですかこんな所で」


 だからエルドさんの言うこともちゃんと理解できていなかったし、鵜呑みにもしてしまった。


「エルドさん?」


 そこから生まれた慢心に、気づけなかった。


「小僧、掴まっていろ」


 風に飛ばされそうな擦れ声が耳に届いた。

 ただならぬ空気を察し、全身全霊でエルドさんにしがみつく。

 エルドさんは燃えていない家の壁まですばやく移動し、一体化するように蹲る。

 何だこの感覚は……空気がざわついている?

 不穏の正体は、すぐにやってきた。

 

 ――――――寒い。

 そう思った直後、さらに違う感覚が襲い来る。

 苦しい、苦しい苦しい苦しい苦しい。

 どれほど顔に力を込め大口を開けても、空気が一切入ってこない。

 耳も圧迫され、音が聞こえない。

 やばい、苦しい。

 体内にあったはずの空気を吐き出そうとしても吐き出せない。

 ……苦しい……くるしい………………。


「がハァあっ、うがぁっ!」


 長い時間を有してから、やがてその事象は止んだ。 

 だが直後、別の事象が襲いかかる。

 家屋が踊り、砂利は舞う。道ばたに咲いていたシクラメンはその命を散らす。

 そんな荒れ狂う暴風が、全身を殴りつける。

 風の来る方向とは逆に顔を逸らしながら半端な呼吸を行い、エルドさんから離れないように踏ん張る。

 後ろに壁がなければとっくに飛ばされていた。


「はぁ、はぁ……はぁぁ」


 やがて風は収まり、エルドさんに頭を埋めながら息を整える。

 ゆっくり、ゆっくりと、空気が逃げないように。

 頭だけではなく、体中がふらつく。

 何千何百と走った後よりも血流が良くない。

 エルドさんも同じようで、珍しくのたれている

 一体なんだったんだ。

 明らかに自然的な現象ではなかった。

 

「ふんっ」


 エルドさんがその重体を徐に持ち上げる。

 それに併せて俺もぼやける視界で起き上がる。

 そして絶句した。豹変したその光景に。


「火事が……」


 先ほどまでこの村を全焼させんという勢いだった炎が、その欠片も残さずに消えている。

 それだけじゃない。

 立ち込めていた黒雲までもが消滅している。

 何が、何が起こってるんだ。


「エルドさん……」


 不安の解を求めるように、弱々しく声をだす。

 エルドさんは若干ふらつきながらも立ち上がると、目指していた方向とは反対に歩み出し、一言。

 娘が本気を出した、と。

お喋りしかしてないな。

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